これが、「文アル」の永井荷風!公式説明文は「エリートな雰囲気を漂わせた長髪の青年」(写真:株式会社DMM.comラボ)

「かわいいおじさん」「あちこちに家を持っている外ネコ」――。これらは、若い女性たちの荷風像だ。現代の若い人たちは荷風作品をどう読んでいるか、取材をしてみると、荷風をはじめ、日本近代文学の楽しみ方に新しい形が生まれていることがわかった。

読書にはきっかけとタイミングが必要だ。きっかけは、友人や先輩からの勧め、ほかの著書での紹介、雑誌や新聞の書評、テレビやラジオでの言及などさまざま。近年ではこれにインターネットが加わる。しかし、それで手に取って読みはじめたとしても、その本が面白く読めるかは別問題だ。若い頃にはまったく合わなかった本が、年を重ねると味わい深いものに感じられることは多い。出会いのタイミングも重要なのだ。

なかでも、永井荷風はきっかけとタイミングが難しい作家なのではないか。若い頃に読んでも、ピンとこないことが多いだろう。私の場合もそうだった。

荷風はかわいく、ばかっぽいのが魅力


多くの伝説を持ち、毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい作家なだけに、読者の受け取り方もさまざまだ。「岩波文庫の場合、荷風の作品の読者は4分の3が男性ですね。なかでも50歳以上が多いです。私もそうですが、男性は、個人主義を貫いて生きた荷風に憧れや夢を抱くんじゃないでしょうか。あんな風にはとても生きられない、と」と話すのは、岩波書店編集局の鈴木康之さん。

では女性はどうか。どうも、荷風はあまり女性に読まれていないという印象がある。花柳界を舞台とした作品を書いたことや、戦後、浅草のストリップ小屋に通いつめたエピソードなどから、読む前に毛嫌いしているのではないか。

「そんなことないですよ。荷風はかわいいです」と言うのは、ジュンク堂書店池袋本店の中山綾乃さんだ。まだ若い中山さんは、「荷風は変人だと言われますが、変人だからこそ面白い作品が書けると思います。それに、自分のスタイルにこだわった人ですよね。女性は、男性のそういうちょっとばかっぽい(笑)ところに魅力を感じます」と教えてくれた。彼女の好きな荷風作品は『日和下駄』とのこと。

そしていま、若い世代が荷風に出会う大きなきっかけになっているのが、ゲーム「文豪とアルケミスト」、通称「文アル」だ。

2016年11月にリリースされた「文アル」は、PCブラウザ版とスマートフォンアプリ版があり、基本は無料でプレイできる。近代風情の残るもう
ひとつの日本で、文学書が黒く染まる事態が発生。そこに、プレイヤー自身である「アルケミスト」が派遣され、近代日本の文豪たちを転生させて敵と戦うというストーリーだ。60万人以上のユーザーがいるという。


ゲーム「文豪とアルケミスト」、通称「文アル」。60万人以上のユーザーがいるという(写真:株式会社DMM.comラボ)

ゲームに縁のない私だが、スマホ版をやってみて驚いた。なにせ、最初に出てくる文豪が徳田秋声なのだ。その後出てくるのも、中野重治、織田作之助、堀辰雄といった面々。シブい……。登場している文豪は現在45人。漱石、鴎外、芥川はもちろんのこと、中島敦、小林多喜二、新美南吉まで入っているのだ。しかも、彼らの経歴や作品がストーリーの随所に現れる。

「最初に徳田秋声が出てくるのは、金沢びいきだからですね。開発チームの拠点が金沢にあるからなんです(笑)。金沢の3文豪と呼ばれる秋声、泉鏡花、室生犀星は全員登場します」と、「文アル」のプロデューサーである谷口晃平さんは言う。

鏡花と秋声はライバル、芥川と菊池は親友・・・

谷口さんによれば、「文アル」は文豪の関係性を見せるゲームだ。尾崎紅葉の門下にいた鏡花と秋声がライバルだったこと、芥川龍之介と菊池寛が親友だったことなどの事実をもとに、ストーリーを展開させる。作家同士でやり取りされた手紙もシステムとしてゲームに落とし込んでいる。

「ユーザーの中心は20代の女性です。このゲームがきっかけで、登場する文豪の作品を読む人が増えています。文学史上のトリビアも入っているので、研究者からも面白いと言ってもらえています」(谷口さん)。このゲームの影響で、著作権切れの文学作品を電子化している「青空文庫」のアクセスが増えたり、神保町の古書店で初版本を買う人がいたりするという。

そして、出版業界も「文アル」に注目している。10月末には新潮社とのコラボレーションとして、『新潮社版/神楽坂ブック倶楽部編「文豪とアルケミスト」文学全集』を刊行する。漱石と芥川の往復書簡集、秋声や鏡花の短篇小説、谷崎と芥川の論争などのテキストを収録し、「文アル」ファンの文学作品への入り口とする。また、新潮文庫の6作品(芥川龍之介『河童・或阿呆の一生』、太宰治『走れメロス』、坂口安吾『堕落論』、『萩原朔太郎詩集』、川端康成『雪国』、島崎藤村『破戒』)を「文アル」キャラの限定コラボカバーで発売する。このカバーの人気が出れば、ほかの文豪の品切れ本の復刊につながるかもしれない。

新潮社文庫担当の佐々木悠さん(この人も20代だ)は、「『文アル』をやってみて、文豪がより身近に感じられるようになりました。登場する文豪キャラたちが書いた実際の本も読んでみたくなります」と語る。「文アル」には、荷風も登場する。各キャラクターには「精神」「主題」「天才」などのパラメータ(変数)が設定されているが、谷口さんは、「荷風の場合は、耽美主義だったこともあり、ゲーム中のステータスは猗瓩離僖薀瓠璽娠洞舛陵彖任魘くしています」と言う。

まさに、このゲームがきっかけで荷風を読むようになったという女性に、向島の古書店「右左見堂(うさみどう)」で話を聞くことができた。この店は荷風も小説に書いた「鳩の街」にあり、荷風本のコーナーをつくっている。そこに『墨東綺譚』の初版本が入ったと、店主がツイッターでつぶやいたところ、やって来たのが余市さん(仮名、1991年生まれ)だった。


「文アル」には永井荷風のほか、芥川龍之介、太宰治、泉鏡花らも出てくる。文学の力を知る彼らが、転生した姿で、文学書を守る(写真:株式会社DMM.comラボ)

「江戸川乱歩が好きで『文アル』をはじめたんですが、そこで荷風に出会いました。ゲームのキャラクターとは違う、実際の荷風はどうだったのか気になって、作品を読むようになりました。最初に読んだのは『ふらんす物語』。モーパッサンが好きなので、荷風がモーパッサンの石像の前に立つ場面に共感しました」と、余市さんは言う。

これまで読んだ作品は、『歓楽』や『日和下駄』など。「まだ入り口に立ったところなので、もっとたくさん読みたいです」。

出会って一生付き合っていける作家

荷風のイメージを聞いてみると、「いろんなところに家を持っている外ネコという感じですかね(笑)。行動範囲が決まっているところとか、他人に煩わされずに自由に生きたいところとか。こだわりや意志の強さを持っているのが好きです」と教えてくれた。

きっかけは何でもいい。その人なりに最高のタイミングで、荷風と出会うことができたら、一生付き合っていける作家になるだろう。