古巣横浜F・マリノス戦でキャプテンマークをつけた中村俊輔【写真:Getty Images】

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数週間前に伝えられたキャプテンの任

 10月29日、明治安田生命J1リーグ第31節が行われ、ジュビロ磐田は2-1で横浜F・マリノスに勝利した。くしくも同カードとなった25日の天皇杯準々決勝を経て、磐田加入後3戦目となる古巣対決を迎えた中村俊輔は、この試合のゲームキャプテンとしてプレー。サックスブルーの背番号10は豪雨のなかでも「楽しげな姿」を見せていた。(取材・文:青木務)

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 台風の影響による大雨の中、両チームの選手たちがピッチに入場してくる。中村俊輔はいつもの最後尾ではなく、仲間たちを引き連れ先頭を歩いていた。コイントスを終え、横浜F・マリノスの中澤佑二主将と健闘を誓い合うと、黄色のキャプテンマークを左腕につけた。

 彼のところからゴールが生まれることはなかったが、劣悪なピッチも問題にしないパフォーマンスを見せた。印象的だったのは、何の気負いもなく、ただ純粋にサッカーを楽しんでいるかのような姿だった。

 数週間前、名波浩監督は横浜FM戦でキャプテンを任せることを本人に伝えたという。

「前回、アイツは『平常心、平常心』と言って、最終的にエンジンがかかった時には3回連続くらいボールをロストしたり、消化不良のまま試合が終わってしまった。このゲームに対する責任というのをもっともっと持つという意味でも、(キャプテンマークを)巻くことは決して悪いことじゃないと思う」

 日産スタジアムでの一戦を踏まえ、指揮官は今節限定でリーダーに指名することを決意。また、普段ゲーム主将を務める大井健太郎もその意図を汲み、腕章を託している。

「僕自身、キャプテンマークを巻くことでの誇りや責任をしっかり持ってやっているけど、巻いていなくても同じようなことができれば。例えば、これで僕がキャプテンマークをめっちゃ巻きたいとか、巻かないとパワーが出ないというのなら別だけど。名波さんは僕がそういうタイプじゃないと知っているし、巻かなくてもちゃんとできるだろうと信頼されていると捉えている」

 試合後、10番は「キャプテンマークをつけさせてもらったり、名波さんはじめチームメイトにも敬意を払ってもらった。勝つことはもちろん、プレーで何かできないかなと思っていた」と振り返った。

 明治安田生命J1リーグ第31節、ジュビロ磐田は横浜FMをエコパスタジアムに迎えている。雨だけでなく強風にも晒された両チームのイレブンはこの日、1点差のゲームを演じ、最終的に磐田が2-1と逆転勝利を収めた。順位は6位から変動しなかったが、3位の柏レイソルとの勝ち点差を『3』に縮めた。

平常心が体現された2度の直接FK

 4度あった直接FKを含む計6本のシュートを放つなど、レフティーは違いを生み出している。

 1-1で迎えた51分、PA手前で川又がファウルを受ける。芝生を払いながらスポットにボールを置いた中村俊輔は、レフェリーに壁が近いことアピールする。だが、「主審の方とコミュニケーションは取れていた」という言葉通り、壁との距離に腹を立てるような様子もなく、佐藤隆治主審とのやり取りを終えた。表情には笑みが浮かんでいた。

 川辺と言葉を交わすと、ホイッスルが鳴る。何度か足を踏み込む素振りを見せてタイミングをずらす。駆け引きを楽しんでいるようだった。そして、左足から放たれたボールはジャンプした盟友・中澤佑二の下を通過。GKも間に合わない。しかし、ボールは右ポストの中心にヒットし、ゴールとはならなかった。

 さらに67分、今度は左サイドでFKを得る。中の様子を確認し、そちらに合わせると思わせておいて、意表を突いてニアに蹴り込んだ。相手の心を読んでいるかのように裏をかいたが、これもポストに阻まれた。

 この2つの場面を切り取っても、平常心でプレーしていたことがわかる。心が揺れ動いていたら、こんなにもあっさりと相手の逆は突けないだろう。

 やむことのない雨は、ピッチの至る所に水たまりを作っていた。88分、ルーズボールを拾った中村俊輔は、左足でボールをすくい上げるとリフティングからシュートを放った。厳しいピッチコンディションの中、最後までゴールへ向かうことをやめなかった。

「ジュビロの一員として何ができるかを毎試合やっていく」

 磐田はこの1週間で2度、横浜FMと対戦している。25日の天皇杯準々決勝に向け、名波監督は中村俊輔を時間限定で起用すると明言。リーグ戦との連戦になるが、39歳のMFは「試合があればそこに向けて準備するだけ」と静かに話した。また、会場となったニッパツ三ツ沢球技場については「世界で一番好き」と述べ、こう続けた。

「だからこそ、そこでプレーできるのは楽しみ。チームが勝てるようにするのは当たり前なんだけど、仲間を鼓舞して、アドバイスして、楽しくサッカーして。そういうのができればいいかな。ジュビロの一員として何ができるかを毎試合やっていくだけでいいのかなと」

 天皇杯とリーグ戦の2連戦、さらにその先も、サッカー選手として最高のパフォーマンスを見せる意思を示していた。

 今節は名波ジュビロにとって、横浜FMに初めて勝利した試合である。

「何度も負けていたり、勝てなかったりというストレスが2シーズン続いていて、やっぱり勝たなきゃいけないなと。過去の4試合は先に点を取ったゲームが1試合もないので、先制点をまず挙げることによって、我々は相手を慌てさせようということを戦前は言っていた。

 ただ、その中で先に点を取られてしまい、しかもこのピッチ状況、風雨のある中で非常に難しいゲームになった。後半はさらにピッチが悪くなって難しい環境だったが、7:3くらいでずっと押し込めていたゲームになったんじゃないかなと思っている」

 試合前の目論み通りに事は運ばなかったが、名波監督は選手たちの奮闘をたたえた。PKから失点したものの、川又堅碁が『個』の力で同点ゴールを奪い、後半開始からピッチに立った21歳の上原力也が流れをもたらすと、相手のミスに乗じて逆転に成功した。

今シーズン3度目の横浜FM戦で発揮された『らしさ』

 勝利の要因を、中村俊輔は「後半の入り方だと思う」と分析する。後半頭から投入された上原の溌剌としたプレーがチームを活性化させ、試合をひっくり返した。相手が古巣かどうかに関係なく、上位進出のために負けられない一戦をモノにしたことに、10番は喜びを見出している。

「(横浜FMの選手と)試合をやりながら会話しているし、上達している選手もいて、楽しくやれた。勝負事なので厳しくいく時は厳しく行くけど、やっぱり仲間は仲間なので」

 サックスブルーのエースは勝利を追求しながら、チームを発展に導くことに力を注いできた。敗れた試合の後でも、収穫があればその価値の大きさを説いた。一歩ずつ階段を登ろうとする、成長途上のチームに自分が何をもたらせるかを考えながら戦ってきた。

 エコパスタジアムでのゲームでも、右サイドハーフの位置で周囲をサポートするだけでなく、対峙した気鋭のサイドバック・山中亮輔の動きにも懸命についていく。チームのために身を粉にして働きながら、「楽しくサッカーをする」と話していたように、磐田の道標としてだけでなく一人のプレーヤーとして90分を全うしたように映った。

『平常心』を意識しすぎるあまり本来の輝きを放てなかった4月の初対戦、磐田の選手として「世界で一番好き」なスタジアムである三ツ沢での天皇杯準々決勝を経て、今シーズン3度目の横浜FM戦で中村俊輔は『らしさ』を発揮した。

 この日の勝利で上位に肉薄し、最後まで痺れる戦いに身を置ける権利を掴んだ。そして天才の楽しげな姿には、勝敗を超越した魅力が詰まっていた。

(取材・文:青木務)

text by 青木務