「米国との関係改善のために北朝鮮問題を外交カードとして使いたい」ことが、ロシアがこの問題に関与する唯一の理由であり本音だと語るロシア「イタル‐タス通信」のゴロヴニン氏

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「アメリカの手先となって軽率に振る舞えば、日本列島が丸ごと海中に葬り去られることを肝に銘じるべきだ」

10月28日、米国と連携し圧力強化に向かう日本政府に対して、北朝鮮はそう威嚇した。トランプ米大統領は11月5日に来日し、その後は韓国、中国などを歴訪し各国首脳会談を行なう予定だ。

世界を揺るがす北朝鮮の核・ミサイル問題だが、大国ロシアはその関与に消極的に見える。ロシアの本音はなんなのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第96回は、ロシア「イタル‐タス通信」東京支局長、ワシリー・ゴロヴニン氏に話を聞いた――。

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―トランプ大統領は日本に続いてアジア各国を歴訪して首脳会談を行なう予定で、特に中国の習近平国家主席との会談では北朝鮮に対する軍事行動に関して具体的な合意に至る可能性、あるいは逆に米中の折り合いがつかずに米国が軍事行動に踏み切る可能性もあると囁(ささや)かれています。

ゴロヴニン 中国メディア『環球時報』は、米中は北朝鮮に対して限定的軍事攻撃を行なうことで合意できると報道しています。しかし、これは北朝鮮が「日本列島を丸ごと海に沈める」とコメントしているのと同様、威嚇・牽制の意味合いが強いと思います。

では、北朝鮮に対する軍事攻撃がないかといえば、不気味なのは最近のトランプ大統領をはじめとする米側からの発言です。ここにきて「外交を通じて解決する」「平和的な解決を目指す」といったコメントが増えている。例えば「すべてのカードがテーブルに載っている」と軍事行動を匂わせる発言をしているうちは、具体的な攻撃は当面ないと考えることも可能です。

本当に軍事攻撃を加えるなら、「やるぞ!」と言ってやるのではなく、相手を油断させることが肝要ですから。逆に「外交で解決」といった言い方をしている時こそ、具体的な軍事行動の可能性が高まってきていると言っていいと思います。

確かにロシアには、この問題に積極的に関与していく必要性があります。ただし、それはロシアが北朝鮮問題の処理に関与して、当該の地域で後々、利権を得ようと考えているということではありません。ロシアは、あくまでも北朝鮮問題を「外交カード」として使いたいのです。そして、それは現在、最悪といえる状態まで冷え込んでいる米国との関係を改善させるためのカードだといえます。

―北朝鮮そのものには、地政学的にも経済や資源の面でも興味はない…ということですか?

ゴロヴニン そうです。それがロシアにとっては、シリアなど中東の問題と北朝鮮の問題が決定的に違う点です。ロシアにとって中東で産出される石油はなんとしても確保しなければならない資源です。そして、このシリアも、ロシアは米国との関係改善のための外交カードとして使おうとしましたが、結局は失敗し、米国との亀裂を深めてしまいました。

オバマ前大統領の時代もロシアと米国の関係は良好とはいえないものでしたが、現在の状況はそれ以下。さらに悪化が進めば、あとは国交断絶、互いの外交官を送還し合うだけという崖っぷちまできています。米国との関係を改善するために、北朝鮮問題を外交カードとして使いたい。これが、この問題にロシアが積極的に関与する唯一の理由であり、本音でもあります。

実際に、10月20日からモスクワで開かれた核不拡散会議では、北朝鮮外務省から出席していたチェ・ソニ北米局長と、米国のシャーマン元国務次官の非公式の接触をロシアがお膳立てするという動きも見せています。

─そういった外交的な働きかけの先に、ロシアはどういったヴィジョンを描いているのですか?

ゴロヴニン 残念ながら、本質的な解決に向けたロードマップはロシアの外交当局も描けていないと思います。モスクワでの非公式の接触の後、ノルウェーの首都・オスロでも北朝鮮と米国の話し合いの場をロシアはセッティングして、一度は両国の合意も得られましたが、最終的に北朝鮮側からキャンセルされています。

現実的に、北朝鮮が核弾頭を搭載可能なICBMを保有する姿勢を断固として変えない以上、米国と北朝鮮の軍事的緊張を根本的に解決することは難しいでしょう。北朝鮮と米国を交渉のテーブルに着かせることはできても次のステップが見出せない…これが現実の姿だと思います。ただ、こうやって仲介役を積極的に務めようとすることで米国との接点を増やし、関係を改善していきたい。これが北朝鮮問題に関与するロシアの本音です。

─「北朝鮮そのものに興味はない」とのことですが、例えば東シベリアから天然ガスを送るパイプラインを北朝鮮に延ばすことには経済的魅力を感じるのではありませんか?

ゴロヴニン 確かに、天然ガスのパイプラインを延ばす構想をロシアは持っています。しかし、その貿易相手としてロシアが興味を持っているのは北朝鮮の向こうにある韓国です。北朝鮮の購買力が極めて低いことはロシアもわかっています。また、朝鮮半島の鉄道とシベリア鉄道を結び、極東アジアからユーラシア大陸を横断する鉄道網にもロシアは関心を持っていますが、それも韓国という経済的にも発展を遂げたマーケットがあってこそ。しかし現状では、韓国とロシアの間には北朝鮮が存在し、パイプラインも鉄道も構想を現実化することは不可能…。

韓国が朝鮮半島の南北統一を実現してくれれば、ロシアにとってメリットが生じるわけですが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領個人は将来の展望として南北統一を思い描いていても、一般の韓国国民はそれを望んでいないでしょう。要するに、韓国の国民も南北統一を民族の悲願と言いながらも、そこで生じる経済的コストが高過ぎると考えている。それと同じ考えをロシアも持っているのです。

こういった「北朝鮮問題に直接的に自国の手を突っ込むことは、メリットとコストのバランスが取れない」という考えは、米国そして中国にも共通したものだと思います。トランプ政権にとっては、北朝鮮が米国をICBMのターゲットとしている脅威はあるものの、まず米国内で政権の基盤を安定させることのほうが先決のはず。また中国にとっても、北朝鮮よりも、豊富な海底資源が眠る南シナ海に進出することのほうが、はるかに重要です。

逆にいえば、このように周辺各国や大国が「北朝鮮は迷惑だけど、直接、自分たちで手を下すにはコストが高過ぎる」と考えてきたことが、北朝鮮の核開発がここまで進んでしまったことの一因ということもできるでしょう。

─確かに、中国と朝鮮半島の歴史を見ても、中国があそこを自国の領土にしたことは一度もありませんね。地続きだし、そうすることは可能だったにもかかわらず、属国あるいは衛星国という扱いを続けてきた。歴史上、朝鮮半島を直接統治したのは日本だけですが、日本はその時代のツケを支払うことをいまだに求められている…。ところで、中国には韓国・北朝鮮の人たちと民族的に同じルーツを持つ朝鮮族が少数民族として存在していますが、ロシアにはいないのですか?

ゴロヴニン います。しかし、その多くはスターリンの時代に強制移住させられました。第2次世界大戦中、旧ソ連に住んでいた朝鮮族は「日本軍のスパイ」と見なされていたのです。

─彼らの存在が、現在のロシア国内で民族問題に発展する危険性はない?

ゴロヴニン それはありません。スターリン時代に朝鮮族の多くは旧ソ連領だった現在のウズベキスタンなどへ強制移住させられ、また一部はサハリンの強制労働施設へも送られましたが、現在はロシア国内でも経済的に高いステータスを得ている人が多いのです。1990年に28歳の若さで交通事故死しましたが、ヴィクトル・ツォイという朝鮮族のロック・ミュージシャンは旧ソ連の時代に活躍し、現在でもカリスマ的な人気を誇っています。ロシア人の多くは朝鮮族、あるいは現在の北朝鮮の国民の民族的特長として「勤勉」というイメージを持っています。

─安倍首相が訪朝し、核・ミサイル問題の解決に向けて積極的に外交的役割を果たすというシナリオも一部で囁(ささや)かれていますが…。

ゴロヴニン 安倍首相が平壌に行ったとしても、ロシアの外交的アプローチと同じで根本的な解決を実現することはできないでしょう。それよりも、日本は実際に北朝鮮からミサイルが飛んできた時のことを、もっと真剣に考えるべきだと思います。

日本の政府や防衛省は、米国から買ったミサイル防衛システムに自信を持っているかのように発言し、日本のメディアもそれをそのまま報道していますが、ロシアから見れば大きな「?」マークがつくシステムです。もちろん、私も東京で生活しているので、ミサイルが飛んでこないことを願っているのですが。

(取材・文/田中茂朗)

●ワシリー・ゴロヴニン

「イタル―タス通信」東京支局長。着任は旧ソ連時代末期の1991年。以来、約四半世紀にわたって日本の政治・経済・文化をウォッチし続けている