『全体主義の起源 3――全体主義【新版】』(ハンナ・アーレント/みすず書房)

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「全体主義」という言葉をご存じだろうか。2017年の初めに全米でベストセラーとなった政治哲学書がある。『全体主義の起源 3――全体主義【新版】』(ハンナ・アーレント/みすず書房)がその1冊だ。ビジネス書や娯楽作品ではなく、敬遠されがちな政治本が多くのアメリカ人に読まれているのはアメリカの政治に大きな動きがあったからだろう。強力なリーダーとルールを形作る議会、そして議員を送り出す選挙。民主主義を標榜する国では手続きとルールにもとづいて権力をコントロールしていくのが常識となっているが、最高の権力者が「国民」であるということは忘れてはいけないことだ。

 著者であるハンナ・アーレントはユダヤ系ドイツ人の政治哲学者であり、第二次世界大戦中にナチスの迫害を恐れてアメリカに亡命した。そして、全3巻からなる『全体主義の起源』を執筆。著者によれば全体主義とは20世紀に初めて姿を現した政治体制であり、ナチスドイツやソ連のスターリンによってどう形作られてきたのかを記している。とても難解な本といわれがちだが、初めて本書に触れる場合には3巻目の全体主義から読んでみたほうがいい。1巻目は反ユダヤ主義とは何か、2巻目は帝国主義とは何かが書かれており、まずは3巻目の全体主義の概念を理解することで他の2冊も読みやすくなる。

 全体主義が起こるまでの流れに触れると、ナポレオンの登場によって国民と国家を一体のものとして捉える「国民国家」の概念が広まった。それによって国民の同質性を求める流れから、異分子排除のメカニズムである反ユダヤ主義が生まれる。そして絶えず領土の拡大に野心を燃やす帝国主義が人種主義という流れを作り、何ら政治的な意志を持たない大衆たちに擬似的な世界観を見せる「全体主義」が生まれた。つまり、全体主義は外から生まれたものではなく、元々近代ヨーロッパが抱えていた矛盾によって、内側から生み出されたものであると著者は記している。

 一見、遠い昔の歴史の話だと受け止められがちだが、経済的な格差が生まれ従来の年金や福祉・教育などに閉塞感が漂っている現代だからこそ『全体主義の起源』を読み直すことは重要だといえる。国民自身が国家から取り残されているといった疎外感を抱いてしまうと、擬似的な世界観に陥りやすい土壌が生まれ、全体主義に取り込まれていく可能性があるからだ。アーレントは「なぜ、全体主義国家において強制収容所や絶滅収容所などの地獄が生み出されたのか」という視点で考察を重ねている。

 大きな社会変化の中で生活の基盤を失った大衆は、強力なリーダーシップを持った政治家の登場を望み、そのリーダーが示す1つのストーリーに熱狂的な支持を寄せる。普段は政治的な関心を持たない大衆が熱狂的になれるのは、人種差別の考えや権力者が作り上げた敵といった分かりやすいメッセージを受け取るからだ。自分たちの生活がうまくいかないのは、きっと裏で暗躍している者がいるからだ……といった負の感情を焚き付け、ドイツの場合では敵を排除するために強制収容所などが造られた。数百万人にのぼる自国民を破滅に追いやったのは、全体主義の当然の帰結だと著者は指摘する。

 政治は言うまでもなく私たちの生活に直結するものだからこそ、時として突飛な流れを生み出してしまう。現代においてはこういった歴史的な反省から、国連をはじめ人権を重んじる方向にあるが、人間が人間の営みを続けるかぎり負の感情というものは消えることはない。忘れてはいけないことはヒトラーも選挙で合法的に選ばれた首相であるということだ。全体主義は何も特殊なものではなく、民主主義の中から生み出されたものだという事実をきちんと押さえておく必要がある。偏った思想(イデオロギー)と暴力的な解決(テロル)が全体主義国家を支える両輪であると、著者は考察している。民主主義の政治体制をとる国家においては、どの国であっても全体主義という影の存在を意識しておく必要があるだろう。

文=方山敏彦