定時帰りの、腰掛けOLたち。

”安定”という鎧を手に入れた彼女たちは保守的で、誰かが幸せにしてくれるのを待っている。

丸の内の大手損保会社に勤める愛華(26)も、その一人。典型的な腰掛けOLである彼女には、実はこんなあだ名がある。

“にゃんにゃんOL”、と。

そんな愛華に対して檄を飛ばしてきた元OLのアリサ(29)だったが、遂に愛華は念願の商社マンの彼・和樹と結婚へと駒を進めた。




遠くで、ウェディングベルが鳴っている。

両親をはじめ、同僚に、アリサさん。新婦側の列席者は、悪くない顔ぶれ。

新郎側の方に目をやる。和樹さんの商社の同僚や、大学時代の先輩、後輩。こちらも悪くない。いや、中々の粒ぞろいかもしれない。

独身の同期たちに、結婚式の招待状を送る際にこう付け加えた。

“新郎側、結構いい人多いから、チャンスかもよ”、と。

今まで言われ続けてきた言葉を、今度は言える立場になった。

和樹さんから貰った婚約指輪は、SNSでよく見るような、憧れだったハリー・ウィンストンでもなければ、1.5カラットもない。

だけど、私は幸せだった。

これで、“一抜けた”と心底安心し、幸福感と充実感、そしてちょっぴり優越感に浸りながら、私は女の子が一生で一度は着たいと夢見るウェディングドレスを着ている。

無事に“商社マンの奥さん”という地位を手に入れ、これで一生安泰。そう信じていた。

まさかこんな未来が待ち受けているなんて、この時の私は全く想像していなかった。


無事に結婚したにゃんにゃんOL。しかしその先に待ち受けていたものとは!?


こんなはずじゃなかったのに。


それから3年後。

私は豊洲にあるタワーマンションの一室から、外をぼんやりと眺めていた。下に見える公園では、小さな子供達が楽しそうな声をあげて、遊んでいる。

フゥっと、ため息にも似た吐息を思わず引っ込める。いけない...また、ため息をついちゃった。

私は宣言通り、結婚して間も無く会社を辞めた。

上司に驚かれることもなければ、誰からも引き止められることも無く。

-お世話になりました。

退職の挨拶に行った時、部長はニヤリと私の顔を見ながらこう言った。

“遂に結婚か。良かったな”、と。

私は未だに、この一言が引っかかっている。良かった、とはどういう意図で言ったのだろうか?無事に結婚できたから?それとも、私が仕事に対して熱意なんて無く、辞めたいと思っていたのを知っていたから?

そんな真意が分からぬまま、早3年が過ぎた。

新婚当初、つまり仕事を辞めてからすぐは、毎日が楽しくて仕方なかった。毎朝決まった時間に出社する必要もなく、日中好きな時間に女友達とお茶ができるし、買い物にだっていつでも行ける。

しばらく会えていなかった大学時代の友人と出かけたり、一緒にお料理教室に行ったり、ある意味充実していた。

夕方になるとスーパーに買い物に行き、クックパッドを見ながら和樹が好きそうな料理を作り、帰りを待った。

しかし1年経った頃、不意に虚しさを覚えるようになる。

ー私、毎日なにをやっているんだろう...




埋められない虚しさ


その頃から、私はアリサさんにも会わなくなっていた。いや、正確に言うと会えなくなっていた。

バリバリ働くアリサさんは昨年から交際していた年下の彼氏とあっさり結婚を決め、現在妊娠中と風の噂で聞いた。

何度かアリサさんは誘ってくれるものの、合わせる顔がない。今の自分には、何もないから。

結婚したら、全てが満たされると思っていた。素敵な旦那様に良い暮らし。可愛い子供が生まれ、小学校に入るくらいにはお受験なんか頑張ったりする、幸せな家庭。

結婚したら、そんな生活が当たり前だと信じて疑ってもいなかった。

でも、全員がそんな暮らしができないということに、結婚してからようやく気がつく。

私たち夫婦には子供がいない。誰のせいでもないけれど、周囲が続々と結婚し、そして赤ちゃんの写真がSNSに投稿される度に、私の胸は言葉にならない感情に襲われ、そしてヒリヒリと痛む。

-どうして、私は皆と同じようなステップが踏めないのだろうか。

結婚2年目を過ぎた頃から、本格的に焦り始めていた。

みんなが乗っかっている幸せのレールに、私だけ乗れていない気がして、胸が痛い。

「愛華ちゃん、大丈夫?」

その一言で現実に引き戻される。マンション内で開催されている月一回の定例行事であるお料理教室に参加している最中だった。

参加しているのは皆既婚者で、新婚さんに妊婦さん、そして子連れの面々。

「愛華ちゃんのところは、結婚3年過ぎてもラブラブで羨ましいわ〜。」
「ふふ、そんなことないですよー。」

夫婦仲は決して悪いわけではないけれど、週末になったら和樹は寝ているばかりだし、夜の営みが毎週、毎月あるわけでもない。

でも今の私は、皆の前では幸せそうにアピールすることしかできない。

そんな時、LINEが鳴った。アリサさんからだった。


にゃんにゃんOL の幸せのカタチとは?


自分を認めてあげること


「愛華!久しぶり〜。元気だった?」

少し出てきたお腹をさすりながら、フラットシューズにゆったりとしたワンピース姿のアリサさんが『ティエリー・マルクス』へやって来た。




妊娠6ヶ月だと言うのに、アリサさんは仕事帰りで、相変わらず忙しそうにしている。

「うちは旦那の稼ぎが少ないから、頑張って働かないとね!」

そんな冗談を言いながらも、出産ギリギリまで働くというところに、彼女らしさを感じずにはいられない。

すっかり優しいママの顔になったアリサさんを見て、不意に肩の力がふっと抜けていく。

そして本音が思わず口から止めどなく溢れでた。

「私、いつも他の人が羨ましくて…」

幸せだと虚勢を張っていないと誰かに負ける気がして、羨ましいと思われたくて、いつも何かを求めていた。

私だけ子供がいないから、ママ会には(バレないように言い訳をしながら)、参加しないようにしていた。

独身時代、私より早く結婚を決めていった女友達の会を避けていたように。

自分だけ取り残されたと思いたくなかったし、可哀想だと思われたくなかったから。

一気に話す私を、アリサさんは静かに見守りながらそっと微笑んだ。

「愛華...もう人と比較するの、やめたら?」

きっと、 人はそこまで他人を気にしてはいない。人は人、自分は自分だから。アリサさんは、力強く言った。

でも、私たちはつい“他人のバロメーター”に惑わされる。誰かと比較して、幸せの優越をつけたりする。

そんなことは無意味だと、一体何故忘れてしまうのだろうか。

「幸せの価値観は、自分が決めることだよ。今の愛華、他の人から見たらすごく幸せに見えるけど?」

にゃんにゃんOLだって日々頑張っているし、お気楽主婦だって日々奮闘中。

それは他人から見たら分からない、小さな悩みだったり葛藤なのかもしれない。

それでも、人から何と言われようと気にしない強さを持つこと。自分を好きになり、愛おしいと思ってあげること。

その強さと優しさを手に入れられた時、私たちは幸せだと思え、自分を認めてあげられるのかもれない。

店を後にし空を見上げると、大きくて真っ赤に燃ゆる夕焼けが見えた。

Fin.