結婚したら、寿退社♡

一昔前まで、それは女性の人生における最初の小さなゴールだった。

家庭に入り、料理の腕を磨き、夫の帰りを待つ。

だが、2017年の東京で「専業主婦」は、本当に憧れるべき存在だろうか?

専業主婦だった志穂は、自立のために復職した。義母ともめるなどうまくいかず、思わず家を出てしまうが、結果夫婦仲は安定した。

精神も安定し、義母も謝罪。だが、新たなプレッシャーに襲われる。




夫の意見


「…というわけなの。康介は、どう思う?」

ママ友達から、幼稚園受験や2人目問題についての話題を出され不安になった志穂は、帰宅した康介にまずは幼稚園の件について相談してみた。

康介とは、今までもなんとなくひなの幼稚園や進路について話してきたが、一つも具体的なことは決まっていない。

近所にも幾つか幼稚園はある。だが、志穂のママ友は電車で通うようないわゆる「お受験」をしないといけないような幼稚園の情報しか持っていないため、志穂は困惑していた。

「うーん…。」

康介は目をつぶって、しばし考え込んでいる。

しばらくたっても目を開けないので揺すってみると、寝てしまっていた。今日は久しぶりに23時を回る帰宅時間だった。疲れているのだろう。

本当は、仕事を減らされてしまったことの愚痴や、新しい仕事、義母から受けた私学や2人目のプレッシヤーに、今回の幼稚園についての問題も一から康介と話し合いたかった。

だが仕方なく、寝てしまった康介に声をかけベッドルームに連れて行く。

とにかく1つずつの問題に対する情報収集をしなければ…と結局3時過ぎまで色々と調べていた。


まず志穂が下した、最初の決断とは?


会社を辞める覚悟。


「短い間でしたが、お世話になりました!」

頭を下げ、心ばかりのお礼のお菓子を配りながら、狭いオフィス内を回る。

星羅から、自分を疎んじていた篠崎ちゃんの話を聞いて以来、やはり気まずさが拭えなくなってしまったからだ。

スピード感のある華やかなオフィス。

ここで働き始めた頃は、専業主婦時代に感じていた退屈さや出口の見えないモヤモヤが解消されたような気がした。

だが、子供の熱で思うように出社できず、会社のメンバーに邪魔だと思われながら仕事を続けられるほど志穂の神経は図太くなかった。

「お疲れ様でした。機会があったらお子さん連れて遊びに来てね。」

社長も篠崎ちゃんもそんなことを言って、にこやかに自分を送り出してくれる。あからさまに敵意をむき出しにされなかっただけ、ありがたいと思わないといけないのかもしれない。

私物を纏めて、幼児教室にひなを迎えに行く。

少しだけ気分は重かったが、今日は久しぶりに母が渋谷まで来てくれることになった。

ひなも歩きまわれるようなテラス席がある『THE THEATRE TABLE』を予約した。




「はい、ひなちゃんにプレゼント!」

母は、ひらがなやカタカナ、それにアルファベットまでが覚えられる、音付きの絵本や持ち運び可能な知育玩具をあれこれ持ってきてくれた。

義母とのことや、幼稚園のこと、教育のこと…聞きたいことは色々あるのに、何から切り出して良いかわからない。

「そういえば、もうすぐひなちゃんも幼稚園のこと考えないといけないんじゃないの?」

さすがは母である。志穂は、ひなをどんな幼稚園に入れたら良いのか、最近不安に感じていたことを打ち明けてみた。

ひなにご飯を食べさせながら、母は切り出す。

「そうねぇ、挑戦させてみたら?」

「お受験、ってこと?」

「そうよ。康介さんとも相談しないといけないと思うけど、ひなちゃんは利発な子だもの。挑戦させてあげてもいいと思うわよ。私も協力してあげるわよ。」

だが、もしお受験をするとなれば、自分は働けなくなってしまうだろう。そう呟くと、母は大袈裟に志穂を嗜めた。

「当たり前じゃない!お受験するなら、母親のサポートが何より大事なのよ。片手間なんかでお受験できる人っていうのは、よっぽど器用じゃないと。」

自分はそんなに器用ではない、と自覚している志穂は何も言えず、思わず黙り込んでしまった。


幼稚園受験に対する、康介の反応


夫から一方的に断られると、辛い。




土曜日は、久々に家族でゆっくりと出かけることになった。

志穂は簡単なお弁当を作る。

行き先は近場の公園だが、色々と心が落ち着く暇がなかった志穂にとってはこの上ない安らいだ時間となった。

ひなと遊ぶ康介の後ろ姿を見ていると、近くで姉妹と思われる3歳ぐらいの女の子と5歳ぐらいの女の子が仲良く遊んでいる。




その姿を見て、志穂は何気なく康介に声をかけた。

「ねぇ、康介は2人目とか考えたりする?」

最近夫婦仲も良いので、志穂は大して考えずに聞いてみたのだったが、康介は思わぬ反応を見せた。

「えー?!俺はもういいよ。うちは1人っ子でいいんじゃないの?志穂だって、いろいろ大変だっただろ。」

そりゃ、そうだけど…、と志穂は口ごもってしまう。

康介から、思っていた反応が返ってこなかったためなんとなく気分が落ち込む。

ひなは無邪気に遊んでいる。そのうちに、遊び疲れてぐずり始めたのでベビーカーに乗せるとすぐに寝てしまった。

志穂は、「子供は1人でいい」と言われたことが引っかかって仕方がない。

自分も最初、義母やママ友達からプレッシャーをかけられた時は同じように「2人目のことなんて考えられない」と感じていた。

だが、康介から一方的に可能性を閉ざされるとなると、なぜか癪に触ってしまう。

ゆっくりとベビーカーを押しながら、志穂はまた、康介に話しかけた。

「ねぇ、康介。この前も少し話したけど、ひなの幼稚園のこととかどうする?私立の幼稚園を受験させるとか、周りのママ友はそんなことも考えてるみたいだよ。」

出来るだけ一方的にならないように、志穂は言葉を選ぶ。

だが、康介はこちらもつれない態度だ。

「えー?うちは受験なんて柄じゃないだろ。別に周りが受験するからってうちも受験しなきゃいけないってこともないだろうし。それに幼稚園受験なんてまた志穂に負担がかかるじゃん。週3のパートも大変になって辞めたのに、そんなの耐えられんの?」

正論すぎて、ぐうの音も出ない。

正論なのだが、もう少し2人で話し合って結論を出したい、と思う。

康介と話していると、たまに一方的に話し合いを遮られてしまっているように感じることもある。

受験も、2人目のことも、家をどうするかも、その為には自分が働いたほうが良いか家にいたほうが良いのかなど、まだ若い自分達夫婦には話し合わなければならないことが山ほどあるのだ。

それなのにこんな調子じゃ、この先はどうなるんだろう、とうつむいてしまう志穂であった。

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夫・康介に志穂はどう映っているのか?今まで志穂を見つめてきた夫の気持ち。