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大企業出身者だから、前職で活躍していたから、と高い賃金で採用した中途社員の成績がまったく振るわない。慌てて解雇し、訴訟を起こされるケースが増えているそうです。その解決金は、賃金1年分では済まないことも。労働問題に強い弁護士が、社長の安易すぎる採用に警鐘を鳴らします――。

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*本稿はプレジデントオンラインの経営者向けサイト「社長の参謀ブログ」の記事です。

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■社長、彼のどこが「いい人材」なのでしょうか?

どの企業を訪問しても、社長から出るのは「島田くん、誰かいい人いない?」の一言だ。その嘆息を耳にするたびに「社長の感覚だけで採用するのはやめたほうがいいですよ。後々もめますから」と忠告するのが顧問弁護士である私の役割になっている。

採用に関して、とくに頭が痛いのは中途採用である。中小企業では、即戦力を求めるあまり、中途採用者の占める割合が高くなる。企業の長期的繁栄のためには、ぜひ新卒採用に挑戦していただきたいのだが、そこまで余裕がないのが現実。ただ、この中途採用、実に問題が多い。とくに営業職の中途採用は要注意だ。

「島田くん、いい人材が見つかったのよ」

この言葉を聞くと、「本当に大丈夫かなぁ」と大いに不安になってしまう。「いい人材」の根拠がまったく不明だからである。中途採用に失敗する原因は、社長の根拠なき過剰評価にある。そもそも、その人は別の会社で別の商品を売っていたわけで、自社の商品を売ることができるかどうかは未知数なはずだ。それでも社長は、「いい人材」と言い張る。これを勝手に『中途採用狂詩曲』などと名づけてみた。狂詩曲の結末は、たいてい「給料は高いのに、まったく仕事ができない。辞めてもらいたい」というものだ。

また、「ブランド」が正当な人物評価を歪めてしまうこともある。大企業に勤務していた人が採れたとき、社長は「わが社に優れた人材がやってきた!」と浮足立ってしまう。ところが、大企業出身の中途社員は周囲とぶつかってしまうことが多い。前の会社のスタイルに固執してしまうからだ。何度も「前の会社では」と言われると、ほかの社員は面白くない。「そんなに前の会社がいいのなら、なぜうちにやってきたんだ」と、次第に人間関係がぎくしゃくしてくる。心理学者のアルフレッド・アドラーは、すべての悩みは人間関係にあると指摘している。まさに正鵠を得た指摘だ。

資金も人材も豊富な大企業は、文化的風土が中小企業とまったく異なる。異文化の人材を取り入れる際には、それなりの覚悟と戦略が必要である。安易に取り入れてしまうと、社内に軋轢だけを生み出すことを忘れないでいただきたい。

■社長の権利を守るような法律は、ほぼありません

さて、日本では「成績不良」だけでは解雇の理由にはならない。中途採用者といえども、予定した売り上げに貢献しないというだけで解雇することなどできない。勢いで解雇すれば、「不当解雇」で争われて、敗れるのが関の山である。

労働現場のトラブルは、深刻な状況だ。厚生労働省の発表した「平成28年度個別労働紛争解決制度の施行状況」によると民事上の個別労働紛争の相談件数は、平成19年度が約20万件であるのに対して平成28年度は約26万件である。10年で6万件も増えた。私もこれまで200件以上の労働事件に関与してきたが、年々案件が増えている。

誤解を恐れず言えば、労働事件では経営者は弱い立場にある。一度でも労働事件の訴訟を経験したことがある社長であれば、訴訟による解決がいかに時間と費用のかかるものであるかを知っているはずだ。日本では、労働基準法をはじめとして労働者の権利が固く保護されている。労働関係に関して、社長の権利を守るような法律はないに等しいのが現実である。

だからこそ労働問題が起きない「仕組み」を導入しておくことが必要である。その柱になるのが「採用」だ。いったん採用してしまうと、社員の権利が一気に保護される。逆に言えば、採用までは社長の側に相当の裁量が認められている。自社の価値観を共有できる人材を採用できるかどうかは、中小企業の5年後、10年後を決定することになる。にもかかわらず、多くの中小企業では採用のプロセスがあまりにもずさんだ。

■私が関与した事案で、最高の解決金はいくらか

最近では、人手不足から安易な採用をしてトラブルになるケースが増えている。とくに介護や建築の分野では、「来てくれるだけで万歳」という心持ちゆえに悲惨な結末を迎えてしまう社長が少なくない。「うちは地方の中小企業だから、来てくれるだけでラッキー」などと実質的に「相当の裁量」を放棄している経営者も散見される。そういう会社では、労働トラブルが絶えない。

例えば、不当解雇の事案で訴訟になった場合には、退職を前提にした経済的解決が裁判所から打診されることもある。このときの解決金の相場は、賃金の約1年から2年分といったところだ。もちろんケースによって異なるために一概には言えないところもあるが、賃金の1年分というのは、決して不当に高額な数字ではない。私が関与した事案では、退職してもらうために最高で賃金の2年分を支払ったことがある。

このような事態になれば、経済的な負担も大きくかつ決算書もみじめなものになってしまう。ときには銀行から「この特別損失はなんですか」と言われることもある。社長としては、なんとも苦々しい話である。このようなリスクがあるから、会うたびに「社長、採用は大事ですよ」とアドバイスしているわけだ。

■どれだけ期待できる人でも「1年契約」から

中途採用のリスクを回避するためには、3つのポイントある。「契約の期間」「賃金の設定」および「目標値の設定」という観点から説明をしていこう。

まず契約期間については、できれば1年間の有期労働契約から始めるべきである。1年間の実績を経てから、無期労働契約を締結するかどうかを判断するためである。実績が社長の期待までに至っていない場合には、1年後に賃金の見直しをすることもできる。これが当初から無期労働契約であれば、契約の解消も賃金の減額も容易ではない。

次に中途採用においては、とかく賃金の設定が高くなる傾向がある。これはいまだ実績のない段階で前職の収入をベースに経営者が賃金を設定するからである。明確な人事評価のない企業では、中途採用者と古参社員の賃金の整合性をとるために適当に手当てを設定する傾向がある。手当ての項目の多い会社は、労務管理もずさんであり、労働トラブルが多い。給与明細1枚にも、社長の性格が透けて見えるものである。賃金については、1年後に実績を受けて見直すことができるような設計にしておくべきなのだ。

さらに目標値の設定も欠かせない。社長が「高い賃金を払っているのだからもっと頑張ってもらわないと」と指摘しても、「私なりに頑張っていますよ」と反論されるのが一般的である。このような不毛な議論が成り立つのは、当事者間で目標値について共通認識がないからである。契約時に「新規の法人を年間10件獲得すること」と目標値を明示しておけば、あいまいな議論になることはない。

■労働問題が起きない会社にするためには

私は、これまで関与してきた多数の労働事件から、労働問題の起きにくい企業の仕組み作りのコンサルティングを複数の企業でお手伝いしている。ここでのポイントは、知識ではなく「仕組み」ということである。社長と社員とで共有できるルールと言ってもいい。

中途採用のトラブルをはじめ、労働事件は個人の感情が前面に出る傾向がある。感情に流された時点で、すでに社長の負けともいえる。安定した企業を作るためには、感情問題への発展を防ぐ「仕組み」が必要、というのが持論である。

「仕組み」を持たない会社では、労働問題への対応が場当たり的なものになってしまい、たまたま解決したとしても、問題の抜本的な解決にはならず、再発してしまう。ぜひ当ブログを参考にしながら、自社の成長を約束するオリジナルの仕組み作りに挑戦していただきたい。

(島田法律事務所代表弁護士 島田 直行)