富士ゼロックス 社長 栗原 博氏

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■1回の経験は100回の座学を上回る

新人の頃、マナーで大失敗したことがあります。

あるお客様のところに営業で訪問していたときの話です。その後に私は別のお客様との約束がありましたが、商談が盛り上がりズルズルと時間を延長。次の約束に遅刻してしまいました。

私は遅刻がマナー違反であることは重々承知していましたが、事情を話せばきっとわかってもらえるだろうと都合よく考えていました。しかし、遅れてお客様の元へ駆け込むとこう言われました。

「遅刻する営業マンとは話したくない。ドアを閉めてお引き取りを!」

キツい叱責を受けて、遅刻は信頼関係を根底から揺るがすものだということが骨身に染みました。入社時に約半年間の研修で徹底的にマナーを叩き込まれたつもりでしたが、知っていることと、実践することは別。1回の経験は100回の座学を上回ります。

この失敗を経験してから、次に予定が詰まっているときは、商談をはじめる前に退出時刻を伝えるようにしました。話の途中で「実は次が」とは言いづらいですが、最初にお伝えしておけば気にしてくださるお客様は多いと思います。

時間が迫っていることを示すために腕時計をチラチラ見ることはお客様に失礼と思っています。私は腕時計を見なくて済むように、応接室に入ったらまず時計の位置を確認することを習慣づけていました。壁掛け時計や置き時計なら自然に目に入るので、お客様を不快にさせずに時刻を確認できます。これは現場だから身に付いた知恵です。こういう実践的なノウハウをわが社の研修でも教えてあげるといいのかもしれません(笑)。

手痛い失敗を通じてお客様から学びを得ただけでなく、上司に教わったことも少なくありません。なかでも、今でも大事にしているのは、「お客様を知り抜く」という心構えです。

人には好き嫌いがあります。仕事ですから、たとえ苦手な人が相手でも気持ちを押し殺して接するべきです。駆け出しの頃の私は、それがプロの心構えだと思ってお客様に接していました。

■お客様を知り抜きお客様を好きになる!

しかし、その考えは浅はかでした。30歳頃に、私は大手上場企業を担当する営業部に異動します。そこで出会った上司はこう言うのです。

「苦手な気持ちは、たとえ表現しなくても空気で伝わってしまう。だから感情を隠すのではなく、お客様のことを好きにならなくてはダメだ」

お客様を好きになるためには、お客様のいいところを見つけることが大切です。いいところは、ぼやっと見ているだけではわからない。だから、単に知っているというレベルではなく、お客様自身が知らないようなところまで知り抜きなさい、というわけです。

そもそもお客様に興味があるというレベルでは、いい提案はできません。せいぜい「うちの新商品は、こんな機能があります」という程度です。

一方、お客様のことを知り抜いて好きになると、「お客様の業務はここに課題があるから、うちの商品のこういう機能を使えば改善できます」と深い提案ができるようになります。

上司にお客様を知り抜く大切さを教わってからは、とにかく現場に入り込んであらゆる情報を集めました。たとえばメーカーのお客様なら、本社の担当者だけでなく、工場にも足を運んで話を聞きます。現場で集めた情報も参考にして提案すると、本社の担当者は「どうしてそんなことまで知っているのか」と驚き、話も弾みます。そこから契約に結びついた経験は一度や二度でありませんでした。

こう言うと、お客様から信頼を得るには、現場に入って汗をかいている姿を見せればいいと勘違いする人がいるかもしれません。もちろん“浪花節”で動いてくださるお客様もいます。でも、営業がアピールすべきは、努力したプロセスではなく、その結果であるお客様の課題を解決する提案内容です。

今振り返ってみると、お客様を知り抜いて好きになれという教えは、表面的な数字でお客様を判断するなという意味も含まれていたように思います。

営業マンは売り上げが大きいお客様を優遇しがちです。でも、このお客様は自分のプラスになる、あっちのお客様は付き合っても仕方がないという態度でいると、お客様のほうから見放されます。直近の売り上げがどうであろうと、すべてのお客様は見込み客。目先の利益を超えて深いところで好きになってこそ、信頼関係が構築されます。

相手の肩書、年齢、性別で態度を変えるのもダメです。私も今でこそ社長という立場ですが、誰が相手でも分け隔てなく同じ態度で接してきたつもりです。そうして付き合ってきた人たちほど、不思議なことにピンチのときに救ってくれたり、応援してくれたりしたものでした。

■「君との議論は実に楽しかった」

40代で支店長として現場を飛び回っていたころ、社内研修で当時会長だった小林陽太郎(故人)の講話を聴く機会がありました。一支店長にとって、会長は雲の上の人。しかし、私は質疑応答で手を挙げて、生意気にも自分の意見を会長にぶつけたのです。

周りからは身の程知らずだと叱られました。でも、10日後に小林から一通のレターが届きました。封を開くと、そこには直筆でこう書いてありました。

「ああいう議論は実に楽しいものだ。自分の考えを主張して戦わせないと、実のあるディスカッションにはならない。あの場で見せた精神を、ぜひ他のさまざまなところでも発揮してほしい」

失礼だったかと内心びくびくしていましたが、それどころか小林は細やかな心遣いで励ましてくれた。人と人が向き合うとはこういうことなのかと、本物のマナーを教えていただいた気がしましたね。この手紙は、私の宝物。今も大事に机にしまってあります。

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▼栗原社長の作法
【1】年賀状はどうしているか(送付枚数)
仕事約600枚、プライベート約300枚。
【2】普段のお礼状はどうしているか
相手への想いを直筆で綴る。
【3】仕事絡みのゴルフはするか
週1回(ゴルフシーズンのみ)。
【4】日常の勤務時、ネクタイはするか
する。
【5】会食の回数
ほぼ毎日。社外週2〜3回、社内週2〜3回。
【6】服は誰が選ぶか
今は自分。社長になる前は妻。
【7】初対面の相手で見るところ
目の輝き。

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栗原 博(くりはら・ひろし)
1953年、宮城県生まれ。78年学習院大学法学部卒業後、富士ゼロックス入社。2004年営業統括本部販売本部官公庁支社長、09年取締役常務執行役員、14年取締役専務執行役員を経て、15年6月より現職。
 

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(富士ゼロックス社長 栗原 博 構成=村上 敬 撮影=竹中祥平)