『燃える闘魂』(毎日新聞社刊)

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 京セラ、KDDIという2つの巨大企業を創設した、日本を代表する名経営者の一人、稲盛和夫さん。

 彼は県立大学(現・鹿児島大学)工学部を卒業して碍子メーカーの松風工業に入社したのち、同社の社員8人とともに現在の京セラを設立、その技術力の高さから急成長を遂げます。’84年には通信事業の自由化に際し、第二電電を設立。のちにDDIとなり、他社と合併して現在のKDDIとなります。

 また’10年には経営破綻したJALの会長に無報酬で就任、経営改革を進めて、3年足らずで再上場させ、その手腕が改めて評価されました。

 ’04年に刊行された彼の著書、『生き方』は、刊行以来120万部を突破した不朽のロングセラーであり、彼がその成功の礎となった「人生哲学」をあますところなく語りつくした一冊です。サッカー日本代表の長友佑都選手、野球日本代表監督の小久保裕紀氏などトップアスリートも座右の書として挙げています。

 本日は本書から、稲盛さんの「決断力」に見る成功の秘訣を見ていきたいと思います。

◆「人間として正しいこと」を判断基準にする

 稲盛さんは本書の中で、企業も人間も、成功の秘訣は「人間として正しいこと」を徹底的に追求することだと断言します。

 27歳で京セラを始めた時、稲盛さんには技術者としてのキャリアはあっても、会社経営については知識も経験もまったくなかったそうです。

 しかしながら、会社では様々な問題や決定をする事項が次々に起こります。そして、その対策や解決策は責任者である自分が最終的に決めなければならない。それは些細な問題だったとしても、もし自分が判断を1つ間違えれば、できたばかりの会社にとっては会社の存続そのものに関わってくる。ところが技術者出身の自分は、それを判断するための知識を持ち合わせていない……。

 どうしたらいいのかと悩んだ末に、稲盛さんは「人間として正しいのか」という極めてシンプルな判断基準をおき、その基準に従って経営判断をするようにしたそうです。

 嘘をつくな、正直であれば、欲張るな、人に迷惑をかけるな、人に親切にせよ……こういう子供の頃に親や先生に教わったような、人間として守るべきルール、人生を生きる上で先験的に知っているような「当たり前」の規範に従って経営も行っていけばいい。経営も人間が人間を相手に行なう営みなのだから、そこですべきこと、あるいはしてはならないことも、人間としてのプリミティブな規範にはずれたものではないはずだ……。

 そう考えて「人間として正しいかどうか」を唯一の判断基準、経営の指針として設定した稲盛さんは、迷うことなく正々堂々と経営を行なうことができるようになり、その後の成功にもつながったと彼は述べています。

◆私心が混じっていないかを何度も自問する

 こうした稲盛さん自身の決断力を示すエピソードとして、こんな話が伝えられています。それは彼がDDI(現在のKDDI)を立ち上げて電気通信事業に新規参入をした時の話です。

 当時、もともと国営事業であった電電公社がNTTに民営化され、健全な競争原理を持ち込むことで諸外国に比べてひどく割高な通信料金を引き下げるべく、自由化が決定されました。

 ところが、民営化されたとはいえこれまで一手に事業を独占していたNTT に戦いを挑み、新規参入するという企業は一向に現れません。それに業を煮やした稲盛さんはまったく畑違いの電気通信事業の新規参入に自ら名乗りを上げるのです。

 ただし稲盛さんによれば、すぐに名乗りを挙げたわけではなく、自分の動機に私心が混じっていないのかを自らに厳しく問うたそうです。

 具体的には、就寝前に毎晩必ず「お前が新規参入に名乗りを挙げるのは、本当に国民のためを思ってのことか? 会社や自分の利益を図ろうとする私心がそこに混じっていないか?」。あるいは「世間から良く見られたいというスタンドプレーではないのか? その動機は一点の曇りもない純粋なものか?」と半年間ずっと自問自答し、半年後にようやく心の中に邪なものはないと確信した彼は、DDI(現在のKDDI)の設立に踏み切ったということです。