2017年の東京モーターショーで発表した「マツダ VISION COUPE」。コンセプトカーなのだが、市販車として出せそうな現実感のある仕上がりになっている。

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2017年の東京モーターショーで、マツダは2台のコンセプトカーを発表した。いずれも、2012年以来のマツダ車の共通コンセプト「魂動デザイン」を深化させたものだ。一般的にコンセプトカーは展示会で見せるだけで、市販車とは直接つながらない。しかしマツダのデザイナーたちは、エンジニアが計測を始めるほどリアリティーのあるコンセプトカーをつくる。なぜそこまでやるのか? マツダ車のデザインを掘り下げる本シリーズ、今回はデザイン部門トップ・前田育男常務のインタビューを池田直渡氏との対談形式でお届けします(前編、全2回)。

■デザイン全体を束ねてブランドの表現に結びつける

【池田】今回は前田さんに、マツダのコモンアーキテクチャー戦略とは、デザイン部門から見るとどのように解釈できるものなのか。その結実である魂動デザインを、具体的にどのように作っていったのか。そこの部分をくわしく伺いたいと思っています。

【前田】基本的にはこの世代(注:第六世代商品群)から、個別車種デザインではなくブランド全体をデザインする、ブランド戦略デザイン――つまり、デザイン全体を束ねてブランドの表現に結びつけるということをやり始めました。これまでと異なり、基本的にはこの世代の全ての車種に共通の要素があるんです。それがブランドメッセージになるんですね。共通の部分、メッセージを込める部分はクオリティーをとにかく上げて、そこだけは世界で誰にも負けないようにする。車種ごとに違ったことをやるエネルギーを特定の部分に集中して全体のクオリティーを上げる方に向ける。これはコモンアーキテクチャーの考え方ととても近いです。

【池田】なるほど。リソースを重点投下するということですね。エンジニアリングもそうですが、デザインはそれ以上に全体としては同じ方向でありつつ、個別には違う製品でなくてはならないはずなのですが、両立するために、何かガイドラインのようなものを考えたのですか?

【前田】言葉で定義するのは難しいです。具体的にルールやガイドラインを設定したわけではないのですが、私の頭の中にゾーニング的なものはあります。ブランドの「ある縛り」の中に入っているかどうかは、わたしが判断していきました。具体的には、この世代の場合、「ブランドフェース」というのを作りました。ブランド表現というのは主に顔周りに現れますから、そこが共通したテイストに見えるようにしました。それと全体のフォルムの作り方、醸し出す雰囲気。フェースとフォルムにブランドとして統一した表現が欲しいと思いました。

【池田】そういうブランド価値デザインを行っていくことによって、マツダとユーザーにとってはどういうメリットがあるのでしょう?

【前田】今、われわれは全社的にブランド価値を作っていくことを大きな目標としているわけですが、デザインのブランド化はブランドを作るために絶対にやっていかなくてはならないことだと考えています。ブランドという意識がなかったわけではないのですが、デザインの表現として束ねてはおらず、おのおののクルマで個性を出していくというやり方でした。表現としては全体でこういうメッセージを作るとか、ブランドという大きな目標の中で、個々のクルマの担うポジションを戦略的に考えていかなくてはならないんですね。そのために、個々のクルマの役割をある程度定義して、デザイン部の中で「戦略的商品マップ」を作りました。

【池田】それはぜひとも見てみたいです。難しいでしょうか?

【前田】ちょっとそれはさすがに出せません(笑)。まあ、あくまでイメージなんですが、大きなブランドの進化の方向性の中で、このクルマは「進化の質感やクオリティーを表現する」とか、これはブランドのコアの柱と成るような「ベーシックな部分」を表現するとか、一台ごとに意味を持たせて、おのおののクルマの位置づけというか、生きざまのようなものをあらかじめ決めて作っていこうと。そうしないと結局全体を束ねることは難しいですね。一台一台やっていると。

【池田】マップを用意せずに、全体をルールで縛って、ここの形を統一するとか決めるとただ不自由になってしまってうまく機能しないということですね。かと言って自由にするとブランド全体の表現と結びつかない。だからマップが必要だったんですね。

【前田】その通りです。

■「人間中心」のインダストリアルデザインとは

【池田】実は今回、「コモンアーキテクチャーとデザイン」というテーマでインタビューするにあたって、話の中心は、いわゆるシェイプの話にはならないのではないかと思っていました。その本質は、「人間中心のクルマ作り」に密接につながるインダストリアルデザインとしてのパッケージや機能を統一したことではないかと思っていたのです。

【前田】まさしくその通りで、それもコモンアーキテクチャーです。コモンアーキテクチャーとデザインの関係については、切り口はいろいろあります。デザインのテイストみたいなものもあれば、人間をどこに座らせればいいかとか、クルマ全体の骨格やプロポーションはどうあるべきか、とか……そういうクルマの本質と直結するような大きなテーマというのは、実はたくさんあるのです。それを全部きちんと定義し直すということを、この世代からやりました。例えばわれわれの言う「骨格」というものはクルマの性能とも直結していますし、パワートレインの形式とも直結していますし、先ほどの人をどう座らせるかとも直結していますし、われわれの機能的な「志」にも直結しています。そういう意味ではデザインにおけるコモンアーキテクチャーは、企業としてのマツダの総合力なんですね。それをひとつひとつ作って来ました。それは企業としての総合力を問われるという意味で、出たとこ勝負ではないのです。

■デザインが、チームをひっぱるアイコンになる

【池田】なるほど、数多くの重要なことを地道に全部洗い出して、ひとつずつ確認しながらデザインを作り上げていったわけですね。ただ、いくら理想的であっても、それが実際には生産できないものでは仕方ないですよね。ということは、そういうクルマ作り全体のルートマップを、デザインが主導的に引いたのでしょうか?

【前田】マツダの特殊な例かもしれないですが、設計のエンジニアや生産のエンジニアをある方向に束ねて行く場合、ひとつは「形」なんですね。誰が見ても格好いい形を見ると、みんなやっぱりすごくモチベートされる。そこでグッと人が束ねられる。これは試作車に乗った時に「あ、このクルマすごいね」って言う感じと結構近いです。それはデザインの大きな役割です。だからそういう視点で言えば、デザインがクルマづくり全体をけん引する所は結構あると思います。

【池田】チーム全体にモチベーションを与えて力を結集していく、アイコンとしての意義が、デザインにはあるということですね?

【前田】内部的にはそういう意義は大きいですね。だからわれわれはやり方を変えました。大体、デザインというのは秘匿性が高いので、あまり他の部署に見せないんです。結構最後の段階まで見せずに、クルマが出来上がってから最後に「デザインはこうだ」と見せるんですよね、今までのケースは。でもそれをやっていると、エンジニアはどんなクルマを作るのかわからずに設計をすることになるわけです。それでは全員の方向性がそろわない。だから相当な初期段階、例えばスケッチの段階からそういう連中を集めて「これかっこいいよね。これ作ろうよ」と布教活動みたいなことをすると、みんなものすごくノッてくるんです。

【池田】ということは、デザインはチーム全体に対するゴールの提示を担うんですね?

【前田】ええ。目標値みたいなものですね。僕自身が同じようなことを感じたことがあるんです。今のディーゼルエンジンを搭載した試作車だったのですが、初めて試乗した時、誰も乗ったことがないようなパフォーマンスのクルマだったんです。これに乗った時、僕自身がすごくモチベートされたのです。「これが中に入るんだったら、デザインはもっとこんな風にしよう」と。

【池田】具体的なイメージが見えたわけですね?

【前田】そのクルマのデザインのイメージと、走りのイメージが、ある時シンクロしたんです。完璧にオーバーラップする時があって、おそらくお互いがそういうことを思ったと思うんです。デザインの目標となる――われわれはビジョンモデルと呼んでいるのですが――それをエンジニアとか生産とかあらゆる部門の人が見た時、逆に、設計以外の人が試作車に乗った時、お互いに両方が「すごい!」となった時があったんですね。そういうことが今の世代(注:第六世代)の初めの頃にありました。

【池田】いわゆる「百聞は一見にしかず」ということですね? いくら言葉を重ねても通じない何かが、見て乗って感じることによって、レベルの違う腹落ち感で伝わるというのは、感覚として私もすごくよくわかります。「試乗」という体験によって、デザインは実際に修正されたんですか?

【前田】修正はありましたね。僕はクルマに乗ったことでデザインを大修正しました。この世代を全部このデザインの方向で行くぞというすごく大事なモデルをコンセプトカーとして作ったんです。普通のコンセプトカーっていうのはショーケースに置くだけで、あまり次のジェネレーション、それはつまり7年とか8年という期間で、プロダクトには何のターゲットにもならないというケースが多いのです。そういう従来通りのコンセプトモデルを作っていました。ところが試乗して受けた印象を僕のメッセージとして、こういう方向にしますということで変更して、かなり具体的なプロダクトの方向を示す「SHINARI(靭)」というデザインコンセプトに変わったんです。

■コンセプトカー「SHINARI」がリアルだった理由

【池田】マツダってデザインコンセプトカーがとても好きですよね。「すぐには実用につながらないけれど、長期的にはこれからのクルマに取り入れられていくよ」というデザインコンセプトを、ずっとやってきました。ところが第6世代に入ってからは、そういう抽象的なものではなくて、かなり具体的な、場合によっては製品そのものではないかと思えるものになりました。(2010年秋に)SHINARIを見て、はっきりと「これは次期アテンザだ」と私は思ったのですが、そこには何か大きな転換があったんでしょうか?

【前田】そうですねぇ。それまでデザインコンセプトというのは“遠い将来、ある要素はもしかして製品に入っていくかもしれない”というレベルのものでした。その(デザイン)コンセプトを使って次の製品を生んでいくというほどには直結していなかったんです。デザイナーのイマジネーションをもっと高めるという意味づけのモデルがほとんどでした。

しかし、SHINARIというモデルはショーに展示するために作ったものではないのです。一番重要なのは、中でクルマ作りをやっている連中の目標値を作ること。だから相当にリアリティーの高い形をあえて作ったんです。リアリティーが高いから、エンジニアにも具体的なターゲットが分かるんですね。例えば、ピラーの位置はここにしたいとか、タイヤの位置はここに付いてないとダメなんだなとか。

【池田】単に象徴的なデザインコンセプトではなく、リアリティーの高いものにすることによって、コンセプトモデルがチーム全体に対して目標を示すものになったということですね?

【前田】はい。実は笑い話がありまして……。SHINARIを作った時、エンジニアがメジャーを持って来て、コンセプトカーを計測し始めたんです。「タイヤの位置はこうで、オーバーハングはこうで、うーんこの距離は……」なんて言い出した。「いやちょっと待て、測って何ミリの話はやめよう。そこまでリアルじゃないよ」と言ってしまいました。リアリティーを高めたと言っても、コンセプトカーですから(笑)。ただまあ、そういう気持ちにさせるというのは当初からもくろんでいたことです。

■アテンザのデザインがどんでん返しに

【池田】聞くところでは、現行アテンザのデザインはだいぶ違う形で進行していたのが、途中でどんでん返しがあったらしいですね?

【前田】私がチーフデザイナーだったんですが、完璧な二枚舌でしたねぇ(笑)。実は私の頭の中にあったアテンザの目標値はSHINARIだったんですが、その当時私はデザインのトップではなく、上に別にいたんです(注:フォードから来た、ローレンス・ヴァン・デン・アッカー氏のこと)。で、彼のテイストと全然違うわけです。それを聞きながら作っていたんですが、それをある時ガラッと変えなくてはいけなくなったんです。

【池田】マツダのあらゆるジャンルで、フォードの光と影両方があって、それが今のマツダにつながっていると言うことですね。

【前田】ありますね。別にネガティブな意味ではないですよ。いろんな意味でフォードには教わるところもたくさんありましたが、デザインでいうと目指している所は結構違っていました。これは恐らくなんですが、フォードの大きなブランドの中で、マツダの位置づけは決まっていたんだと思うのですよ。で、『ここに置く』というポジションと、私自身が行きたいというポジションが全然違っていたんだと思います。

■フォードはマツダをどうポジショニングしていたのか

【池田】フォードが目指していたマツダのポジションというのは、どういうものだったのでしょうか?

【前田】それがねぇ、わからないんですよ。全く提示はされなかったです。まあ、スポーティーで割とフレンドリーなイメージだったんじゃないですかね。おそらくですけど。あまり上級とかプレミアムな方向を向いているブランドじゃなかったと思います。

【池田】それはプジョーとかフィアットとかのイメージですかね?

【前田】そのあたりだったと思います。恐らくですけどね。そういう話をされたことは一切ないです。当時フォードが所有していたPAG(プレミアム・オートモビル・グループ)には、リンカーン、アストンマーチン、ジャガー、ランドローバー、ボルボとすごいブランドがたくさんあったんですが、そことは線が引かれている感じはありましたね。

【池田】そうですね。でも不思議なことにあの時フォードの傘下にいた会社は、今みんな幸せになっていますよね。GMの傘下にいたSAABが売却された上、2度も破産したことを考えると、いろいろ思うところがあります。

【前田】あはは(笑)。マツダでデザイントップを務めた2人、モーレイ・カラム(現フォード・デザインディレクター)もローレンス・ヴァン・デン・アッカー(現ルノー・デザイン担当副社長)も出世して、今は大きなデザイン部門のトップになっています。今のフォードの社長になったマーク・フィールズ(2017年5月にCEOを退任)もそうですが、会社だけでなく人も幸せになっているのかなぁと思いますね。

(池田 直渡)