ビジネスを牽引する、アバ・ザ・ミュージアムのディレクター(館長)のイングマリー・ホーリングさん(写真:イングマリーさん提供)

1970年代にキャッチーなメロディと美しいハーモニーで、世界中を魅了したスウェーデン発の男女4人組ポップグループ「アバ」。1982年に活動を休止してからすでに35年が経過しているが、 アバは現役で活動していたときより、解散してからのほうがビジネスとして拡大していることをご存じだろうか。
「アバの解散後ビジネス」を俯瞰(ふかん)した前回記事(もはや産業!「アバの解散後ビジネス」の秘密)に続き、2回目の今回はアバを生んだスウェーデン、ストックホルムでいま大成功を収める「アバ・ザ・ミュージアム」についてレポート。「解散後ビジネス」を支えるキーパーソンにもインタビューし、その成功の秘訣に迫る。

「アバ・ザ・ミュージアム」が大盛況


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ストックホルムに行くと、ある建物の前で待っている意外な人だかりに遭遇する。そこがアバ結成前から解散までの活動を展示物とともに追う博物館、「アバ・ザ・ミュージアム」だ。

アバとは1974〜1982年まで活躍したアグネタ・フォルツコグとビヨルン・ウルヴァース、アンニ・フリード・リングスタッド(フリーダ)とベニー・アンダーソンの、2組のカップルからなるポップ・グループだ。1976〜1977年にかけて、代表曲「ダンシング・クイーン」は全世界13カ国でNo.1ヒットとなった。

1982年に活動停止したものの、それから30年以上経った現在でも人気は衰えていないことは、前回記事でも紹介した。そんな彼らの活動の歴史を体験できるのが母国スウェーデン、ストックホルムに2013年5月にオープンした「アバ・ザ・ミュージアム」だ。

スウェーデンで最も入場者数が多い博物館は、約400年前の世界最古の船舶が展示されている「ヴァーサ号博物館」で、年間約134万人が訪れる。「アバ・ザ・ミュージアム」は初年度の来客数こそ35万人だったが、現在では1日約2000人が世界各国から観光バスで国境を超えてやってくるという。年間にすると約70万人で、同じくストックホルムにある「ノーベル博物館」の18万人よりも多いのだ。

ちなみに音楽アーティストの名所や博物館としては、小泉純一郎元首相が会見で歌った有名なエルビス・プレスリーの邸宅「グレイスランド」の年間入場者数が約50万人、イギリスのリバプールにあるビートルズの「ザ・ビートルズ・ストーリー」が約25万人だ。

この数字を見ても、アバは単なる歴史上の過去のアーティストとしてではなく、スウェーデンのエンターテインメント産業の「アイコン」として今でも大活躍していることがわかる。

そのアバ・ザ・ミュージアムは、ストックホルムのユールゴーデン島にある。島とはいうものの、ストックホルムの中心市街地からトラムで5分、フェリーでも5分で行くことができる場所だ。日本でいうと、東京の虎ノ門から六本木周辺の一等地にあたる場所だ。ここに現在、アバに関連する施設が点在している。


「Cirkus」は、スウェーデン版ミュージカル『マンマ・ミア!』が上演されていた場所。今年7月、元メンバーのビヨルン氏の会社が買い取り、今後改装予定。「Tyrol」はグローナルンド敷地内の「マンマ・ミア!ザ・パーティ」のレストラン会場。「グローナルンド遊園地」は野外ステージがあり、そこで1975年、アバはコンサートを開いた。ちなみに今年、2017年はエルトン・ジョンがコンサートを行った。「Mono Music AB」は、アバの元メンバーなどのマネジメント会社。

当時の活躍をあまり知らない人でも楽しめる

アバ・ザ・ミュージアムは宿泊施設「ポップ・ハウス・ホテル」の地下にある。黄色い壁が青く澄み渡る空に鮮やかにマッチする3階建てのこのホテルは、1階にテラスがあり、外からガラス張りのレストランバーが見えるカジュアルなホテルだ。

入り口から中へ入ると、正面にはホテルのレセプションカウンターがあり、左側にはアバ・グッズが売っているショップと、ミュージアムへと続く入り口がある。カラフルな電飾ゲートをくぐり、階段を降りると、そこから時代は一気にタイムスリップ。ポップワールドへと吸い込まれていく。日本語の音声ガイドもあるので、当時の活躍をあまり知らない人でも十分に楽しめる。

「ハロー! アバ・ザ・ミュージアムへようこそ!」

満面の笑みを浮かべ、目の前に現れたのはアバ・ザ・ミュージアムのディレクター(館長)のイングマリー・ホーリングさん。彼女こそが、このミュージアムはもちろん、アバの解散後ビジネスを支えるキーパーソンだ。笑顔が印象的で、柔らかな英語であいさつをしてくれた。


イングマリーさんとミュージアムのスタッフ(写真:イングマリーさん提供)

――まずはアバのメンバーとの出会いを教えてください。

「1970年代初めにアバのバンドのギタリストと知り合いました。1975年、彼がアバとのツアーに参加しているとき、彼が私をメンバーに紹介してくれたのです。フリーダ(女性ボーカルの1人)と私はすぐに仲良くなりました。私は当時メークアップやコスチュームの仕事をしていたのですが、フリーダはそのことを知っていたので、その後、1977年のオーストラリアへのツアーで、バックステージでコスチュームを手伝ってほしいと誘われました。もちろん二つ返事で受け、1982年にアバが解散するまで仕事をしました」

実はイングマリーさん、1980年のアバの最初で最後の日本ツアーにもコスチューム担当として来日している。日本滞在中の3週間、とてもすばらしい時間を過ごし、帰国当日は帰りたくなくて泣いてしまったほどだったという。今でも日本料理、特に天ぷらが好きで、息子さんも日本に留学した経験があると話してくれた。

――アバ・ザ・ミュージアムの館長ということですが、現在、メンバーとのご関係は?

「ビヨルン(男性メンバー)とは彼がミュージアムの株主の1人であることもあり、頻繁に会いますね。ベニー(男性メンバー)とは夕食会や、知人の結婚式等で会います。アグネタ(女性ボーカル)とは電話でよく話しますし、来週夕食を一緒にします。フリーダとは彼女がストックホルムに帰ってきていたので、先週ランチをしました。とてもよい関係を保っていますし、彼らのような友人を持てることを光栄に思います」

アバとイングマリーさんが一緒に仕事をした時期は5年だが、その後30年以上にわたって、メンバー全員と公私ともに付き合いが続いているという。移り変わりの激しいミュージックビジネスの中、今でもコミュニケーションを欠かさずに会っているというその絆の強さに驚く。彼女が誰からも愛されるキャラクターだということをうかがい知ることができる話だ。

成功の秘訣は何だったのか

――アバ・ザ・ミュージアムには今1日に2000人もの人が訪れ、大盛況となっています。成功の秘訣は何だと思いますか?

「かつては『アバのミュージアムはどこにあるのですか?』と聞かれても存在しませんでした。だからこそ、立ち上げる決心をしたのです。

根底にはファンの人々がもっとアバの存在を知りたいという期待もあったのでしょう。実現する段階で日本の文化との共通点に気づきました。それはアナログでの情報発信と、テクノロジー、最新技術を使った発信。まさしくこれが成功への道だと思います。

誰もが何かを得られる。アバ・ファンではなくてもこの現象に興味を示し、スウェーデンからの音楽発信の成功にも興味を持つのではないでしょうか」


アバの控え室は、こうして再現されている(写真:筆者撮影)

アバ・ザ・ミュージアムは、古い美術館のように展示物を透明ガラスの箱で展示する方法ではなく、活動の歴史をもっと身近に感じてもらえるような展示をしている。アバの控え室、レコーディングスタジオ、オフィス、曲を作っていたプライベートな空間なども、かなりのスペースを割いて再現されている。ファンからすると「ああ、あの曲はこうやって、ここでできたんだ」と曲にまつわる物語を想像することができるのだ。


再現されたアバのレコーディングスタジオ(写真:Kimio Okoshi氏撮影)

たとえば「オーディション」というブースでは、実際のレコーディングのブースがあり、そこでヘッドホンをしてカラオケに合わせてアバのヒット曲を歌うことができ、点数が表示される。後でパスワードを入れるとその音源のダウンロードも可能だ。リストの中には映画『マンマ・ミーア!』で、メリル・ストリープが熱唱した「ザ・ウィナー」も含まれており、誰の目も気にせずに大声で歌うことができる。

また、「5人目のメンバー」というコーナーでは、実際に自分がメンバーの1人としてライブ体験ができる。本物のステージ上にメンバー4人がホログラムで登場、その中に交じって一緒にステージに立ち、マイクで声を出して歌うことができるのだ。

この映像も後でダウンロードすることができる。文字どおり、テクノロジーの進化によって実現可能になったシミュレーション体験だ。このミュージアムでは、随所にあこがれのメンバーになったかのようなVR(バーチャルリアリティ)体験ができるコーナーがある。

尊敬、謙虚さを持ってお客様に接する

――運営していくうえでこだわっている点、ポリシーなどはありますか?

「数多くの役割がある中、開かれていて、温かく、尊敬の念を持って従業員たちと接しなければならないと思っています。誰もが不安がなく業務に従事し、上司との意見交換などが自由に行える職場であること、またクリエーティブな意見交換が行き交う環境であることも大事ですね。従業員の話に耳を傾け、真摯に受け止め、よりよい結果のためには改善も行います。あとはお客様が入場された瞬間から、つねにサービスが提供されている状態であることを心掛けています。これは尊敬、謙虚さを持ってお客様に接する日本でのサービスと同じですね。また、来場者全員が平等なサービスを受けられることも重要だと思います」

ストックホルムには70を超える博物館、美術館があり、毎年900万人がやってくる。多くの国立博物館・美術館の入場料は、2016年2月1日からすべての人に対して無料になった(どの展示の入場料が無料になるかは、博物館・美術館の裁量にもよる)。収入が減った分は、減少額に応じて政府からそれぞれの博物館・美術館に予算が配分される。

一方のアバ・ザ・ミュージアムは私営であるため無料ではなく、大人1人250クローネ、日本円で約3500円がかかる。限られた滞在時間で十分楽しんでもらい、「また来たい!」と思わせなければならない。

――今後の展望や、リピーターを増やすための施策は何かあるのでしょうか?

「ミュージアムの展示は常設のものです。リピーターを増やし、存続させるためには、いくつかの短期間での展示会が必要です。2018年1月には『Guitars of the Stars』 が開催されます。42本にも及ぶユニークな世界中のアーティストのサイン入りギターの展示会です。エリック・クラプトン、ブライアン・メイなどもあります。また“ポスト・アバ”、つまり1982年の解散後から今日に至るまでを紹介、展示する予定ですから、楽しみにしていてください!」

日本におけるエキシビジョンビジネスは成功するのか

では、日本における洋楽アーティストのエキシビジョンビジネスは成功するだろうか。過去のケースを見てみよう。


アバ・ザ・ミュージアムがあるポップ・ハウス・ホテル(写真:Kimio Okoshi氏撮影)

音楽アーティストの博物館では、2000年から2010年まで、さいたまスーパーアリーナ内に常設された「ジョン・レノン・ミュージアム」が10年間で約61万人の入場者だった(現在は契約終了のため閉鎖)。また、ロックバンドKISSの「KISS EXPO TOKYO 2016〜地獄の博覧会〜」が2016年10月13日から31日までラフォーレ原宿で開催され、メンバーの1人、ジーン・シモンズ氏が来日、オリジナルグッズも発売して話題になった。

また、「デビッド・ボウイの大回顧展」が2017年1月8日から4月9日まで開催され、3カ月で約12万人の来場者を記録して大成功に終わったのも記憶に新しい。こういった海外アーティストのエキシビジョンを開催することで、リアルタイムで体験していた世代はもちろんのこと、新たな顧客へのアピールとなり、新たなマーケットを開拓していくことも可能になるのだ。

「ぜひアバ・ザ・ミュージアムへ来ていただきたいと思います。アバというグループをもっと日本の皆様に知っていただきたいからです。また、ストックホルムまでお越しになれないファンの皆様のためにも、アバ・ザ・ミュージアムが日本へ行き、エキシビジョンを開催することが、少なくとも私たちにできることだと思います」(イングマリー氏)

イングマリーさんは現在、日本でのエキシビジョンの開催を考えている。つねにチャレンジングでポジティブ。メンバーとのコミュニケーションを欠かさず、従業員、ゲスト、すべてに対してオープンでウエルカム。彼女こそが「リアル・マンマ・ミーア!」だ。

今年の12月からは、ロンドンのサウスバンクでも、新たなテーマでアバのエキシビジョンを開催することが決定している。そして近い将来、多くのファンがいる日本でもぜひ、開催したいと強い意欲を語ってくれた。

洋楽ファンにとってはスタジアムなどの大会場に出掛けなければ、海外メジャーアーティストのライブを見ることはできないし、解散してしまったり、亡くなってしまった場合は映像でしか見ることができない。しかし、エキシビジョンならば立体的にそのアーティスト活動に触れることができるし、長期間にわたっての開催が可能なため、気軽に空いている時間に出掛けることも可能だ。主催者側にとってもリスクが少ないうえ、企画に合った場所を選ぶことも可能になる。

今後、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、エキシビジョンビジネスはアイデア次第でますます大きく発展していくだろう。その可能性を「アバ・ザ・ミュージアム」で垣間見たような気がした。