容姿、学歴、収入。男のスペックは高ければ高いほど良い。

が、同じだけのスペックを女が持ち合わせたとき、果たしてそれは本当に幸せなのだろうか。

東大卒・外銀勤めの楓はいわゆる「ハイスペック女子」。

元カレ・敦に偶然遭遇するも、敦の隣に居たのは自分とは真逆の「にゃんにゃんOL」だった。

職場でも指摘されてしまった通り、「女子力」も世渡りには必須。そう覚悟を固めた楓はお食事会への参戦を決めるも、商社マンとの年収格差がわだかまりとなってしまった。

そんな時、楓は4年前の憧れの人に、再会する。




「はぁ・・・」

金曜17時。

楓はソワソワとネイルをチェックした。

「おい高野、今日お前ため息つき過ぎじゃないか?ソワソワしてお前らしくないぞ。」

「・・・すみません!全く自分では気づいてませんでした。」

向かいのデスクに座る先輩から声をかけられ、はっとする。

今夜楓は、須藤と食事の約束をしていた。

デスク上に壁のように立ち上がる大型ディスプレイのおかげで、向かいに座っていても互いの顔が見えないのが救いだった。

15時を過ぎ、山積みのタスクに目処が付き始めた頃から、楓は心ここにあらずの遠い目をしたり、やたらとハンドクリームを塗ってみたりと、落ち着きがない。

ーなんてこと、17時前からソワソワ身だしなみを気にし始めるなんて、これじゃあまるで、にゃんにゃんOLだわ・・・

毛嫌いしてきたにゃんにゃんOLと同じようなことをしている自分にうんざりしながらも、楓は今となっては彼女たちに若干の、尊敬の念すら抱き始めていた。

人からどう見られるかを完全に計算しつくし、人に好かれるべく努力を尽くせるにゃんにゃんOL、恐るべし。

何か間違ってるんじゃないかと思うくらい、久しぶりのデートの準備は大変で、先週末はほとんどそれに費やされた。

普段は爪切りでパチパチと切りそろえるだけのネイルを、きちんとサロンで整え、美容室ではいつも「前髪邪魔にならないぐらいの長さで」としかリクエストしないところを、「女らしい感じで!」とリクエストし驚かれた。

モノトーンで埋め尽くされたクローゼットに危機感を覚え、半年ぶりくらいにデパートへ足を運ぶも、「男受けするかどうか」という視点で服を選ぶことが久しぶりすぎて半日ほどウロウロ彷徨った挙句、結局オフィス用に買っているブラウスを色違いで3色買い足した。

普段は時間短縮のためシャワーだけで済ませ、家で湯舟に浸かることなど年に1回あるか無いかだが、ここ数日は毎晩湯舟に浸かり、友人にもらったは良いものの出番のなかった入浴剤を使ってみたり、フェイスパックをしてみたりもしてみた。

普段省略しているこれらを全て積み上げると、とんでもない時間になる。

ー毎日これを続けられるなんて、すごいわ・・・

本番を前に、すでに疲れ切っていた楓は、再び深いため息をついた。


いよいよ待ちに待ったデート本番。楓の努力は報われるのか?


良いデートは良いレストラン選びから


須藤がその晩予約してくれていたのは、『トルナヴェント』だった。

西麻布の交差点裏とは思えないほど静かな住宅街にひっそりと佇むその店は、楓のマンションからも徒歩数分だったが、訪れるのは初めてだ。

長年常連達に愛されてきたお店特有の、ゆったりと落ち着いた空気に、ソワソワしていた心がすっと落ち着いた。

温かい笑みを浮かべたマダムに案内されると、須藤はすでに席についていた。

「すみません、お待たせしちゃいましたか?」

「いや、丁度僕も着いたところだよ。仕事早く終わってよかったね。」

「今日は結構静かな日で。ここ、気になってたんですけど初めてで、嬉しいです!」

素敵なレストランを選んでくれると、自然と緊張も吹き飛んで笑顔になれるんだな、と気づく。




須藤との食事は本当に楽しかった。

学生時代には客と店員という関係だったのが、今は同じ業界に居る人間として話せることが、楓にはとても新鮮に感じられた。

軽い会話しかしたことのなかった当時は知らなかったが、若手の楓でもよく聞く歴史的ディールにも須藤が関わっていたことを知り、楓は尊敬の念を新たにした。

その他にも、紙面を騒がせる最近のM&Aの裏話で盛り上がったり、楓の上司が須藤の後輩だったことが判明するとその頃の昔話で大笑いしたり、時間が過ぎるのが本当にあっという間だった。

「高野さん、元気そうで良かったよ。頑張り屋さんだしガッツもあるとは思ってたけど、それだけじゃ大変な環境だろう?」

デザートの代わりにチーズにしようと、大きなトレイに所狭しと並べられたチーズのセレクションを前に、楓が目をきらきらさせている時、須藤がぽつりと言った。

「自分の気持ちとか今居るところとかを、一瞬でも立ち止まって振り返ることが、難しいんだよな、こういう環境に居ると。

周りはスーパーマンみたいな奴ばかりで、そんな奴らですらがむしゃらに頑張ってて。

追い付こう、遅れまいと頑張ってるうちに、気付いた時には何か他のものがガッツリ失われてたりもする。」

少し寂しそうなトーンに、何と答えればいいのか分からなかった。

薬指から消えていた指輪も、その「何か」に含まれているのかもしれない。


須藤に対して憧れ以上の感情を意識し始めた楓。二人の関係は一体・・・?


薬指から消えた指輪の真相。


「すみません、わざわざ家まで送って頂いちゃって・・・」

須藤の話に集中しすぎていたからか、食事中は全く酔いを感じなかったのだが、店を出た瞬間急に酔いが回ったようだった。

思い返せばフランチャコルタから始まりグラスで白ワインを2杯、パスタとメインに合わせて赤ワインをボトル1本、食後には何種類かグラッパも飲んでいる。

店の玄関前の階段につまづき転びそうになった楓を心配してか、須藤はレストランから徒歩数分の、楓のマンションまで送ってくれた。

「いや良いよ、どうせ俺の家もこの先だし。前は高野さんがバイトしてたワインバーのすぐ裏くらいだったんだけど、去年こっち側に引っ越してきたんだよね。」

・・・薬指から消えた結婚指輪、引っ越し。

「それって、ご家庭のご都合とかですか?」

酔いの勢いもあり、楓の口からは思わずストレートな質問が飛び出ていた。

「・・・そうとも、言うかな。」

ポーチライトの逆光で、須藤の顔はよく見えなかった。

少し苦しそうに掠れた声に、胸がきゅうっと掴まれるような感覚がした。

「ご近所さんなんでしたら、またお誘いしても良いですか?」

恋愛攻略の云々なぞ全く知らなかったし、そんな回りくどいことをする余力もなかった。

―私はただ、この人のことがもっと知りたい。

にゃんにゃんOLのように、女子力で生きていけるほど器用じゃない。

勉強も、仕事も、全部全力で、正攻法で頑張ってきた。

恋愛だって、正攻法でいくしか無いのだろう。

「もちろん。最近は結構時間作れるから、いつでも誘って。」

ついさっきまで酔ってふわふわと笑っていた楓が、急に真顔になったのに少し驚いたようだったが、須藤はしっかりと答えてくれた。

「じゃあ、また。」

マンションの玄関を駆け上り、振り返ると、須藤はまだそこにいて、楓に軽く手を振ってくれた。




その晩、酔いだけではないふわふわとした気持ちに、楓はなかなか寝付けなかった。

―あ、そうだ、フェイスパックしよう・・・

ここ1週間ほど、面倒で仕方なかった「女子力アイテム」が急に気になりだす。

―次は、いつ会えるかな。

すっかり脳内お花畑になっていることに気付き、自分で恥ずかしくなったが、気持ちは抑えられない。

夕方、会社で出ていたのとはまた違った、淡いピンク色のため息が何度もこぼれた。

▶NEXT:11月8日 水曜更新予定
すっかり脳内お花畑の楓。須藤は楓をどう思っているのか。