女はいつしか、3つのカテゴリーに分類されてゆく。

大学時代からの仲良し3人組、あゆみと理香、そして沙耶。

広告代理店でキャリアを積む沙耶は、早々にママとなった理香、最近結婚したばかりのあゆみとどんどん疎遠になっていく。

仕事が楽しくて仕方ない沙耶だが、女の人生は突然狂う。

妊娠発覚により、実質的に後輩にポジションを奪われてしまったのだ。授かった命が優先だが、仕事も諦めきれない沙耶。

理香に悩みを打ち明けるも「仕事なんかより育児の方が100倍大変」などと言われさらにモヤモヤしてしまう。

そんな中、幸せいっぱいの新妻から突然の離婚相談を受け、沙耶は咄嗟に、自身の妊娠と結婚の事実を隠してしまう。




逸したタイミング


「ありがとう、沙耶。話聞いてもらったら、なんだかスッキリしちゃった」

すべてを吐き出すように大きなため息をついたあゆみが、ゆっくりと顔を上げる。彼女の言う通り、その顔色は今日最初に会った時より随分明るく見えた。

「そう、それは…良かった」

あゆみが今日始めて見せた笑顔に、沙耶はホッと胸をなでおろす。

「こういうこと話せる人って…限られるでしょう?沙耶がいてくれて本当に良かったわ」

あゆみの言葉に、沙耶はただ黙って頷く。

女にとって、離婚相談のように自分の弱みをさらけ出す話ができる相手は、限られている。

-妊娠と結婚のこと、今日はやっぱり言わないでおこう。

「また何かあれば、いつでも相談して」

タイミングを逸したらますます言いづらくなることはわかっていたが、沙耶はとうとう最後まで言い出すことができなかった。


タイミングを逸してしまった沙耶。あゆみとの関係が歪になってゆく


女の性というものは


「沙耶ちゃん、式場どこにするか決めた?」

就寝前にリビングでウェディング雑誌を読んでいると、シャワーを終えた隼人が思い出したように沙耶に尋ねた。

思いがけぬ妊娠発覚から、早いもので2ヶ月が経とうとしている。

派手な披露宴はしないまでもお互い初婚であるし、少人数でのお披露目パーティーという形で式は挙げておこうという話になった。そのためふたりは今、急ピッチで準備を進めているのだ。

「うん。やっぱり『八芳園』にしようかなって。この間見に行った時、隼人も気に入ってたよね」

沙耶の答えに、隼人は「いいね」と頷いた。

和装の予定ではあるが、どちらにしてもお腹が大きくなる前に済ませてしまいたい。冬場ということもあり、なんとか近い日程で空きがあったのだ。

「もう二度と着られないんだし、やっぱり白無垢にしようかな」

自分は結婚式に夢を見るタイプではないと思っていたが、いざやると決めたら納得のいく選択をしたくて色々と悩んでしまう。

しかし結婚式のことや、生まれてくる子どものこと。そういう幸福な悩みに頭を使っていると、他のことに神経を使わなくて済むのが好都合だった。

…職場でますます居場所がなくなっていることも、以前ほど気にならない。

妊娠する前はあれほどキャリアに執着していたのに、不思議なものだ。まだほんの少しだけれど膨らみ始めたお腹を撫でるとき、他の何を犠牲にしても仕方がないという気持ちになる。

女の性というのは、きっとそういう風にできているのだろう。



(数週間後)

週末、朝のうちに披露宴の打ち合わせを終えた沙耶は、南北線で麻布十番へと向かった。理香から「行きたいお店があるの」とランチに誘われたのだ。

理香とは、3年前に彼女がいち早く結婚・出産してから少しずつ関係がギクシャクし、疎遠と言ってもいい状態で過ごしてきた。

予期せぬ妊娠を相談したくて久しぶりに理香を頼った時も、「仕事なんかより、子育ての方が100倍大変よ」などと言われ、やはり彼女とはもう分かり合えないのだと幻滅した。

しかし、実際に自分が“プレママ”と呼ばれるカテゴリーに属すると先輩ママである理香からのアドバイスは心底有難く、実はここ最近、頻繁にLINEのやり取りをする仲となっているのだった。

その一方で、未だ結婚と妊娠の事実を告げられずにいるあゆみとは、離婚相談を受けた日以来連絡を取っていない。

その後きちんと話し合いができたのか、彼女が衝動的に誤った道を選んでいないか心配ではあるものの、どことなく後ろめたい気持ちが二の足を踏ませているのだった。

-いつ話すべきか…理香に相談してみようかな。

そんなことを考えながら、指定された『レストラン フランセ グリグリ』の扉を開けて…沙耶は思わず、大きな声をあげた。

「…え!?」

そこには、予定にない人物の顔があったのだ。


理香とともにいた、予定外の人物とは?


女同士の、友情


「あゆみ!?どうして…」

驚いて立ち尽くす沙耶の様子を、理香とあゆみが顔を見合わせて笑っている。どうやらあゆみの参加は、沙耶だけが知らなかったらしい。

どういう顔をして良いものか戸惑いつつも、お店の方に案内されて席に着く。すると、ふたりは示し合わせように足元から何かを取り出す素ぶりを見せる。

「沙耶、結婚そしてご懐妊おめでとう!」

目の前に差し出されたのは、ホワイトで統一されたモダンなブーケだった。

理香の時も、あゆみが結婚した時も、こうして3人で集まって花束を渡した。そして沙耶はずっと、渡す側だった。

…喜ばしい気持ち、羨ましい気持ち、それから心の奥でしくしくと蠢く妬ましい気持ちを抱えながら、友人の門出を見守ってきたのだ。

しかし今日、貰う側に立ってみて感じることは、ただただ嬉しい。シンプルに、それだけだった。

「…ありがとう」

色々な思いが駆け巡るけれど、口にできたのはありふれた言葉だけ。

「あのね、あゆみ…」

黙っていたことを謝ろうと、言いかけた沙耶の言葉を、あゆみは遮る。

「いいのよ。私、別に気にしてない。沙耶が言いづらかった気持ちわかるし。それに、話聞いてもらったら冷静になって、あのあと悠太と話したの。解決したわけじゃないけど、ひとまずすぐに離婚はしない。それに…」

あゆみは一呼吸置き、噛みしめるように言葉を続けた。

「私は、どんな状態でも友達の幸せを祝える自分でありたいの」

「うん…ありがとう」

彼女の言葉は、沙耶の心にしみじみと響いた。沙耶自身も色々な思いを噛み締めてきたからこそ、あゆみに対する感謝の気持ちが溢れる。

「さ、乾杯しよう!」

理香が明るい声を出したのをきっかけに、三人はおしゃべりに夢中になった。

…まるで、この数年のわだかまりなど消えて無くなってしまったかのように。




しばらくして、不意に会話が途切れた時だった。

一つ空けて隣のテーブルに座っていた、50代と思しき女性三人組の会話が沙耶の耳に入ってきたのだ。

皆それぞれタイプは違えど年相応のおしゃれを楽しんでいて、沙耶たちの20年後を見ているかのようだ。同じようにおしゃべりに夢中になっている。

会話の内容から、子どもがいる人もいればいない人もいるようだ。もしかすると、一人は独身なのかもしれない。

-彼女たちも、同じなのだろうか。

沙耶はふと、そんなことを思った。

カテゴリーの違う彼女たちは、表面上は楽しそうに盛り上がっている。しかし心の中は…誰にもわからない。

女の友情なんて、薄っぺらいという人もいるだろう。

しかしそれは違う、と沙耶は思う。

女たちは皆、ある時は優越で心を満たし、ある時は嫉妬に苦しみながら、それぞれのカテゴリーで必死に生きているだけ。

女の友情は流れる雲のごとく、時に離れ時に近づきながら、細く長く、しなやかに続いていくのだ。

Fin.