元祖英国アウトドアジャケット「テーラー羊屋 ツイードジャケット」映画監督・平野勝之「暮らしのアナログ物語」【15】

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「ツイードなんてぇのは、手に入れてからすぐに着るもんじゃない、3年ぐらい軒下に吊るして雨ざらしにして、くたびれた頃に着るもんだ」

とは、かの白洲次郎の言葉。

今やカジュアルなお洒落着としての認識であるツイードジャケットだと思うが、そのイメージをブチ壊すような言葉である。

 

■自然に敬意を表す

イギリスでは釣りの解禁日に正装をして釣りを楽しむ、という伝統があるそうで、詳しくは知らないけど、作家・開高健の著作に、開高さんがツイードジャケットを着用し、蝶ネクタイをして釣りをしている写真が掲載されていて、僕はすっかり惹かれてしまった。

そしてそれは「自然に対して敬意を表する」という考え方だそうで「釣りと正装」というギャップもさる事ながら、そのイギリスの考え方や姿勢に深く感動してしまったのである。

 

僕は別に自然愛好家ではないけれど、自然現象に関しては、常に控えめに「恐れ」を抱く必要があると思っている。

「恐れ」を心の内に感じてさえいれば、自然に対しては謙虚になり「生かしてもらってる」気持ちになるから、自然の中に入っていくのにも、服装だって、山や川や樹木に対して失礼にならないような意識が働き、それは結果的に自然に対する振る舞いも、破壊するような行為にはならないはずなのだ。

 

■ツイード

ツイードは、18世紀イギリスのスコットランドで、厳しい環境で働く人たちのための屋外用として、ツイード川流域の農家で産声を上げたそうだ。

そのため、羊の毛で編まれた生地は頑丈で硬く、馴染むまで3年はかかると言われている。

 

それが徐々に広まっていき、乗馬、狩猟などに「アウトドア用」として使用され、19世紀後半から20世紀初頭にかけては、当時、流行していたサイクリングでもツイードジャケットとニッカーボッカーズは大定番となった。現在でも世界各地で開催されている自転車のお祭り「ツイードラン」はこの頃のイギリスのスタイルが源流となっている。

 

ツイードで作られた服は、パッと見、全体の印象は地味だけど、よく見ると色がたくさん入っていて複雑な美しさを醸し出している。

その色の入り方は、山や植物などの自然の色の入り方によく似ている。

そう考えると、ツイードを着て自然に入って行く狩猟や釣り、またはレース以外の自転車遊びなど、アウトドアスポーツにはとても相応しく思えてくるのである。

 

■自転車用としてのツイードジャケット

僕のツイードジャケット&ニッカーボッカーズは、銀座のテーラー「羊屋」で誂えていただいたものだ。

2011年、自分の映画、「監督失格」が山形ドキュメンタリー映画祭で、コンペ部門に選ばれたのがキッカケだった。

たまたまテーラー羊屋のオーナー西口太志さんとお知り合いだったため、記念も含め作っていただける事になった。

 

羊屋のマスターカッター中野栄大さんは「壱番館洋服店」で修行し、日本人で唯一、エルメスでオーダースーツを任された凄腕の方である。

 

通常はビジネススーツを手がけているため、自転車用はこれが初となる。

僕はビジネスマンではないし、作るのなら自転車用と、最初から揺るがなかった。

日本でのツイードジャケット制作はビジネス用やカジュアルなものがほとんどで、アウトドア用などの用途で注文する人は皆無だと言う。

 

「向こうの方ならいるんですよ。もっと日本人もオープンカー用とか登山用とか、いろいろあっていいと思うんですけどね」とは、オーナー西口さんの言葉である。

 

日本でも昭和初期にサイクリング界の草分け的存在である菅沼達太郎氏が、英国型クラブマンモデルの自転車に、ツイードとニッカー、ベレー帽で走りパイプを燻らすというスタイルを確立させている。

以降、日本でもこのスタイルは、1960年代ぐらいまでは大人の趣味の定番として、日本の山や峠を自転車と共に走り回っていたのである。

その後、同じ大人の趣味であるゴルフは高級化し、自転車は大衆化の道を辿り、いつのまにか自転車でのブリティッシュスタイルは消えてしまったのである。

僕は、今や壊滅してしまった大先輩たちのブリティッシュスタイルを受け継ぎたいと、強く思っていた。

▲昭和初期 菅沼達太郎氏の自転車紀行文の挿絵(ニューサイクリング96年1月号より)

▲昭和30年代のツイードランスタイル。今は亡きアルプスの先代、萩原慎一氏のツーリングの一コマ 

▲1980年代のモダン&不良中年のダンディズム

 

■実用としてのジャケット

制作では仮縫いが二度。生地はスコットランド産のピュアウール、ポーター&ハーディング社のグレンロイアル(435GMS)。

色は自分で選び、コンセプトを伝えて西口さんと中野さんと相談しながら進めた。

 

極力、芯を抜き、激しい運動にも耐えられる強い縫製、デザインはクラシカルになりながらも、コスプレになりすぎないように、モダンなスマートさが取り入れられた。そのためニッカーボッカーズのシルエットを昔のように太くせず、細めのシルエットとなった。

中野さんは、基本的に乗馬用を参考にしたようだった。

 

かくして10月、僕の初めての上下オーダーツイードが完成した。

西口さんも中野さんも、とにかく着てほしいと語る。

自転車用として作ったが、特殊用途だけでなく、普通に普段でも(僕は普段でも自転車生活者だが)Tシャツに合わせても良いし、ジーンズに合わせても良いと言う。

夏場などの保管は仕舞いこんだりせず、風通しの良いところに吊るしておくだけで、特に特別な手入れはいらないそうだ。

基本的にメンテナンスフリーなのが、イギリスらしいと思った。

かくして、2011年の山形ドキュメンタリー映画祭に、このツイード初遠征として、自転車と共に着用して乗り込んだのだった。

 

■本格的なツイードラン

山形ドキュメンタリー映画祭では滞在中、このスタイルで山形県と宮城県の間に跨がる標高906メートルの笹谷峠を自転車で越えた。

▲笹谷峠にて

 

これを皮切りに、山形で蔵王温泉に入るため、もうひとつ山岳地へ。

以降
同年  11月、京都、町家散策、鞍馬の花背峠周辺の林道。

▲京都町家 

 

▲花背峠林道

2012年 4月 標高2127メートルの麦草峠

 

10月 長野 観音峠 有明荘

 

小熊山黒沢林道

 

11月 奈良 橿原 三輪山「山の辺の道」

2014年 10月 新潟 レトロライドイベント参加

など。

これ以降もイベントや普段でも11月頃から春にかけては、事あるごとに着ている。

最初の頃の数年は、さすがにまだ小学1年生のようで、完全に馴染んでおらず、今、見ると少し恥ずかしいが、これは仕方がない

ここのところ、毎年、ツイードランが各地で開催されているが、僕はイベントの時のみツイードを着て走るのでは意味がないと思っている。

普段でもなるべく着倒して、日本の自転車ツーリングらしく、山に行って汗をかき、焚き火の匂いにまみれ、草の上をスッ転がって、雨に打たれるべきなのだ。

お洒落の本質は「お洒落に見えてはいけない」と思う。

普通にそこに存在して見えるのが一番良い。

 

山の中で普通に植物や鳥や木々が存在するように。

 

白洲次郎の言葉がリアリティを持って迫ってくる。

>> テーラー羊屋

 

(文・写真/平野勝之)

ひらのかつゆき/映画監督、作家

1964年生まれ。16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。18歳から自主映画制作を始める。20歳の時に長編8ミリ映画『狂った触覚』で1985年度ぴあフィルムフェスティバル」初入選以降、3年連続入選。AV監督としても話題作を手掛ける。代表的な映画監督作品として『監督失格』(2011)『青春100キロ』(2016)など。