東芝メモリ社長・成毛康雄氏と杉本勇次氏

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 米投資ファンド・ベインキャピタル日本代表の杉本勇次氏は、一躍時の人となった。正式な肩書きは、ベインキャピタル・アジア・LLCマネージングディレクターである。

 ベインは10月2日、広告大手のアサツーディ・ケイ(ADK)にTOB(株式公開買い付け)をかけると発表した。買い付け価格は1517億円。ADK株式の非上場を目指す。

 さらに10月5日、東芝の半導体メモリ子会社、東芝メモリを買収する日米韓連合を率いるベインの杉本氏が初めて記者会見をした。

 東芝メモリの買収総額は2兆円で、そのうちベインが2120億円出す。日本勢は売り主の東芝が3505億円、HOYAも270億円を拠出する。同業で新技術を共同開発する韓国SKハイニックスは3950億円、大口顧客のアップルなど米国のIT 4社が4155億円を出資する。議決権比率はベイン49.9%、東芝40.2%、HOYA9.9%で、日本側が過半数を握る。銀行団が6000億円を融資して、買収金額が2兆円になるように支えた。

 買収の手順はこうだ。今年6月に設立された受け皿会社、パンゲアに各社が資金を出し合って、東芝から東芝メモリを2兆円で買い取る。東芝メモリは3年後に株式を上場する。

 このパンゲアのトップを務めるのが杉本氏だ。社名は2億年以上前に存在した“超大陸”に由来する。

 東芝メモリの売却に一定のめどがついたようにみえるが、難問山積だ。まず、日米韓連合が同床異夢であること。東芝と契約した9月28日の記者会見は、突如中止になった。会見場は記者たちの怒号が飛び交い、矢面に立たされた杉本氏は頭を下げ続けた。日米韓連合内で異論が出たためで、この説得に1週間かかった。連合内の足並みの乱れが浮き彫りになった。

 大きな関門はほかにもある。東芝メモリの協業相手の米ウエスタンデジタル(WD)が売却中止の訴えを取り下げておらず、国際仲裁裁判所の審理の結果によっては買収が白紙となるリスクは残ったままだ。

 10月15日付日本経済新聞で杉本氏は「東芝メモリへの資金支援は今後(買収額の2兆円とは別に)1兆円を超えるだろう」と語った。

 10月19日付毎日新聞は「ベインは来年3月末までに東芝メモリの買収手続きが完了しない場合は、東芝本体への一時的な出資を検討することを明らかにした」と報じた。東芝が来年3月末までに債務超過を解消できずに上場廃止となる事態を回避するためだ。

●すかいらーくの再生で、評価を高める

 ベインは、米ボストンに本社に置く投資ファンド。同社のホームページによると、設立は1984年。現在の運用額は全世界で750億ドル(約8.3兆円)に達する。

 日本には2006年にオフィスを開設。立ち上げメンバーのひとりが杉本氏だ。神奈川県出身、慶應義塾大学経済学部卒業。92年4月、三菱商事に入社。98年ハーバード・ビジネススクールでMBA(経営学修士)を取得。米リップルウッド・ホールディングスに出向した。

 リップルウッドの日本進出の水先案内人を務めたのが三菱商事だった。三菱商事はリップルウッド本体に出資している。98年、日本長期信用銀行が経営破綻し、一時国有化された。その後、リップルウッドは長銀を買収した。これが、現在の新生銀行だ。長銀を二束三文で買い叩いたリップルウッドは「ハゲタカファンド」の代名詞となる。

 杉本氏は2000年、リップルウッドに移籍し、ここからファンド人生が始まる。06年、ベインの日本法人立ち上げに参画し、代表に就任した。

 投資ファンドは栄枯盛衰が激しい。リップルウッド、サーベラス、スティール・パートナーズなどの外資系事業再生ファンドやアクティビストファンド(物言う株主)は事実上、日本から撤退し、日本株投資を大幅に縮小した。

 そんななか、比較的おとなしかったベインの存在感が高まってきた。09年にコールセンター大手のベルシステム24、10年に宅配ピザ店のドミノ・ピザ、12年に国内テレビ通販最大手のジュピターショップチャンネルを買収した。

 ベインの名を高めたのは、ファミリーレストラン最大手・すかいらーくの買収だった。すかいらーくは06年、創業家の横川竟会長(当時)と野村證券系の投資ファンドなどがMBO(経営陣が参加する買収)を実施して、株式を非公開にした。しかし、再建は難航し、11年にベインが買収した。

 ベインは投資先の企業の経営陣と二人三脚で経営改革を進めるスタイルを取るのが特徴だ。一般的なハゲタカファンドは、不良資産を切り捨てて転売するのがセオリー。ところがベインは企業を再生させて売却する。ベインの日本法人のスタッフは、8割が事業会社やコンサルティング企業の出身で、投資銀行の出身者は2割程度しかいない。ほかの外資系ファンドが投資銀行出身者で占められているのとは大きく違う。

 杉本氏の持論は、「日本企業は不良資産の処理など大鉈を振るうより、細かくきっちりサポートするほうがうまくいく」というものだ。

 すかいらーくは14年、東証1部に再上場を果した。すかいらーくの再生はベインの大金星となり、杉本氏は“再建屋”として名を高めた。

 14年、全国で温泉旅館や温浴施設を運営する大江戸温泉ホールディングスを買収。15年、東証2部上場する雪国まいたけにTOBを実施し、上場を廃止して傘下に収めた。そして今年7月、コメ卸最大手の神明(非上場、神戸市)が雪国まいたけを買収すると発表した。

 さらに10月、ベインは大花火を打ち上げた。ADKと東芝メモリの買収2連発だ。ベインはこれまで、主に外食や消費者向けのサービス分野の企業再生で評価を高めてきた。

 東芝メモリは半導体を生産する最先端の製造業だ。ベイン日本法人と杉本氏に製造業を再生させた経験はない。果たして東芝メモリを再生できるのか。

 一方、もうひとつの案件、ADKの買収も難航している。ADK株の24.74%を保有する筆頭株主の世界最大の広告会社、英WPPグループはベインのTOBに反対している。第2位の大株主も同様の見解だ。

 ADKと東芝メモリの大型買収。「二兎を追う者は一兎をも得ず」とならないことを願う。
(文=編集部)