11月15日にTOBの期限が迫る中、ADKの植野伸一社長が胸中を明かした(撮影:田所千代美)

20年にわたる提携の解消には、かなりの苦難が伴いそうだ。広告代理店3位のアサツー ディ・ケイ(ADK)は10月2日、世界最大の広告グループで株式の24.96%を保有する筆頭株主・英WPPとの提携を解消すると発表した。
ADKは米投資ファンドのベインキャピタルが10月3日から11月15日まで実施するTOB(株式公開買い付け)によってベイン傘下となり、その後非上場の状態で改革を実行、数年後に再上場するもくろみだった。
ところが発表後に株価は急騰し、TOB価格の3660円を超えている。WPPも「企業価値を過小評価している」という声明を出し、株を売却しない方針を明らかにした。第2位株主の英運用会社も同様の方針で、TOBの成立は難しい状況にみえる。ADKはWPPと解消し、構造改革を実行できるのか。植野伸一社長を直撃した。

TOBは成立するのか?

――株価がTOB価格を上回り、筆頭株主のWPPと第2位の英運用会社シルチェスターが「価格が安い」ということから不参加を表明している。TOBの成立は難しい状況ではないか?

TOB価格を決めたのはベインだが、われわれも価格は適正だと判断しており、安いということはない。取締役会で複数社のフィナンシャルアドバイザーの意見を聞き、独立の社外取締役による協議会でもアドバイザーを雇って意見を聞いている。

客観性を十分に考慮した価格だ。今は「もっと上がるのではないか」という期待があるようだが、足元では少しずつ下落している。もう少し経てば落ち着くのではないか。

――TOBは成立するとみているということか?

そういうことだ。WPPとは少し特別な関係だが、シルチェスター以下の株主とは引き続きいろいろな形でコミュニケーションをとっていきたい。われわれの考えに賛同していただけるように努力していく。現時点で、ベインと何か新たな対策を協議していることはない。

――仮に成立しなかった場合、どうなるのか?

いずれにせよ構造改革は続けていくし、WPPとの資本提携も解消する。1年以内に交渉して、妥結すればその段階で提携は解消される。ベインをパートナーとしてどうやっていくのか、考えていくことになる。

――WPPの声明は「日本文芸社やゴンゾなど、悲惨な買収をしている」「ADKはデジタル化を拒否し続けている」など、皮肉に満ちた内容だった。

ああいった言い方をすることもある会社なので驚いてはいない。ただ、声明にあった日本文芸社については、雑誌や出版が厳しいことや、シナジーが薄かったことから昨年に売却しており、「買収」ではない。

アニメ会社のゴンゾについては、コアビジネスであるアニメを強化する中で、大人も見るアニメが得意な同社を買収し、拡大しようと考えている。

投資委員会で事前に検討し、取締役会でも審議して決定した。WPPから派遣されている取締役もかなり熱心に賛成していたのだが。まだ買収の是非について判断する段階ではない。

経営改革は「待ったなし」

――非上場で改革を行う理由は?

上場していると、マーケットに対して短期的な収益を約束し、その目標達成を重視することになる。今は短期的な利益が犠牲になったとしても、構造改革をやる必要がある。躊躇せずに改革するために、非上場にすることが必要だった。

――2014年からWPPとの提携解消、構造改革も検討してきた。


1998年8月、WPPと提携契約調印式を行った故・稲垣正夫会長とマーチン・ソレル代表(写真:『ADK50年史』より引用)

1998年から始まった資本業務提携だが、近年はシナジーを生むどころか、成長の足かせにもなっていた。さまざまな会社と提携したいが、WPPと提携していると、WPPグループのリソースを提示される。それが当社とは合わないケースが多かった。

うまくいかなかった理由は、商慣習の違いに加えて、持ち株会社との提携だったということがある。かつてBBDOというオムニコムグループの事業会社と資本業務提携をしていたときは、われわれも得るところがあったし、BBDOのクライアントが日本で展開する際のサポートなどもしていた。

ただ、持ち株会社が相手だと、何かやろうと決まっても、ワンクッション間に入る感じがあった。WPP傘下の事業会社は競合会社でもあり、一緒にやっていくのは難しかった。

今は変化のスピードが非常に速い。クライアントは変化しており、マーケティングのサポートをする立場のわれわれが手をこまぬいていてはパートナーに選ばれない。

すでに中国では日用品の販売の半分以上がeコマースに変わっている。日本も、アマゾンや楽天などによるEC化の流れが進むだろう。もう待ったなしという状況だった。

――具体的にどのような改革を行うのか?

ひとつは人材だ。必要な人材を増員するだけでは難しい。大幅に入れ替える必要があるかもしれない。専門的なスキルを持つ人材も呼び込む。グループ全体で人材配置を見直すが、希望退職などを考えているわけではない。

また、クライアントの変化は、事業計画からものづくり、仕入れ、販売、コミュニケーションと、すべてのマーケティングプロセスで進んでいる。

クライアントが持つ購買データと、ADKが持つメディアデータ、消費者のデータを組み合わせて固有のデータベースを作り、それをベースにしたソリューションを提供できるようにしたい。データに基づいたマーケティングサポートがちゃんと機能する会社に改革することが重要だ。

「業界で2番目くらいの報酬を目指したい」

――ベインはどういった役目を担うのか?

具体的な事業計画に踏み込んで話をしていないが、われわれが示した成長戦略は了解していただいている。ベインにはその背中を押してもらうような形だと思っている。

ベイン傘下入り後の経営体制については何も決まっていない。現経営陣についても何も保証されていない。私としては先頭に立って構造改革を推進するつもりだが、あとは結果。結果が出なければトップも変わるだろう。そういう場面がすぐ訪れるのか、何年か経って訪れるのかはわからない。

――社員の報酬について、今後どう変えていくつもりか?


植野伸一(うえの しんいち)/1954年生まれ。1976年同志社大学商学部卒業、旭通信社(現アサツー ディ・ケイ)入社、第5営業局長、関西支社長、コーポレート本部長を経て2008年取締役執行役員、2013年から現職(撮影:田所千代美)

われわれは工場などを持っているわけではなく、社員が資産なので、モチベーションを上げることが重要だ。

業界で1番くらいの報酬体系ができればいいとは思っている。いや、やはり1番は難しいかもしれない(笑)。少なくとも2番手と同じくらいにはしたい。

私が社長になって掲げたのは成長戦略だ。

デジタル化への対応や、生産性や効率性、収益性を上げていくことだった。業務プロセスの見直しに力を入れたことで、ここ3〜4年で粗利益率は改善し、営業利益も上がってきた。報酬についても決算賞与制度などの新しい試みを始め、社員の報酬は上がってきている。

ただ、全員の待遇がよくなるということではなく、厳しいが成果を出した人には優しい会社、やりがいのある会社にしたい。そうした差をつけるような人事制度の改定をやってきたし、来年以降もさらに制度の見直しを進める。

メリハリのついた報酬体系になるだろう。業界内外から優秀な人材を受け入れられる体系にも変えていきたい。これはTOBにかかわらず進めていくことだ。

――働き方も構造改革に含まれるのか。

健康な頭脳と体を維持してこそ、いい仕事ができる。労働時間の削減にはかなり前から取り組んできた。ノー残業デーを厳格にしたり、人事や上長による指導や有給休暇の取得促進などもだいぶやってきた。

ただし、働き方改革は働かなくていいということではなく、5時間かかっていた作業を3時間でできるようにして、新たな仕事をできるようにする生産性の改革でもある。そうした視点も併せて社員にメッセージを出すように心掛けている。