元彼の結婚。

適齢期の女性にとって、これほどまでに打ちのめされる出来事があるだろうか。

元彼がエリートだったら、なおさらだ。

どうして私じゃなかったの。私になくて、彼女にあるものって何?

東京で華やかな生活を送るエリートたちが、妻を選んだ理由、元カノと結婚しなかった理由を探ってみる。

先週、元彼の晋平と久しぶりに話した奈緒。“家庭的”だったはずなのに、晋平と話が噛み合わない。そのワケとは・・・?




「私、家庭的だったじゃない?」

「え?」

さっきから、Skypeで元彼の晋平と付き合っていた当時のことを話しているが、どうも話が噛み合わない。

奈緒は、晋平の部屋を掃除したり、料理や食器洗いなどの家事をしてあげていた。彼は忘れてしまったのだろうか?

もう一度、奈緒は自分がいかに家庭的だったか、晋平に尽くしていたかを熱弁すると、彼が冷たく言い放った。

「俺のこと、何も理解してなかったんだな」

「え?どういうこと?」

聞けば晋平は学生時代、一人暮らしをしていた時に家事に目覚め、実は強いこだわりを持っていた。

奈緒の雑な家事は、晋平にとっては家事と呼べる代物ではなかったらしい。

「つまり、私が家事をしていたのは、晋平にとって迷惑だったってこと?晋平のためを思ってやっていたのに・・・?」

「正直、迷惑だった」


晋平が指摘する。奈緒に、決定的に欠けていたものとは?


俺の何を見てたの?


晋平に、ずばり全否定された奈緒の視界は、グラリと歪んだ。奈緒が悲しさと怒りで言葉を失っていると、晋平は容赦なく話を続けた。

洗い物は、ネイルを気にして、すすぐ程度で汚れが残ったまま。

お風呂掃除は、排水溝がどんなに汚れていても放置。

洗濯は、服の色を気にせずに洗うため、Yシャツに色が移っている。

こんなことが日常茶飯事で、奈緒が帰った後に晋平がやり直していたのだという。

奈緒は、確かに身に覚えのあることばかりだが、感謝もなく非難されたことに憤りを感じた。

「せっかくやってあげてたのに、そんな風に思われてたなんて心外だわ。もう寝るわ。じゃあ、お元気で」

あまりにも頭にきたので奈緒がSkypeを切ろうとすると、晋平は子どもを諭す親のように話しかけた。

「奈緒。一生懸命だったのは分かってる。でも、“相手がどう感じているか”まで考えていたか?」

奈緒は、心がズキっと痛んだ。

相手に尽くす=相手が喜んでいる、と信じていた。まさか迷惑になっているなんて、考えたこともなかった。

-もしかして、独りよがりだったのかも?

「・・・。」

「奈緒にもあるんじゃないのか?ここまでは他人に触れられても良いけど、それ以上は嫌とか。そういうことも理解せずに、“やってあげた”ばかり主張するのは、はっきり言って自己満。承認欲求の押し付けだよ」




奈緒が呆然としていると、晋平は、妻・千夏の話を始めた。

晋平と付き合い始めて彼の部屋に来るようになっても、千夏が自ら家事をする気配はなかった。

晋平は、部屋に入るなり勝手に家事を始めて“自己満家庭的アピール”をしていた元カノ達と比べ、何もしない千夏が新鮮だった。

ある休日、千夏が一緒に家事をしようと誘ってきた。

「こんなこと言うの恥ずかしいんだけど、家事が得意じゃなくて。下手な真似して晋平を困らせても悪いし、一緒にやってくれると嬉しいな」

後日分かったことだが千夏は、晋平の部屋を観察し、彼にこだわりがあることを見抜いていた。一通り一緒にやることで、相手のニーズやこだわりを確認した上で家事に取り組んだという。

奈緒は、千夏に完全に負けた、そう思わざるを得なかった。



「奈緒ちゃん、浮かない顔してどうしたの」

あの日以来、奈緒と玲子は定期的に会うようになった。

晋平とのSkypeの翌日、玲子の取材に付き合って、オープンして間もない『グー ド ジョーヌ』へ来ていた。

ここは、日本では珍しい「ヴァン・ジョーヌ」と呼ばれる黄色いワインを楽しむことが出来る。

アーモンドのような香ばしい風味とスパイシーな独特の味わいをじっくり堪能していると、玲子が奈緒の顔を覗き込んできた。

「奈緒ちゃん、笠野さんのことで悩んでるんだ?」

「え!?はい、そうです・・・」

本当は、晋平に指摘されたことでも落ち込んでいるが、それはあえて言わずにいた。

奈緒は、笠野に恋をしている。

しかし、あと2週間もすれば、彼はアメリカに帰ってしまう。これ以上好きになってしまうと、笠野と別れるのがつらくなるだけだ。

だったら、ここで身を引いておいた方が自分の傷も浅くて済むのではないか・・・。

奈緒がため息交じりに話し終えると、玲子がスマホの画面を見せてきた。

「大丈夫!笠野奈緒、姓名判断で家庭運大吉よ!」

何が大丈夫かさっぱり分からないが、玲子の不器用ともいえる優しさに、声をだして笑った。


笠野との鎌倉デート。その行方は・・・?


決着の時は突然に?


「Good morning, princess!」(おはよう、僕のプリンセス)

土曜日の朝。今日は、笠野と鎌倉デートだ。

レンタカーで迎えにきた笠野は、奈緒が車に乗り込むと、すぐにブランケットをかけてくれた上に、大好きなハニーラテまで用意してくれていた。

鎌倉に到着した二人は、まず報国寺に向かった。報国寺は、竹寺とも呼ばれるほど、竹林が幻想的で美しいお寺だ。

竹葉の間から降り注ぐ光や、ひんやりとした空気、さらさらという竹の音色を感じながら境内を歩いていると、笠野が奈緒の手を優しく握った。

奈緒が笠野をちらりと見ると、「はぐれたら大変だからだよ」と照れ隠し丸出しの言い訳を始めた。

くすくすっと笑いあう二人の間に甘い空気が漂う。

枯山水の美しい庭園を眺めながらお抹茶をいただいていると、外国人観光客に写真を撮ってくれないかと声をかけられた。

奈緒が、流暢な英語でやり取りする笠野に見惚れていると、外国人観光客が、お礼に笠野と奈緒の写真も撮ってくれると言ってきた。

「奈緒ちゃんとの初ツーショットだね。So lucky」

笠野がいたずらっぽく笑いながら、奈緒の肩を抱き寄せた。

奈緒は、笠野と結婚することになったら、結婚式のウェルカムスペースはこの写真で決まりだなと、随分先の準備に心躍らせた。

ランチは、笠野が予約した『ete』へ。濃厚な魚介のスープやしらすを使ったパンが美味しくて、奈緒はついワインを飲みたくなってしまった。

「何かオススメのワイン、彼女にお願いできますか」

突然、笠野が店員に声をかけた。

「え!?バレました?」

「ははは。奈緒ちゃんのこと、ずっと見てるからね。ワインに釘付けだったよ」

-運転してもらっているのに申し訳ない・・・。

奈緒がそう思った時、笠野がさりげなくこう言った。

「レンタカー返した後、僕のワインに付き合うっていう条件付きだよ」




ランチを終えた二人は、由比ヶ浜海岸まで散歩に出かけた。夏は連日派手に賑わうこの海岸も、冬目前のこの時期は、人気もなくて寂しさが漂う。

傾きかけた太陽の下、冷たい風に頰をなでられると、奈緒は、2週間後に迫った笠野との別れという現実を思い出し、急に寂しさでいっぱいになった。

そんな奈緒を察してか、笠野が奈緒をぎゅっと強く抱きしめてきた。

抱きしめられた瞬間には戸惑った奈緒だが、気づけば自然と笠野の背中に手をまわし、二人はしばらく言葉も交わさずにいた。

笠野の腕の中は、温かかった。

体を離すと互いに目を合わて、恥ずかしい気持ちを隠すように笑い合い、また手を繋いで小町通りを散策しながら、鶴岡八幡宮へ向かう。

参拝を終えて境内を歩いていると、巫女さんの前に置かれたおみくじが目に飛び込んで来た。

「あの、おみくじ、ひいてみませんか?」

奈緒が提案すると、笠野は、「The moment of truth?」(決着の時?)と訳のわからないことを言いながら、誘いに乗ってきた。

おみくじをひいた二人は、同時に開封することにした。

「Ready, Set go!」(いっせーのせ!)

-大吉(十五番)
-大吉(十五番)

なんと、二人とも大吉で、同じ番号をひいたらしい。びっくりした二人は、お互い顔を見合わせて、内容を確認した。

待人:来る。困難があろうとも結ばれる・・・。

奈緒は「運命」なんて言葉を、この時ほど強く実感したことはなかった。

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開業医の元彼・貴之の地元に嫁いだ妻・みなみ登場。そして刻々と迫る笠野との別れ。二人の進展は?