私たちは、東京にいる限り夢を見ている。

貧しい少女にガラスの靴を差し出す王子様が現れたように、いつかは幸せになれると。

だが必ず、自分が何者でもないと気づかされる時が来る。

神戸から上京し、港区女子へと変貌を遂げる真理亜と、その生き様を見つめる彩乃。

彼女たちが描く理想像は、現実なのか、それとも幻なのか...

上京初日から華やかな生活を送る真理亜。その一方で、劣等感を覚える彩乃。しかし遂に男性の力を借り、変わり始めた彩乃だったが...




「彩乃ちゃん、その靴今季の新作?可愛いね。」

真理亜と『ザ・ラウンジ by アマン』でアフタヌーンティーの約束をしていた木曜日の午後。

私は最近手に入れた、15万ほどする今季新作の靴を意気揚々と履いていた。

「そうなの、お店に行ったら一目惚れしちゃって。 」

少し自慢げに話すものの、心のどこかがざわついている。

「そうなんだぁ。...何か、彩乃ちゃん雰囲気変わった?」

真理亜の発言に、少しどきりとする。松田に紹介してもらって最近付き合い始めた、佐藤という彼の影響で、自分が少しずつ変わり始めたことは、私が一番感じている。

「そうかな?あまり変わらないと思うけど。」

心が、チクリと痛む。

でもきっと、東京に住んでいる女性ならば一度や二度くらい、男性から見初められ、素敵な思いをしたことなんてあるはずだ。

そう思いながら、アフタヌーンティーで運ばれてきた、可愛らしい靴と鞄の形をしたクッキーをつまんだ。


「誰にだってあるはず」。その考えが、転落の引き金となる


男性に求めるものは十人十色


「そう言えば、私彼氏ができたんだよ。」

驚く真理亜の顔を見て、少し優越感に浸る。佐藤さんは、ちょっとだけ年上だけれども、優しくて包容力があり、自慢できる彼氏だった。

そして何より私を特別扱いしてくれる。

しかし、彼とは結婚できない。

彼はバツイチで前妻との間に子供がおり、子供が成人するまで結婚はしないと決めていた。

そしてもう"結婚はこりごり"と言っており、私が佐藤と結婚できる確率は限りなくゼロに近い。

それでも、私は佐藤が良かった。地位も権力もある彼といると、自分が特別な女性になれた気がするから。

「よかったね〜。そしたら、彩乃ちゃんの雰囲気が変わったのは、彼の影響なのかな?」

無邪気に微笑む真理亜を見て、それは褒め言葉なのか、笑顔で蹴落とされているのか分からず思わず口をつぐむ。

真理亜は、そういうところがある。いつも笑顔だけれど、ふとその真意が掴めぬ時があるのだ。

「うん、そうかな。」

そう答えながらも、私の心は何故か晴れなかった。






「彩乃、今度誕生日だけど、何か欲しいものある?」

2週間ほど前、佐藤と食事中に言われたこの一言で、私は自分の誕生日を思い出した。

そうだ、すっかり忘れていたが、もうすぐ誕生日だった...

誕生日に好きな物を買ってもらった記憶なんて、ない。

いつも両親にどこか気をつかい、私は無難な物ばかりリクエストしていた。だから佐藤のこの一言に、なんと答えて良いのか分からなくなる。

最近、真理亜と遊ぶ機会が多くなった。

佐藤のお陰で、自分では買えなかったものを身につけるようになったせいか、真理亜に対しての劣等感が少しずつ薄まっていたのかもしれない。

でも、いつもどこかで何かを比較している。

ちょっと頑張れば、追い越せそうな真理亜。しかしその存在はどこか大きくて、永遠に超えられない壁のようにも思える。

「彩乃ちゃん、聞いてる?私、リュウジさんと別れちゃってさ〜。」

-あの嫌な奴と別れたのか。

正直、ホッとした。人の心に土足で踏み込むような生粋のお坊ちゃんは、好きになれない。

何よりも、真理亜が芸能人や有名人と繋がるための鍵となっていたリュウジと別れることで、私にも真理亜を踏み落とすチャンスがあるかもと思った。

しかも今の私には佐藤がいる。形勢逆転だ。

「そうなんだぁ。真理亜、男の人途切れたことないから、もう次もいるんでしょ?」

冗談のつもりで言ったのに、真理亜は笑うでもなくさらりとした返事を返してきた。

「そうなの。リュウジさんと別れたばかりだけど、実は今付き合おうか迷っている人がいて。」

相手のことを詳しく聞くと、名もない会社のサラリーマンだった。

咄嗟に、“勝った”と思った。


何に勝ったと思ったのか?彩乃の大きな誤算とは


東京で、ピュアな恋愛なんてありえるのか!?


しかしすぐに、私の勝利宣言は間違っていたことに気づかされる。

「彼ね、全くお金もないし年下なんだけど、可愛くって。何より純粋に、彼のこと好きなんだ。」

“純粋に”という言葉に、思わず体がピクリと反応する。

純粋に好き、なんてこの世の中にありえるのだろうか?真理亜のことだ、絶対何か計算があるに決まっている。

「でも、そんな年下でそんなお給料の人だと、良い店にも行けないし、いい暮らしもできないんじゃない?」

思わず、一番聞きたかったことが口をついていた。

「そうねえ。でもそんなことどうでもいいくらいに、好きなの。」

真理亜の返答に、私は何か大きな選択ミスをしたのではないかと思った。相手の肩書き、言うならばスペック抜きで、純粋に好きになった記憶なんて高校生以来ない。

大人になればなるほど、私たちは計算高くなる。

そして弱くて脆い自分を隠すため、自分を大きく見せ、偽りという鎧を作る。

真理亜のように上手く世渡りもできないし、ようやく佐藤という男性を掴んだものの、この先にハッピーエンドなんてないことなど、誰が見ても明白だ。

「私、彩乃ちゃんのように強くないから、つい誰かに頼りがちなんだけどね。」

真理亜の発言に、何も答えられない自分がいた。

強くなんて、全く無い。

何も持っていない私は、強いフリをしているだけ。そうしていなければ、都会のプレッシャーに負けてしまう気がした。




その日の夜、佐藤と食事をし、家に戻ると狭いシューズクローゼットを開け、暫く立ち尽くす。

一足ずつ増えていく、レッドソールのピンヒール。

こうやってシューズクローゼットを開けるたびに、私の心は充足感で満たされる。でも、そんな満足感はたった一瞬で泡のように消えていく。

しかしどんなに物が増えて、ブランド物が増えても、永遠に消えない、恐怖心に似た孤独な気持ち。

「東京にいると、自分を見失いそうになる時があるから。」

真理亜の言葉が、頭の中でこだまする。

自分らしさって、何だろう。とっくの昔に、この東京での人生ゲームに参加した時から、そんなもの捨て去った気がする。

「純粋に、好きな気持ちなんてあるのかな...」

深夜2時、気がつけば私は玄関先で立ち尽くしていた。
そして知らないうちに、涙が頬を伝っていた。

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