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●首都圏の大手私鉄では異例の試み

2017年10月9日(祝日・体育の日)、東急電鉄は、池上線に終日、無料で乗車できるというイベント「開通90周年記念イベント 10月9日池上線フリー乗車デー」を開催した。日常の利用客数が多い首都圏の大手私鉄で無料開放を行うということで注目を集め、当日の模様については多くの報道もなされた。

ここでは、地理的歴史的背景も含めて池上線が置かれている実情を探り、なぜ「無料乗車イベント」が実施されるに至ったのかを考察したい。

○大いに賑わった池上線

池上線沿線を活性化させる「生活名所」プロジェクトの一環として、知名度が高くないこの路線を、沿線の隠れた名所とともに広く紹介。池上線の駅を最寄りとする各地域は、東急と連携した各種誘客イベントを行い、まずは池上線に乗って、魅力を知ってもらおうということが、このイベントの主旨であった。

目論見は当たり、当日の日中の各列車は大いに混雑した。ターミナル駅の五反田や蒲田では、断続的にホームへの入場が制限されたほど。戸越銀座商店街などは人波であふれ、かつての賑わいがよみがえった。

なお、利用の際には各駅で無料配布された「1日フリー乗車券」が必要であった。これは定期券サイズの紙のきっぷで、ICカード専用の自動改札機が通れず、改札口ではやや混乱が見られた。

だがそれは、恐らく承知の上。もちろん、自動改札機のスイッチを切って、自由に出入りしてもらった方が係員も利用客も便利だったことだろう。しかしそれよりも、乗車券を配布することにより、正確な利用客数を把握する方が重要であったのではないかと思われる。

●歴史的経緯から、地理的条件が不利

東急池上線は、五反田と蒲田を結ぶ10.9kmの短い路線だ。全線が東京都品川区と大田区に含まれる。建設したのは池上電気鉄道で、1922年に蒲田〜池上間が開業したことに始まる。鉄道敷設の名目は、池上本門寺への参詣客輸送であった。

その後、池上電気鉄道は路線延長を細かく繰り返し、1927年10月9日に大崎広小路まで開業。これが今回の「開通90周年」の根拠となっているようだ。五反田まで残り0.3km区間の完成、全線開業は翌年6月17日に持ち越されている。

ただすでにその時点で、目黒蒲田電鉄が数kmしか離れていない並行ルートに目蒲線(目黒〜蒲田間)を1923年に開業させており、1929年には大井町線も全線開業させた。そうなると、競合により池上電気鉄道の業績は頭打ち。建設費の利子負担が重くのしかかってきたのである。

○東急とは別会社が建設した池上線

結局、池上電気鉄道は1934年に目黒蒲田電鉄に吸収合併されて池上線となる。この目黒蒲田電鉄こそ、東急の直接のルーツである。

また1923年の関東大震災以降、都心部の住宅の郊外移転が加速したことから、都心への便がよい目黒蒲田電鉄各線沿線は、急速に都市化が進行していた。それゆえ戦後の高度経済成長期が始まる以前には、狭いエリアが低層住宅で埋まってしまっており、それ以上の発展が望みにくくなったのである。

さらに近接する路線として、1968年には都営浅草線泉岳寺〜西馬込間も開業。このように、池上線は稠密な鉄道網に囲まれる宿命を負っていた。駅へ利用客が集まる範囲(駅勢圏)も狭く、地下鉄との相互直通運転も行われず、利用客数が伸び悩むのは必然だった。

●3両編成が走る、都会のローカル線

現在、池上線および目蒲線の一部(蒲田〜多摩川間)を分離した多摩川線は、首都圏としては珍しく、全長18m級で3両編成を組む電車が使用されている。20m級10両編成が走る東横線や田園都市線と比べると差は大きい。要は、ずっと数が変わらない固定的な顧客を運ぶ分には、3両でも問題ないのだ。

ラッシュ時の混雑は激しく、朝のピーク時の五反田到着列車は2〜3分ごとに運転され、山手線への乗り換えに便利な五反田寄りの車両は、身動きが取れないほどの乗車率となる。旗の台〜五反田間で私が実見した範囲においては、時に積み残しも出していた。

しかし、国土交通省の2016年度の統計を見ると、池上線の朝の最混雑区間(大崎広小路→五反田間)では、1時間あたり3両編成×24本=8,832人の輸送力に対し利用は11,346人。平均すると乗車率128%にとどまる。74,261人を運び、乗車率180%を越す田園都市線と比べると、輸送規模の小ささがわかる。

それゆえ、輸送力増強が喫緊の課題という訳でもない。ラッシュアワーが終わると、渋谷のような商業の集積地も沿線にはないため、電車の乗客は減り、格段に空く。休日も然りである。両端駅と大井町線乗り換えの旗の台での乗降が目立つ程度だ。

こうした実情を鑑みるに、「発展性のなさ」が、池上線最大の課題なのではないかと思われる。少子高齢化が進み、就労人口が減少する時代になると、線路や駅などの鉄道設備を維持する、固定費用の負担が重荷になることが予想されるのだ。仮に、利用客が減り列車の運転本数を減らすことになっても、最低限必要な設備のメンテナンスや更新の費用が、大きく軽減されるわけではない。

○沿線の人口減少にどう対応するか

多摩川線の方は、東急蒲田駅と京急蒲田駅を結ぶ通称「蒲蒲線」の建設が実現すると、羽田空港アクセス列車が走る。目蒲線時代は通しで運転をしていた現・東急目黒線とは、設備上は今でも直通運転が可能で、東京メトロ南北線・都営三田線〜目黒〜東急目黒線〜東急多摩川線〜蒲蒲線というルートが形成されれば、利用客の大幅な増加が望める。

これに対し、池上線には将来的な延伸や乗り入れの構想は特になく、ほぼ恒久的に今の鉄道設備が維持されることになりそうだ。そうなると、利用客減少を食い止めなければ、収支は厳しくなる。

今後も池上線を運営し続けるからには、沿線人口に頼っていては厳しい。やはりエリア外からの利用客を招き入れる必要がある。人口減少時代に直面し、地域の活性化を図りたい品川区、大田区とも思惑が一致。手始めとして、住民や企業を巻き込んだ「無料乗車イベント」の展開となったのではなかろうか。