森保監督にアトランタ五輪指揮官から“金言” 「奇人変人と思われたのが結果につながった」

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森保監督へのアドバイスを求められた西野技術委員長がアトランタ五輪時代を回想

 2020年の東京五輪を目指す代表チームの監督に就任した森保一氏が、30日に日本サッカー協会(JFA)で記者会見を行った。

 五輪代表監督の“先輩”にあたる西野朗技術委員長からは「奇人変人と思われたのが結果につながった」という、一風変わった言葉でのアドバイスが送られた。

 森保監督は冒頭で「自国開催である東京五輪で監督をすることは結果を求められて重責ですが、支援をしてくださる皆様が喜んでくれるように全身全霊を持って向かっていきたい」と挨拶。そして28年ぶりの出場を果たした1996年アトランタ五輪で日本代表を率い、グループリーグ初戦でブラジルを破る“マイアミの奇跡”の当事者となった西野技術委員長に、報道陣から「森保監督にアドバイスを」と水が向けられると、西野技術委員長は、まず出場権を得るまでの環境から振り返った。

「当時は28年間出られなかった出場を果たして、プロサッカーはできたばかり。世界に出るだけでなく結果を出したい。(日本サッカー)協会やJOC(日本オリンピック委員会)に要求を『勝つためにはこうしたい』と言った。要望を出しすぎた……とは思わないんですが、やってきました。サポートを受けた上で、選手のスケジュール、強化遠征。要求しないと世界で……とは思えなかった」

 1993年に開幕したJリーグブームはあったものの、当時はA代表が94年アメリカ・ワールドカップ(W杯)に出場できず、大きな国際大会に出場することに「壁」がある状態だった。そうしたなかで、96年の五輪代表監督を務めた西野技術委員長は多くの要求をしていた舞台裏を明かした。そして森保監督にも、今度は“要求を受ける立場”としてエールを送っている。

「要求をストレートに出してほしい」

「森保監督は、クラブから代表(の監督)になって思い通りにいかないとは思いますが、そういったものをストレートに出してほしい。(私は)この監督はおかしいんじゃないかと思われた。奇人変人と思われたのが結果につながった。ストレートに出して、クラブから代表に変わったら理想のサッカーに変わる。よく知っている監督なので、編成に関しても自分のスタイルをブレずにやって、要求をストレートに出してチームを高めてほしい」

 当時、監督としての西野技術委員長は「奇人変人」と思われるほどに様々な手を尽くすことが結果に必要だったと話した。だからこそ、森保監督にもストレートな要求をしてくれて構わないと、懐の深い面を見せている。

 そして、「予算のことは会長に任せますが」と冗談を交えつつ、「過去の経験をされた五輪の監督の意見を聞きながら、最高の東京五輪のサッカーを見せてほしい」と力強いメッセージを送った。

 J1サンフレッチェ広島の在任中に、リーグ優勝3回の実績を作った森保監督。地元開催の重責を担うことになるが、チームを支える技術委員長が同じ経験をしている存在であることは力強い後押しになるはずだ。

【了】

フットボールゾーンウェブ編集部●文 text by Football ZONE web

ゲッティイメージズ●写真 photo by Getty Images