1年ぶりとなる代表復帰戦、リオ五輪で輝いたオリンピアンがその実力を発揮した。

 10月28日に福岡・レベルファイブスタジアムで行なわれた世界選抜との強化試合。世界7ヵ国の元代表選手やトップリーグ所属の外国人選手で構成された世界選抜チームには、元日本代表FB(フルバック)五郎丸歩(ヤマハ発動機)もメンバー入りして話題を呼んだ。対する日本代表は、11月に行なわれるオーストラリア戦やフランス戦に向けて、若手とベテランをミックスしたメンバーで臨んだ。


靭帯断裂の大ケガを経て代表復帰を果たしたレメキ ロマノ ラヴァ

 前半、準備期間が1週間もなかった混成チームに対し、日本は13―14で折り返す。しかし後半に入ると、相手BK陣の巧さ、そしてFW陣の圧力に屈して計7トライを献上。27-47の大敗を喫する結果となった。ただ、そのなかで唯一、細かいステップとフィジカルを武器に気を吐いていたのが、昨年11月以来の代表復帰戦となった28歳のWTB(ウイング)レメキ ロマノ ラヴァ(ホンダ)だ。

 愛称は「マノ」。トンガ出身の両親を持つニュージーランド生まれのレメキは、日本人の女性と結婚してふたりの息子のパパでもある。2014年に日本国籍を取得し、昨年のリオデジャネイロ五輪では7人制・日本代表のエースとして君臨。ベスト4進出の立役者となり、大会の「ドリームセブン(ベスト7)」にも選出されて世界のラグビーシーンに名を轟かせた。

 世界的な評価を得たレメキは、そのまま7人制で東京五輪を目指すかと思われた。だがリオ五輪後、今後しばらくは15人制に専念する意向を固める。「オリンピックにも出られたので、次はワールドカップに日本代表として出たい」。2015年W杯での日本代表の活躍ぶりがレメキの心を刺激したという。

 そして昨年秋、ニュージーランド出身のジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)が就任すると、レメキは15人制で初めて日本代表に選出される。すると、秩父宮でのアルゼンチン戦、さらにヨーロッパ遠征でのジョージア戦でトライを挙げる大活躍。新生ジャパンのエース候補にさっそく名乗りをあげた。

 しかし、好事魔(こうじま)多し……。2トライを挙げたジョージア戦のラストプレーでタックルに行こうとしたとき、レメキは左ひざ前十字靱帯断裂の大ケガを負ってしまう。

 サンウルブズの一員としてスーパーラグビーでのプレーも望んでいたが、それも叶わず。すぐに遠征先から帰国して手術を行ない、リハビリの日々を送ることになった。だが、ラグビーができずに苦しい間も、レメキは常に前向きな姿勢を貫き、「ずっと一緒にいられなかったから、家族サービスができました」と当時を笑って振り返る。

 また、JISS(国立スポーツ科学センター)でリハビリをしていたときには、サッカーやバスケットボール、バレーボールなど他の競技の代表選手から大いに刺激を受けたという。サッカー日本代表の長谷部誠とも一緒にリハビリを行ない、スポーツ以外の話も交えながら親交を深めた。

 走れない期間に上半身を鍛えたことで、体重も2〜3kgほど増加。術後3ヵ月で走れるようになり、7月上旬から本格的に復帰を果たした。靭帯断裂からわずか半年での復帰は驚異的なスピードに思えるが、本人は「みんな早いと言いますが全然大丈夫!」と意に介さない様子。そしてホンダで試合を重ねて実戦を踏み、ふたたび日本代表復帰となった。

 代表招集時のフィットネステストではチームトップタイの記録を叩き出し、ベンチプレスもBKながら150kgの重さを3度上げるなど、レメキはすっかり1年前の身体を取り戻しつつある。ジョセフHCもレメキの仕上がり具合に驚き、「WTBだけでなくCTB(センター)やFBでもプレーをさせるかもしれない」と期待を膨らませた。

 ただ、ジョセフHCが標榜するラグビーのクオリティは高い。ボールを広く大きく動かしつつ、同時にキックも巧みに絡めて使うため、WTB陣には個の能力が求められる。トップリーグ・トライ王の山田章仁(パナソニック)、スピードスターの福岡堅樹(パナソニック)、複数のポジションでプレー可能な松島幸太朗(サントリー)、そして2015年W杯経験者のマレ・サウ(ヤマハ発動機)と、このポジションで先発の座を奪うのは簡単なことではない。

 もちろん、本人もそのことは十二分にわかっている。それでも、レメキは常に前向きだ。

「日本代表にはいいアタッカーがいっぱいいるので、まずはディフェンスをがんばりたい。(福岡)堅樹はスピードがあって、アキ(山田)は身体の使い方がうまいけど、フィジカルならふたりに勝てる。(世界選抜戦では)ハットトリック(3トライ)を獲りたいね」

 実際の試合ではトライを挙げることはできなかったものの、「10点中6.5〜7点。ボールタッチが少なかったけど、ボール持ったら自分の強みを出せた」と振り返ったように、レメキは持ち味のフィジカルを存分に発揮した。ステップでわずかな隙間を突くプレーを見せ、コンタクトでも世界選抜に一歩も引けを取らない。タックルの強さも相手に見せつけ、何度もチャンスを演出した。

 レメキは11月に行なわれる強豪国との試合だけでなく、2019年W杯に向けても大きなアピールに成功したと言えるだろう。また、他のBK陣に危機感を与えたことにより、今後よりよいポジション争いが生まれる効果は、日本代表にとって大いに歓迎されるべきことである。

 高校時代に家族とともにオーストラリアへ移住し、「ニュージーランド代表になる」という夢を断念した。レンガ積みのバイトをしながら、あきらめずにラグビーを続けた。そんな時代は、もう遠い昔のこと。2009年にプロ選手として来日し、日々努力を重ねたレメキは、「世界で一番好きな国」という日本で、着実に目標をひとつずつ達成している。

 生まれ変わるのであれば「(漫画『ドラゴンボール』の孫)悟空かベジータのスーパーサイヤ人!」と語る、陽気なキャラクターのレメキ。「2019年のW杯、2020年の東京五輪に出場できたら、ラグビーを引退しようかな」と話すように、30歳〜31歳時に経験する日本でのふたつの大きな国際大会で、レメキはアスリートとしてのピークを迎えることができるか。

■ラグビー 記事一覧>>