小児病棟のベッドに横たわる優しい犬、ベイリーは、病気と戦う子供たちを元気づける“ファシリティドッグ”。病院内で愛玩されるペットではなく、“医療スタッフ”の一員という位置づけの使役犬だ。日本にはまだ2頭しかいないファシリティドッグが、重病の子どもたちを笑顔にしているーー。
 
藤田いろはちゃん(6)は4歳のとき、静岡県立こども病院に入院した。急性リンパ性白血病だった。母親のみどりさん(39)が言う。
 
「骨が浮き出るほどガリガリに痩せて、入院時には20キロ以上あった体重も15キロまで落ち、車いす生活になりました。でも、いろはは我慢強くて、泣き言を言わなかった。ほかのお子さんのように、私が夜、家に帰るときも『行かないで』と泣いたことすら一度もありませんでした」(みどりさん)
 
ところが、入院から半年後のこと。白血病でもっともつらい治療の1つとされる、骨髄に針を刺して薬剤を注入する骨髄穿刺の直前だった。いろはちゃんは「さわらないで! あっちに行って!!」と爆発した。
 
「突然、感情を大爆発させたんです。主治医の先生に対しても治療拒否のストを起こし、過呼吸になるほど泣き叫んでは、大好きなぬいぐるみまで投げつけて……」(みどりさん)
 
みどりさんは困り果てた。そこに、やってきたのがファシリティドッグのヨギ(ゴールデンレトリバー・オス・7)だった。ベッドのいろはちゃんの脇まで行き、ストンと腰を下ろすと何事もなかったかのようにそっと寄り添い、上目づかいで見上げる。
 
みどりさんは、いろはちゃんに「ヨギは、どんなときも、一緒にいてくれるって」と言った。すると、いろはちゃんはヨギの体をギュッと抱きしめ、「わたし、がんばる」と答えたのだった。この出来事で、みどりさんは大きなことを学んだという。
 
「ヨギのおかげで、いろはは半年間抱えていた不安をやっと吐き出せたんです。私は、『うちの子はがんばり屋だから』と思い込み、いろはの気持ちを表現させてあげられなかった。つらいときは娘も私もヨギやスタッフのみなさんに『助けて』と言っていいんだと気がつき、すっとラクになりました」(みどりさん)
 
その後もヨギは、病室を毎日訪れた。
 
「うちの子は麻酔が効きにくい体質で、痛みを伴う治療中に麻酔が切れかかることも多かったそうです。そんなときも、隣にヨギがいてくれました。いろははヨギの姿を認めて、『ヨギ〜、ヨギ〜』とつぶやきながら再び眠りにつくこともありました」(みどりさん)
 
一緒に遊んだり、治療時にそばにいるだけでなく、ファシリティドッグは歩行訓練や運動療法に付き添ったり、ときには手術室に一緒に入ることもある。ハンドラーで、小児がんや重い病気と闘う子どもたちの「心のケア」のための活動を行う認定NPO法人『シャイン・オン・キッズ』に所属する森田優子さん(36)は語る。
 
「手術室の手前の待合室で、ベイリーと私と一緒に待っていたお母さんが、ベイリーにすがりながら涙されたことも。初めて感情を吐き出せたんですね。ファシリティドッグの役目の半分は、親御さんのためという実感があります」(森田さん)
 
ファシリティドッグは今日も重病の子どもの、そして疲労と不安に押しつぶされそうな親たちの、笑顔を取り戻している。