ガンバ大阪Jrユース時代の橋本。基本技術や基本動作を徹底的に鍛え上げられた。(C)SOCCER DIGEST

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 こんにちは、いつもこのコラムを読んでいただいてありがとうございます。今回のテーマは、育成年代について感じること、自分が体験してきたことについて書いてみようと思います。
 
 僕自身、ガンバ大阪のジュニアユース、そしてユースと、6年間に渡ってJリーグの下部組織でサッカーを学び、プロの世界に入りました。いまではこうした流れがスタンダードになってきていますが、当時はまだまだ高校サッカーが全盛期でしたね。
 
 同期でクラブ育ちというと、稲本潤一、曽ヶ端準あたりがユース出身でそのままプロになった選手です。もう引退してしまいましたが他の選手では、ガンバでチームメイトだった新井場徹、ジェフ市原ユースから昇格した酒井友之、ジュビロ磐田ユースの河村崇大、同じく泰澤秀幸、ヴィッセル神戸ユースの立花雅人。逆に高体連出身で卒業後にプロになったのは、遠藤保仁、小笠原満男、小野伸二、高原直泰、本山雅志、播戸竜二、加地亮、南雄太といった面々が現在も現役で活躍中。こちらの引退した選手には、中田浩二、山口武士、手島和希、辻本茂樹、大島秀夫などがいます。
 
 こうして見てみると、やはり高校サッカー経由の方がプロへの近道でしたね。では、クラブユース出身者が現在増えてきたのはなぜなのか、その理由を考えてみたいと思います。
 
 理由としては3点あると思います。
 
 まず1点目は、飛び級制度の存在。クラブユースには、成長を妨げる年代の区切りがありません。良い例としては、ガンバの下部組織で同級生だった稲本は、高校2年でトップチームの試合に出場していますし、3年の時には1年間通じて主力として活躍しました。そのため、次のステージに進む年齢も早く、シドニーオリンピックの翌年にはアーセナルでプレーするところにまで成長していたのです。
 
 ほかにも、後輩の宇佐美貴史、堂安律も早い段階でトップチームデビューを済ませ、海外挑戦へとスムーズに向かっています。
 
 2点目は、一貫した育成理念です。トップチームのスタイルが確立されていれば、その下部組織においても同じスタイルで育成が施される。将来的にトップチームで戦うのを念頭に置いたプログラムで進められます。
 
 そのため、短期的な視点で捉えるのではなく、その時々の結果にも左右されない。トップチームで活躍するためだけに、各年代で必要なことを学べるのです。良い人材がJクラブの下部組織に流入するようになり、次から次へと逸材が輩出されるサイクルが出来上がっていったのだと思います。
 3点目は、整った環境でプレーできるよう、トップチームからの支援を受けられるところです。これは高校サッカーのほうが以前は進んでいたと思います。OB会からの支援やOBのコーチによるサポートなどが多くあり、成長を助ける力になっていました。
 
 前述の点を含め、現在では下部組織でも寮の完備や食事の管理、高校チームとの提携などにより、サッカーにかけられる時間配分も変わってきて、よりソフト面、ハード面ともに環境整備が進んできたように感じます。
 
 そんななかで、僕自身は下部組織でなにを学び、成長してきたのか。そして、なぜガンバジュニアユース、ユースを経験した多くのタレントが代表レベルに到達できたのかを、僕なりに考察してみたいと思います。こちらは僕の体験から得たものなので、感覚的な部分が多く含まれています。その点をご理解の上、読んでいただけると嬉しいです。
 
 ガンバには創設期から一貫した指導方法があったと思います。クラブによってはトップチームの方針が育成年代に影響を与えてしまい、なかなか一貫した教育方針が取れていないチームが多くあるように感じます。その点、創設期から一貫した指導方法を続けているのは、ガンバと東京ヴェルディくらいではないでしょうか。