会社の不祥事は人材の流出を加速させるきっかけに…(写真:Graphs / PIXTA)

「本当に申し訳ございません!」

会社が重大な不祥事を起こすと社員の生活は“一変”します。取引先や消費者、株主と多くの人に謝ることを求めらます。

社員たちが肩身の狭い日々を強いられる


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以前、JALが経営破綻した頃に「しっかりしてくれないと困るよ」とキャビンアテンダント(CA)に対してお説教をする老人を見掛けたことがあります。CAは深々と頭を下げ謝っていました。おそらく、この時期にいろいろな人に何十回も謝ったことでしょう。不祥事を起こした会社、経営陣はそのことを深く反省せねばなりませんが、不祥事の当事者ではない現場の人間からすると、やるせない気持ちになるかもしれません。

筆者もリクルートに勤務していた時代にオーナー社長の不祥事に遭遇しました。リクルート事件と呼ばれ、関連会社の未公開株が賄賂として譲渡されたとマスコミ各社が報道。リクルート関係者や政治家や官僚らが逮捕され、大スキャンダルとなりました。

報道で激しくたたかれていた期間、営業活動は自粛。さらに、それから1年以上はお詫びから始まる営業活動を強いられました。なかには「名刺交換したあとに、目の前で渡した名刺を破られた」と泣きながら帰社してきた若手社員もいました。振り返れば、肩身が狭い日々が続きました。

さらに悩ましいのは批判される内容があまりにも辛辣なことがあること。「不祥事を起こす会社の社員なんて、ろくなやつではない」と社員の人間性まで批判する人がいるのです。

取材した外食チェーンでは、異物混入事件が起きたとき、社員の子どもが学校で「あの子のお父さんは●●社の社員だから近づかないほうがいい」といじめを受けたと聞きました。勤務先の知名度が高ければ高いほど「あの〇〇という会社に勤めている」という肩書がついて回るということなのでしょう。

経理部の不正が明るみに出た会社では、営業が取引先を回るときに「君の会社はなっていない」と叱責されることがあったようです。

このように会社が不祥事を起こすと、度を超えた厳しい場面に遭遇することもあり、それに耐えかねて退職する社員もたくさん出てきます。「この会社に残っても将来は明るくない」と判断して、退職する人もいます。いずれにしても不祥事は人材の流出を加速させるきっかけになりがちなのです。

ところが、中には不祥事が起きたときに「人材が流出しない」会社があります。この違いは何が影響しているのでしょうか?

退職を思いとどまる3つの要因

最近は、日産自動車や神戸製鋼所で製品の性能データ改ざんなど不祥事が相次いで発覚しています。こうした不祥事によって、冒頭のケースのように社員たちが肩身の狭い日々を強いられることになるのは間違いありません。ならば、会社を辞めて転職する……と決断する人がたくさん出てくるか?というと、会社によって違います。会社を辞めないで、そのまま頑張るべきと「思いとどまる要因」があると社員は辞めません。

たとえば、不祥事が起きたときに、会社が潰れるのではないかという将来の苦痛を考える人は、たくさんいます。その「苦痛を避けたい」と、短期的に退職への動機が高まります。ただ、その動機を抑える要因があれば、「辞めずに、もう少し頑張ろう」となります。逆に辞めたい要因がすでにあったならば、不祥事がダメ押しになり退職に至る場合もあります。

つまり不祥事は退職を決断させる最後の一押し、「プラスワンの要因」なのです。でも、プラスされた退職要因をマイナスにさせる要因が社内にあると、決断には至りません。

では、その要因とは何か。これまで多くの企業の現場を見てきた筆者は、3つの要因があると考えます。

その1つが「相対的に好待遇」であること。業界比較や同年代よりも高い報酬。あるいは長期的な勤務で得られる可能性が高い、インセンティブの存在。

たとえば、年々株価が上がる社内持ち株制度や、ストックオプションなど。東芝では社内持ち株制度で年々上がる株価への期待が、社員を辞めさせない要因になっていたといわれます。逆に株価が大きく下がり、将来的にも復活が見込めないと判断した場合には、社員が退職を決断する要因になるかもしれません。

そして2つ目が「仕事を超えた人としてのつながり」。高い帰属意識をもてる職場であること。具体的には、インナーブランディングが行われていることがとても重要です。

インナーブランディングとは、企業が従業員に対して、経営理念や会社のビジョンなどを浸透させること。ブランドブックと呼ばれる、会社の理念やビジョンに加えて、働きがいなどを社員に伝えるために制作物を作成して配布。さらに理解度を高めるワーキンググループで浸透を図ります。こうした取り組みによって、会社に対する帰属意識が格段に高まります。こうした取り組みなどの効果で帰属意識が高いと、不祥事で退職要因が発生しても、それをリカバーすることができる場合もあります。

お客様からの高い支持

それから、3つ目は「仕事自体に対して高いプライドを保てること」。たとえば、製品やサービス価値が高く、不祥事があってもなおお客様から高い支持を得ているとすれば、営業や製造も、

「自分の会社で不祥事は起きたが、誇るべきものもたくさんある」

と、仕事に対して前向きな姿勢を保つことができます。

筆者もリクルート事件では周囲から厳しいお言葉をいただきながら、それでも辞めなかったのは、お客様からの高い支持があったからであったような気がします。当時の営業現場で「君の会社は世間を騒がせているけど、サービスは高い価値があるから胸を張るべきだよ」と声をかけてくれるお客様がいました。こうした声が仕事に対するプライドを支えてくれたように記憶しています。

さて、このような3つの要因が会社にあれば、不祥事があっても退職者は(不祥事の規模にもよりますが)それほど出てこないのではないでしょうか? 会社が平穏なときには露見しないかもしれませんが、不祥事のような有事が起きる可能性はどの会社にもあります。社員が退職を思いとどまる要因を備えた職場環境の整備を目指すことが、これからますます重要になるのではないでしょうか。