難関資格の筆頭格である、公認会計士。

―高収入、堅実、転勤なし。

そんな好条件を難なくクリアする”勝ち組”であり、東京の婚活市場においても人気が高い職業の一つである。

しかし彼らにも、悩みはある。

サラリーマン会計士の隆一、健の転職や上司である冴木の出世争いの敗北を契機に、元監査法人の先輩・倉田のもとへキャリア相談を持ち掛ける。

その一方、彼女のユキは隆一との将来を夢見ているが、煮え切らない隆一の態度に焦りを募らせていた。

早まる気持ちを抑えられない、ユキがとった行動は…!?




ユキは、あることを決意した。

自分から、隆一に結婚の話を持ちかけようと。

もちろん少なからず、抵抗は感じている。普通は男からするものでは?と。

しかし、結婚した友人たちは彼氏に少しずつプレッシャーをかけていったことを思い出し、ユキは決意を固めたのだ。

隆一から言って欲しいという気持ちはあるが、彼からプロポーズされることを、今は期待できそうにない。



ユキと隆一の出会いは、大学の先輩である倉田さんがセッティングしてくれた食事会だった。

当時は失恋したばかりで、あまりそんな気分にもなれなかったが、倉田さんからのお願いということで断れず参加した。

場所は、銀座の『ahill ginza』。

ユキは、目の前に座った隆一を見て、一目惚れした。背が高くすらっとしたスタイルに加えて、端正な顔立ち。おまけに、公認会計士。

―“この人しかいない”

終始、隆一の同期である健がその場を盛り上げていたが、ユキの視線はずっと、隆一に向けられていた。

食事会終了後、早速、倉田さんから聞かれた。

「隆一のこと気に入った?」
「え、わかりましたか…」

倉田さんの情報によると、隆一はいま仕事漬けの日々で彼女はいないとのこと。

ユキは即座に行動に移した。一目惚れから、猛烈なアプローチへと変わり、そして3回目のデートでユキから告白した。

ダメ元で告白したのだが、即座に「OK」と言ってくれたときは心臓が飛び出るほど嬉しかった。



今回も、緊張する…

本当は自分から言いたくないが、“草食会計士”には、女がリードするしかない。

待ち合わせの時間ぴったりに、隆一が現れた。いつも通りのことなのに、緊張して心臓がバクバクする。

でもさりげなく切りだせるように、席に座って乾杯したあとは、いつも以上に笑ってみせた。

そして、とりとめもない会話の中で、ユキはふと聞いてみた。

「隆一、私との将来考えてくれている…?」


ユキからのアプローチに、隆一の答えは?


隆一を追い詰める悩み


―何も言えなかった。

ユキからの思わぬ問いかけに、僕はしばらくの間黙ってしまった。

私との将来?これは何を意味するのか?
結婚して欲しいということ?
それとも、別の意味なのか?

いまになって冷静に考えれば、私との将来=結婚ということだったのだろう。しかし突然の問いかけに、混乱してしまっていた。

正直なところ、いまは僕自身のキャリアをどうするかで頭がいっぱいで、結婚のことを考える余裕はなかった。

もちろん、ユキとの将来は考えているつもりだけど、いま直ぐにというわけにはいかない。

しかし、沈黙はまずかった。ユキはどう思っているだろうか?

そして、女性からこの話題を出させてしまったことに、罪悪感を感じた。

―普通、男から言うものだよな。

いまの僕は最悪だ。上手くいかないときは、全てが悪い方向へ流れるものだ。

もう付き合って3年か。僕もユキのこと、真剣に考えなければならない。

しかし…



相変わらず、忙しい日々が続く。皆、東城パートナーに気に入られるために、必死に働いている。無論、僕もその一人である。

ユキにきちんとした返事を考えなければならないのに。

「隆一君、このセミナー資料明日までにまとめておいて。」
「隆一君、このレポートいまいちだから、やり直し」

冴木さんと違って、東城さんは本当に人使いが荒い。

通常の業務に加えて、新規受注の提案資料作成や東城さんのセミナー資料準備といった、まさに秘書のような仕事をやらされている。

全ては、東城さんが“更なる高み”を目指すためだ。

まだ新米パートナーの東城さんは、より多くの実績を残して、社内における発言力を強めたいのだ。

「隆一君、そんなスピードじゃ僕について来れないよ。もっと、スマートに仕事しようね」

必死に食らいついているつもりだが、東城さんの要求は多く、対処するのに本当に骨が折れる。

プロパーである東城派の部下には、それなりのやりがいのある業務を割り当てている。一方で、僕のような外様組は、彼らをサポートするような役回りになっている。

やはり、旧冴木派は不遇な扱いなのか。

そんな気持ちに屈しないように必死に食らいつくしかない。心を無にするんだ。どんな環境であっても、乗り越えなければならない。耐えることも重要だ。

しかしこの環境にも、少し限界を感じ始めていた。


ユキに対する隆一の返事は…?


ユキの苦悩


隆一は返事をくれなかった。

あの日の隆一の驚きの表情が、いまだに脳裏に焼き付いている。そんなに驚くことなのであろうか。勇気を出して言った、ユキの心は複雑であった。

隆一は結婚を考えていない?
他に好きな人が?
ただ遊ばれていただけ?

どんどん、マイナス思考になってしまう。

長身でイケメン、公認会計士。出会いは星の数ほどあるに違いない。私じゃなくてもいい女なんて山ほどいる。

所詮、銀行の一般職OLだ。こんなありふれた女は、隆一にとっては、数ある女の1人に過ぎなかったのだろうか。

公認会計士であれば、話の分かるバリキャリ女子の方が合っているのかもしれない。

ユキは、隆一の仕事のことは難しすぎてわからず、会話の相手になれない。隆一の彼女になれて、舞い上がり一人で盛り上がっていただけなのであろうか。

頬を伝う涙を拭いながら、ユキは自分が惨めになってきた。

そんなとき、隆一からLINEがきた。

―飯でも行く?―



最近の隆一は、とても忙しそうだ。新しい上司が厳しいらしく、毎日帰りが遅くなっている。

冴木さんと仕事していた時はとても楽しそうだったけれど、いまはどうなんだろう。

今日は多少早く切り上げられたものの、集合時間は22時。すでに食事を済ませてしまったユキだが、隆一に合わせて食べるつもりだ。

集合時間に5分遅れて隆一はやってきたが、とても疲れているように見える。そんな疲れている中でも会いに来てくれたと思うと、ユキは嬉しくなった。

もう時間も遅いので、近くのカフェバーで軽食を取ることにした。

―きっと、この間の返事をくれるはず。

ポーカーフェイスを気取ったものの、ユキは内心ドキドキしていた。先ほどまでの杞憂は、隆一に会った途端、どこかに消えてしまったようだ。

仕事帰りの隆一を気遣いながら、ユキは、その時を待つ。お互いのとりとめもない近況を話し、少し沈黙が流れた。

―そろそろ、来る。

隆一は、少し大きめの深呼吸をしてユキを見つめた。

「ユキ、俺…。」

その次の言葉への期待に胸を膨らませるユキは、笑みがこぼれるのを必死に堪えた。

しかし、隆一の次の一言にユキは思わず、言葉を失った。

「俺、会社辞めてきたよ」

「え、…」

想定外の隆一の言葉に、ユキはしばらく沈黙したまま、カフェのテラス席から明るい夜の東京の空を眺めていた。

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次週、会社を退職してきた隆一。2人の将来はいったいどうなるのか…