『ユ二クロ潜入一年』(文藝春秋)

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 昨年末、「週刊文春」(文藝春秋)誌上で発表されたあるブラック企業のルポが大きな反響を呼んだのをおぼえているだろうか。ジャーナリストの横田増生氏による"ユニクロ潜入ルポ"だ。横田氏は国内アパレル最大手・ファーストリテイリングが手がけるユニクロに約1年間アルバイトとして"潜入"、その体験を元に、ユニクロの過酷な労働状況、ブラックな企業体質に切り込んだのだったが、反響を呼んだのはその内容だけではなかった。
 まずは1年という長期に及ぶ潜入だったこと、そして横田氏が〈まず法律に則って〉本名を変えてまで潜入したこと、また「週刊文春」12月8日号に第一弾のルポを発表した際、まだ潜入取材は続行されており、発売直後には解雇。その経緯を翌週号で再びルポするなど、型破りかつ渾身のルポルタージュだったからだ。
 そんな横田氏のユニクロ潜入ルポだが、「週刊文春」で10回にわたるルポを発表したものに、今回、大幅加筆修正してまとめた『ユニクロ潜入一年』(文藝春秋)が上梓された。
 なぜ、横田氏はユニクロを取材対象としたのか、なぜ本名を変えてまで潜入という取材方法をとったのか、そしてユニクロとはいったいどういう企業なのか。横田氏に直撃インタビューした。
(取材・構成 編集部)

●ユニクロに2億2千万円の巨額名誉毀損訴訟を起こされて...

──今回の『ユニクロ潜入一年』以前の2011年に、ユニクロのブラックぶりや柳井正社長の実像に迫った『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)を出版しています。そもそもユニクロに焦点を当て取材しようと思ったきっかけはなんだったんでしょう。

横田 『ユニクロ帝国』の取材をはじめた2009年当時、ユニクロは破竹の勢いで事業を拡大していました。今はずいぶんその勢いも衰えてきましたが、なぜ町の一介の洋服屋から、日本屈指のアパレル企業になったのか。なぜここまで成長し続け、業績がよいいのか、儲かるのか。そうした純粋な疑問でした。ユニクロを定点観測することで、日本の国際企業としての進化を知りたかった。私はかつて物流業界紙の編集長をやっていたこともあり、05年にはアマゾンへの潜入ルポ『アマゾン・ドット・コムの光と影』(情報センター出版局)を出した。その流れでユニクロという企業はどうなっているのか、というのを物流という視点で捉えたい。そんな時に文春から声がかかったんです。

──その前著が史上最大額と言われる2億2千万円の巨額名誉毀損訴訟を起こされた。

横田 訴えられるような厳しいことを書いた覚えは今でもないんですけどね(笑)。ユニクロが主張した裁判の争点は数が多すぎて、裁判所の指摘で結局2点に絞られました。そのひとつが国内の店長が繁忙期に300時間働いているという過重労働の問題。また中国の労働者、10代の女子工員が夜中まで働いているというものなどです。しかしユニクロ側は「そんな事実はない、240時間以内だ」と。そして裁判では全店長の労働時間が"240時間以内に収まっている"という資料を出してきました。しかし店長の長時間労働やサービス残業は、実際には社内でも公然の秘密だったと思います。柳井(正・ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長)さんにしても自覚はしていたのでしょう。私が指摘する前からね。そこに私が正面から指摘したものだから、カチンときたのではないか。というのも、柳井さん、そしてユニクロについて悪い面を書くメディアやジャーナリストはほぼいなかった。というか、批判されそうな人間の取材に、応じてこなかったんです。ユニクロは広告も大量に出していますし、一種のマスコミタブーなんでしょうね。巨額裁判にもかかわらず、新聞でもベタ記事だったし、テレビで報じられた記憶はありません。

●妻と離婚して姓を変え、ユニクロにバイトとして潜入

──裁判は最高裁まで持ち越され、2014年にユニクロ敗訴、文春側が全面勝訴で終わっています。にもかかわらず、さらに第二弾を書いた動機は何だったのでしょう。

横田 はっきり言って、怒り、激怒です。前著が出た2011年以降、ユニクロの決算会見は出入り禁止の状態でした。「裁判で係争中」という納得しがたい理由でしたが、裁判に悪影響が出ることも考え自粛していた。ですから裁判が終わった2015年4月の中間決算会見に、これからは出席できると思ったら、拒否されて。理由を聞いても「柳井からお断りするように」とも言われました。きっと他の人間をそうして黙らせてきたのでしょう。でも私は地団駄を踏むほど悔しかったんです。メディアは自分の思い通りにいく、そんなユニクロの姿勢が嫌だった。

──しかも、その柳井氏からバイトへの"招待状"があった。

横田 そうなんですよ。15年の決算締め出しの少し前、柳井社長がビジネス誌の「プレジデント」でこんな発言をしているのを見つけちゃったんです。「悪口を言っているのは僕と会ったことがない人がほとんど」「社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね」。これはまさしく自分への"招待状"、"お誘い"だと思いましたね。

──しかし、驚いたのは名前を変えて潜入したという手法です。「文春」では具体的に明かされていませんでしたが、どんな方法だったのでしょう。

横田 「文春」記事で詳細を明かさないのは、まだ潜入を続行するつもりだったからです。結局は解雇されましたが。ですから「文春」の阿川佐和子さんの対談でも少し話しましたが、妻と離婚し、再婚して妻の姓にしたんです。いくらアルバイトでも"横田"の名前では面接で調べられたら潜入できませんし、偽名では犯罪になる可能性もある。手続きは結構煩雑で、1カ月ほどかかりました、免許証やら銀行やらの名義変更などです。

──ご家族、特に妻は反対しなかったんですか?

横田 妻も面白がってくれましたよ。妻の家族も全然問題ないと。あ、私の父親は知らないかも。言ってないかもしれない(笑)。でも私自身、戸籍上のことだけですから、全然抵抗はありませんでしたし、特に問題はなかった。

──横田さんはこれまでにもアマゾン、ヤマト運輸、佐川急便に潜入取材をしていますが、今回のユニクロ潜入での違いや特徴などは?

横田 一番大きかったのは、期間が長かったことです。これまでは長くても数カ月でしたから。それと3店舗という複数の現場を見たことですね。さらに大きかったのが毎週の「部長会議ニュース」の存在です。全スタッフが必ず読み、判子を押すことが義務づけられている文書ですが、その冒頭は必ず、柳井さんの叱咤激励で始まる。つまり、私にとっては柳井さんのインタビューが毎週読めるということです。内容は柳井さんの言いたい放題で、突っ込みどころも満載でしたが。

●ユニクロの人材"使い捨て"は「柳井さんがケチだから」

──『ユニクロ潜一年』では潜入アルバイト生活を通し、ユニクロの独特な体質や問題点が数多く指摘されています。

横田 ユニクロの問題は柳井さんによる完全なるトップダウンと、現場の低賃金の過重労働、そして秘密主義とマインドコントロールですかね。実際、働いていてしんどい会社でした。肉体的にも精神的にも。普通はいくらアルバイトでも少しは気を抜く時間があるものですが、ユニクロにはない。常にインカムをつけているので、少しでも手が空けば「●●して!」という指示がいつでも飛んでくる。ずっと緊張して根を詰めて働くんです。「感謝祭」といってユニクロ最大のイベントセールでは、レジが長蛇の列になり8時間もぶっ続けでレジを打つ。ですから、学生などはすぐに辞めることも多い。この前、働いていた新宿のビックロに行ったら、顔がガラッと変わっていました。正直言ってきついし安い給与のバランスがあまりに悪い。
 一方で、"ユニクロ教"にはまる人もいます。「休憩するのは怠け者」、「時給泥棒だ」という文化を植え付けると同時に、「ユニクロで働ける人はできる人だ」という優越感を巧妙にインプットもされる。そのための素敵なネーミング、マジックワードが用意されている。たとえば店長は"主役"ですし、他にも"知的労働者"とか"一人一人が主役だ"、"みんなに達成感を味わおう!"など標語を連発する。
 柳井さんの好きな言葉に"少数精鋭"というのがあります。現場でも「自分たちは少数精鋭だ」と葉っぱをかけられ、「できる俺」みたいに洗脳され、マインドコントロールされる。「給料は安いいけど、やりがいがあるんだ!」と。「その作業何分でできるんですか?」なんて上から目線で私に指示する"ユニクロ教"学生もいました。システム的にも軍隊みたいで、上から言われたことをやりさえすれば評価される。これは人件費を切り詰め、長時間労働させられる"やりがい詐欺"だと思っています。急成長したのも儲かるのも、柳井さんが"人は使い捨て"という考えで、かつ "ケチ"だからというのが結論ですね。

──しかし柳井社長は日本屈指の大金持ちですよね。今年「フォーブス」が発表した「日本長者番付2017」で柳井社長はソフトバンクの孫正義社長に次いで、第2位。保有資産は約1兆8200億円です。

横田 これまで指摘した人件費を切り詰め、人材は使い捨てというのは、柳井さん一人が儲けるためなんじゃないのかと正直思います。持ち株比率は20%を超える筆頭株主でもあるし、配当も巨額です。たとえばイトーヨーカ堂創業者の伊藤雅俊さんは、社員のために福利厚生施設、保養施設を自分のポケットマネーを出して作ったりした。儲けているから、社員にも還元する発想があるんです。でも柳井さんは見事にない。その背景を考えましたが、はっきり言ってわからないんです。ハングリー精神とは違う。幼少期から貧困とは無関係で、家庭教師もいて。60年代、早稲田大学に入学して仕送りもあって、70年代には父親の金で世界一周旅行もしている。困った経験は一度もない。でもケチ。唯一、感謝祭の時にお菓子の差し入れがあるんですが、安い駄菓子とかどら焼きでした(笑)。さらにアルバイトにも様々な守秘義務を課すんです。情報まで自分のもの。柳井さんの独裁体制を維持するためなのでしょう。それでいて、業績が悪いとバイトの勤務時間まで平気で削るんです。

●ユニクロはブラックというより"奴隷"、そして"やりがい詐欺"だ!

──前回は訴訟になりましたが、今回の潜入ルポではその後ユニクロ、柳井社長から、なんらかのリアクションはあったのでしょうか。

横田 今回はノーリアクションですね。今回本にまとめるにあたり、柳井さんにインタビューを申し込んだのですが、「お断り申し上げます」と断られました。前回のこともあり、知らんふりしておけというつもりなのでしょう。文春連載の時、9度取材を申し込みましたが、「話すことは何もありません」という対応でした。柳井さんには聞きたいことが沢山ある、なんで訴えたのか、決算会見に出さないのか、アルバイトを辞めなくちゃいけなかったのか。でも逃げたままです。

──今、ユニクロ、そして柳井社長に訴えたいことは何でしょう。

横田 今回の取材で、末端の人間が苦しんでいることがはっきりした。せめて繁忙期や土日、感謝祭の時だけでも時給あげてほしいですね。年中、同じ時給というのは、他企業を見てもあり得ない。ブラックというより"奴隷"です。ユニクロで働き、柳井社長と末端の激しい格差、しかしそれが見えづらい実態もありました。接客業で、一見、小綺麗にしているし、"やりがい"を植え付けることで、その格差を感じさせないシステムなんでしょう。潜入取材は現場の"本音"を知ることができるし、"本当の姿"も見ることができます。一方で、ギャンブル性も高い。何が出てくるか、出てこないか潜入するまでわからない。1年間働いて何もなかったら書けませんからね。収入面でも大変です。今回は結果オーライでしたが、潜入取材は本当にギャンブル。しかし、50 歳になって敢えてリスクをとって潜入したのは、それ以上にユニクロにムカついたというのが本音です。繰り返しますが、取材を断れば書かないだろう、メディアは自分の思い通りにいく。そんなユニクロの姿勢が嫌だった。その上秘密主義で、取材を受けてもくれないし、会見もパージされた。潜入するしか方法はなかったのです。そして今後ももちろん、定点観測としてのユニクロウォ
ッチは続けます。いろいろ秘策も考えていますので、楽しみにしていてください。
(了)

■横田増生
1965年福岡県に生まれ。アイオワ大学大学院ジャーナリズムスクールで修士号。帰国後、物流業界紙「輸送経済」の記者。編集長を務め、フリーに。著書に『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』(朝日文庫)、『ユニクロ帝国の光と影』(文春文庫)、『評伝 ナンシー関―心に一人のナンシーを』(朝日新聞出版)、
『中学受験』(岩波新書)、『仁義なき宅配 ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(小学館)など多数。