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1967年のポルシェ911R、車重は現代のターボの半分以下

ポルシェは最初に設計したライトウェイト911である1967年式911Rから重量削減に憑りつかれていた。

911Rではエンブレムがステッカーに変更され、ホイールのセンターキャップも取外し、ドア・ヒンジはアルミニウム製であった。その結果、車重は814kgと現代の911ターボの半分以下に留まった。

ポルシェ911の「911」 プジョーの反対で生まれた

これは有名な話。

ポルシェ356の後継は901と呼ばれるはずだった。しかし、プジョーが3桁の数字の真ん中にゼロを付けた車名は自分たちのものだと主張したため、ここに伝説の数字がうまれたのだ。つまり911である。

水晶と磁石を用いた、いかがわしい車両装置があった

GMの豪州部門であるホールデンには、謎多きレーサー、ピーター・ブロックが手掛けるホールデン・ディーラー・チーム(HDT)と呼ばれるパフォーマンスカー部門があった。

1986年、ブロックはHDTの車両に「エナジ・ポーラライザー」と呼ぶ装置を装着し始めた。車両に搭載したエポキシ樹脂に覆われた水晶と磁石は、「分子配列を整える」ことでクルマのパフォーマンスとハンドリングを向上させるとの事であった。

GMがこの話を信じることはなく、効果のほどが実証されることもないままに、ブロックとの関係は解消された。これに代わってトム・ウォーキンショーとの提携のもとホールデン・スペシャル・ビークルズが設立された。

ブロックは2006年、61才の時にラリー参加中の事故で亡くなった。写真は彼の記念碑である。

バンパー・カーで世界一周した男がいる

1938年に発売されたライトクラフト・スクータカーは遊園地向けバンパー・カーの公道バージョンである。

98cc単気筒エンジンを積んだライトクラフトは最高時速24km/hを誇った。小さなボディとナマケモノの様な動力性能にも関わらず、1966年、ジム・パーキンソンはライトクラフトで約26,000kmに及ぶ世界一周の冒険旅行を行い、この冒険譚はモーター・マガジン誌によって記録された。

彼は時速64km/hを誇る250ccエンジン搭載の後継モデルを選択することなく、この冒険をやってのけたのだ。

フォードは航空宇宙産業に手を出した時期がある

フォードは1925年に航空機の生産を開始し、1933年までに3基のエンジンを搭載した4-AT-E トライモーター旅客機を199機製造した。一時期フォードは世界最大の民間航空機メーカーであったと同時に、世界初の定期貨物便運航会社となった。

しかし、ヘンリー・フォードは、1928年に自身の専属パイロットが単葉機のフォード・フリヴァー・プロトタイプ機で命を落としてからは航空産業への興味を徐々に失っていき、翌年に始まった大恐慌により会社は大きな打撃を受けた。

第二次世界大戦中、フォードはミシガン州ウィロー・ランにある工場でB-24リベレイターのライセンス生産を行い、1950年代には新たに設立した部門が、米空軍向けにサイドワインダー・ミサイルを製造した。1990年にフォードはこの事業を売却し、現在はロッキード・マーチンの一部門となっている。

最高速度32km/hのロールス・ロイスがある

1905年、ロールス・ロイスは最高時速を32km/hに制限したV8エンジン搭載のクルマを発表した。当時、英国における制限速度が32km/hであり、自社のクルマを運転するドライバーに法律を守らせるためにこのようなクルマを作ったのだ。

レガリミットと呼ばれたこのクルマは、3535ccエンジンを搭載した試作モデルが1台のみ販売された。この車両はロールス・ロイスがオーナーから買い戻した後にスクラップとなったため、現存する車両はない。

日産「セドリック」の名前はちょっとした勘違いから西洋に広まった

ダットサンは1960年に日本市場向けにセドリックを発売した。この車名は1886年初版のフランシス・ホジソン・バーネット作「小公子」の主人公から名付けられた。

この作品の中のセドリックは、レースの襟が付いたビロードの服を着た、古くから続く英国侯爵家の跡継ぎである。当時この作品は日本中で人気があり、ダットサンの重役たちは西洋でも熱心に読まれていると考えたのだ。

セドリックという名前が1966年よりはるか昔に流行遅れとなっていたことに気付いた彼らは、この車名を自国市場向けに限定して、2004年まで使い続けた。

ふわっと消える室内灯 初採用はジェンセン・インターセプター

写真のジェンセン・インターセプターだが、このクルマは車内灯をゆっくりと消すという機能を初めて搭載するという栄誉を授けられたクルマだ。この機能により、ドアを閉めた後も車内灯がドライバーが家に入るまでを照らし続けた。

もう一つの例外は2001年式レクサスSC430である。このクルマは初めて照明付きサイド・シルプレートを装備したモデルであり、夜間ドアが開いているときには「Lexus」の文字が浮かび上がった。

LEDデイタイム・ライト はじめて採用したクルマは?

アウディR8は世界初のLEDデイタイム・ライトを採用したクルマであり、レクサスLSは世界初のLEDヘッドライト装着車である。

その後、多くのクルマがフロント、またはリアの照明にLEDを使用する事となったが、その最初のクルマであるR8で、アウディは12個のLEDでエンジンルームを照らすというオプションを設定した。

つまりガラス製エンジンフード越しにイルミネーションが楽しめるのだ。

テスラにはいくつかの「隠しコマンド」がある

ハイテク人間はイケてないのか? イーロン・マスクに関してはそうかも知れない。ビリオネアでありパイオニアでもある彼であれば、何でも欲しいものは手に入るはずなのに。

テスラのクルマで言えば、搭載されたタッチスクリーン式インフォテインメント・システムにある数多くの隠し機能がそれだ。モデルSを所有した場合、サービス・アクセス・メニューでキーボードに「007」と打ち込むと、車両コントロール・メニューが自身のテスラから「私が愛したスパイ」に登場するジェームス・ボンドの水陸両用ロータス・エスプリに変わるのだ。ちなみマスクは、このロータス・エスプリを所有している。

「深度」の変更はクルマの車高調整機能である。道路地図を火星のものに変える事もできるが、マスクはいつか火星に行ってみたいと望んでいるそうだ。更にはタッチスクリーンをスケッチパッドの様に使ったり、映画スペースボールの実況を再現できたりする。