我が子、教え子、親戚の子。どれにせよ、例えばテストで100点満点を取って来たとする。その子は解答用紙を誇らしげに広げ、星の散るようにきらきらした目で、「見て見て!満点とったよ!」と嬉しそうに笑う。

--さて、あなたは何と声をかけるだろう?

A:「うん、よくやった!」

B:「すごい!かしこいね!」

どっちを言っても喜びそうではあるけれど…。

「かしこいね」と
言われた子どもはズルをする

出だしからネタばらしをしてしまおう。これがカリフォルニア大学をはじめとする複数の大学が合同で組んだチームの研究結果

実験は300人の子供を対象としたものだった。3歳児と5歳児が150人ずつ集められ、ナンバーカードを用いた推測ゲームをさせられた。

ある子どもは「頭いいね」と褒められ、ある子どもは「頑張ったね」と褒められた。褒め言葉なしのグループも作った。子どもを褒めて、ズルしないことを誓わせたあと、研究者はゲームの途中で部屋を1分ほど空ける。

その間監視カメラで子どもの行動を監視したところ、ズルをした子どもが多かったのは頭の良さで褒められたグループだった。しかも驚くべきことに、全く褒められなかったグループよりも、頭の良さを褒められた子のグループの方がズルする子が多かったという。

似たような研究結果はいくつか既に出ているけれど、3歳という幼さでもこの影響が出るというのは今回初めてわかったことだそう。じゃあ一体なぜ「頭いいね」と言っちゃいけないんだろう?

「結果を出さなきゃ」
という強迫観念

彼らのズルは、プレッシャーによるものだ。

と研究者。

「頭がいい」ことを褒められた子どもは「頭が良くない」結果が出ることを恐れる。頑張るか頑張らないかは自分の問題なので調整できるけど、失敗はしてしまうもの。でもそれが怖い。期待に応えなければと思うのだ。たとえチートしてでも…。

実際、私も子どもに勉強を教えてお金を稼いでた時期があったけど、「かしこいね」というと子どもは次に「評価された能力」以下の結果を出すことを怖がってくるようだった。一回うまくいったら、次失敗して「見損なった」「思い違いだった」と思われたくないのは小さい子どもでも同じなんだろう。

能力を褒められた子は、諦めるのが早くなるだけではなく、道徳心が低下して、嘘やズルに手を染めるようになってしまう。親や先生もよく使う言葉であるぶん、注意が必要だ。

確かに子どもの時は「優秀だね」と繰り返し言われると、嬉しくもあった一方で、「貼られた値札以上の結果を出さなきゃ、意味がない」と、それが一種の、100か0かの強迫観念のように感じられた記憶もある。たとえ途中から失敗していても「よく考えたね」とか「ここまではよく頑張ったね」と承認されるだけで救われるものなのだろう。

よくよく考えてみれば、大人だってそうじゃないか。「君はなんでもできるね」というと、一見褒めているようで、「なんでもできる」ことが評価のスタートラインになりかねない。そこまでに至る努力は、華麗に無視されたままで。

Reference:Psychological Science