「エンパイアステーキハウス六本木」の内装。1920年代のきらびやかな時代のニューヨークをイメージしたという(写真:TFM)

かつて「夜の街」として知られた六本木。2003年の六本木ヒルズ、2007年の東京ミッドタウンという大型の複合商業施設開業の効果もあり、街のイメージはがらりと変わった。さらにこの数年で進んでいるのが「ステーキの街」への転換だ。

エンパイアステーキハウスが六本木に


この連載は今回が初回です

六本木、芋洗坂の中腹に10月17日に開業した「エンパイアステーキハウス六本木」。店内は1920年代のニューヨークをイメージしたアールデコ調の内装で、100ある客席の中央天井には豪華なシャンデリアが吊り下がっている。

エンパイアステーキハウスは米ニューヨークで2店舗を展開している。現地で有名な「ピーター・ルーガー・ステーキハウス」で修業を積んだシナナジ3兄弟がニューヨークで2010年に開業した。

ピーター・ルーガーは1887年にブルックリンに開業した老舗のステーキハウス。100〜200席の大型のレストランで、熟成させた赤身肉を提供するというニューヨークスタイルのステーキハウス発祥の名店だ。

エンパイアは今回、初めてとなる海外進出先に六本木を選んだ。米本店とライセンス契約し六本木店の運営を担当するのは、飲食店の運営を手掛けるTFM。客単価は1万7000円を見込む。

同社の小胗津競介(おやいづ きょうすけ)社長はこの地を選んだ理由を「肩ひじ張らずに、カジュアルにステーキを食べるのにふさわしい街だから」と説明する。

六本木店で扱うのはニューヨークと同じ、ブラックアンガスビーフ。その中でもUSDA(米国農務省)の最高ランクであるプライムビーフだ。米国で加工されたプライムビーフを冷蔵のまま空輸し、店舗内にある熟成庫で20日以上ドライエイジング(乾燥熟成)させる。



熟成させることで肉質を軟らかくさせ、ヒレとサーロインが左右についた「Tボーン」といわれる骨付き肉を900度のオーブンで皿ごと焼き上げて提供する。看板メニューは「エンペラーステーキ」(2〜3人用で税抜き2万4000円)。店内のワインセラーにはカリフォルニアワインを中心に常時1000本のワインを取りそろえている。


エンパイアステーキハウスの「Porterhouse Steak for Four」。4人用で税抜き3万2000円だ(写真:TFM)

これまで客単価で1万円を超えるようなステーキ店は、高級飲食店の数が多い銀座に集まっていた。六本木にもここ数年、高級店を筆頭に幅広い価格帯、スタイルのステーキ店が続々と集まってきている。

火付け役となったのが2014年に六本木5丁目に進出した「ウルフギャング・ステーキハウス 六本木」の成功だ。同店もピーター・ルーガーで40年以上ヘッドウエーターを務めたウルフギャング・ズウィーナー氏が独立して、2004年にニューヨークで開業した有名店だ。

日本ではイタリアンレストランのカプリチョーザやハードロックカフェを手掛けるWDIが運営している。「ニューヨークの店舗では客の3〜4割が日本人の日もある」(ウルフギャング・ステーキハウス事業部長の石井英男氏)というほど、人気のステーキハウスだ。

大人気となったウルフギャング

WDIはニューヨークスタイルの赤身肉は日本でも受け入れられると考え、米国で最初の店舗が開業した段階から日本での展開を考えていたという。


ウルフギャングのTボーンステーキも2〜3人用で1万6000円からだ(写真:WDI)

だが2001年にBSE(牛海綿状脳症)問題が日本でも発生、2004年から米国産の脊柱を含むTボーンステーキは輸入できなくなり、日本での展開は先延ばしになった。

そこでWDIが2009年にハワイのワイキキに進出したところ、ニューヨークと同じように日本人観光客の話題を集めた。「1日の来店は1000人ほど。ほとんどが観光客で、その9割が日本人観光客」(石井氏)という好調ぶりだった。

日本でBSE問題が収束したことを受け、2013年にはようやく牛肉の輸入規制が大幅に緩和された。WDIは六本木で200坪以上の大型店舗を確保できたこともあり、2014年に満を持してウルフギャング六本木店を開業した。


「ウルフギャング・ステーキハウス」は六本木で一目置かれる存在だ(記者撮影)

客単価1万6000円という高額にもかかわらず、ウルフギャングはWDIのもくろみどおり、驚異的な成功を収めた。同社は現在、ウルフギャングブランドで国内に4店舗、海外に1店舗(ハワイ)を運営するが、関連の売上高は80億円前後に達している(東洋経済推計)。

ウルフギャングの後に続くのは冒頭のエンパイアだけではない。今年の6月にはニューヨークで3店を展開する「ベンジャミンステーキハウス」が東京ミッドタウン前交差点付近に進出。ベンジャミンも同じようにピーター・ルーガーで修業したシェフが2006年に現地で開業した店舗で、ニューヨークと同じように、六本木でも競い合う構図だ。

エンパイアを運営するTFMの小胗津社長も、「六本木が肉の街になったのは間違いなくウルフギャングの成功が大きい」と評価する。周辺ステーキ店の運営担当者も「ウルフギャングに入りきれなかったお客が、当店に流れ込んでいる」とうれしい悲鳴をあげる。

ただ六本木が肉の街に変わろうとしているのは、ウルフギャングの成功だけが要因ではない。

熟成肉ブームも相まって2010年代以降、さまざまな価格帯やスタイルのステーキ店が続々と開店。このエリアでステーキを看板メニューとする店舗は少なく見積もっても30店は超えており、まさにステーキ激戦区の様相を呈している。

なぜ六本木なのか。関係者が異口同音に指摘するのは、「外国人が多いため国際色が強く、単価が高いものも受け入れられやすいハイエンドな地域だから」(ルビージャックスステーキハウスを運営するECNホスピタリティ社オーナーのネイスン・スミス氏)という点だ。

六本木はもともと「軍の街」


ブランド和牛を扱う「RRR」は六本木に2店舗を展開し、訪日外国人観光客の人気を集めている(記者撮影)

六本木はもともと「軍の街」だった。現在の東京ミッドタウンは戦前の旧陸軍・歩兵第三連隊の駐屯地の跡地に位置しているし、国立新美術館や政策研究大学院大学の場所には同第一連隊の駐屯地があった。

戦後、それら旧陸軍の施設がGHQに接収されたことをきっかけに、周辺には米国人を相手にした店が増えていった。また、周辺エリアには各国の大使館が密集していたこともあり、「英語が通じる街として認識され、外国人が集まってきた」(六本木商店街振興組合の堀井健一理事)。

1964年の東京五輪前の開発によって六本木交差点周辺の道路が拡張された上、同年に地下鉄の日比谷線が開通。1959年には日本教育テレビ(現テレビ朝日)が開局されていたこともあり、芸能人や業界人、それらを追う若者などが集まり「夜の街」としてのイメージが形成されていった。

その後、2000年代に入り六本木ヒルズや東京ミッドタウンが開業。外資系企業などのオフィスが増えたことで昼間の人口が増えた。「夜しか営業していなかった飲食店が急にランチ営業も始めるようになった」(堀井理事)ほどだという。

「グランドハイアット東京」や「ザ・リッツ・カールトン東京」といったラグジュアリーホテルも増え、六本木は富裕層や海外のビジネスパーソンが集まるようなハイエンドな街に変わっていったのだ。

1964年から六本木7丁目で営業する「ステーキハウスハマ」の大河原利友営業部長は、「六本木は外資系企業も多く景気に敏感なエリア。2008年にリーマンショックがあってから街は寂しくなったが、特に3年ほど前からは訪日外国人観光客が増加し、人が急激に増えた」と語る。

日系もブランド和牛で対抗

好調なのは、ニューヨークスタイルのステーキハウスだけではない。「ステーキハウスハマ」では「ここ3年で売り上げは15%以上増えた」(大河原営業部長)。

また、神戸牛を看板メニューとする「RRR Kobe Beef Steak」は「訪日外国人観光客に神戸牛は強い人気がある。ここ3年くらいで急に増え、全席が外国人で埋まることもある」(同店担当者)という。

2014年に六本木3丁目に鉄板焼き店をオープンした「grow」の栗木大地オーナーも、「昨年の初めから神戸牛を扱いだし、訪日外国人観光客の利用が増えた」と話す。

一方で、2020年に東京五輪の開催が決まってから「出店数が急激に増えて、競争が激しくなっている」(日系ステーキ店の店長)との声も上がる。

2020年に向け、国内外のステーキハウスが入り乱れる六本木は「ステーキの街」として存在感を増していきそうだ。