特段画期的というわけでもない「余り計算電卓」が大きな話題となったカシオ計算機。ただ、製品のコモディティ化が進む業界の中でつねに用途を模索する(背景写真:記者撮影、電卓写真:カシオ計算機)

割り算の「余り」を簡単に計算できる――。

カシオ計算機がこの夏発売した電卓の売りは、ただそれだけだ。店頭予想価格は1700円。高度な機能を備えているわけではない。しかし、会社が予想だにしなかったヒットの様相を見せている。

余り計算電卓が発表されたのは、7月12日。その直後からネット上で大きな反響が起きる。「いったい何に使うの?」。複数のネットメディアが取り上げ、それをキュレーションサイトが掲載。また、ツイッターなどのSNSでも情報が拡散された。カシオ側の想像を超える事態となった。

ネットで拡散、発売後2週間で欠品に

7月21日に発売されると、半月ほどで欠品が発生し出荷を止めた。その後生産を担う中国工場で一時的に生産量を計画の1.5倍まで増やし、10月上旬になってようやく店舗に電卓が行き渡った。

肝心の用途には、どういったものがあるのか。たとえば調剤薬局では、患者に1シート14錠の錠剤が何シート必要で、バラの錠剤がいくつ必要か、物流現場では、入荷した製品を一定個数ずつ箱詰めする場合に何箱必要で、何個余ってしまうか、といった計算が必要になる。


こうした場面では、余り計算電卓を用いることで通常の電卓より計算回数を大きく減らせる。調剤薬局の場合、通常の電卓では処方する錠剤数をシート1枚当たりの錠剤数で割り、患者に丸々1枚のシートで渡せる錠剤数を計算。それを必要量から引き算することで、余り、つまりバラで渡す錠剤の数を計算していた。

一方、電卓で余りを計算できるようになると、日数に合わせた患者に渡すべきシート枚数とバラの錠剤の数を一気に計算できるようになる。手間が省けることで、全部で4回の計算を必要としていたところが2回へと半減した。

余りを計算する機能そのものは、新しいわけではない。1993年、カシオは余り計算に対応した小学生向け電卓を発売。しかしその後の学習指導要領の改訂で授業時間が短縮し、需要が減少。2014年に生産・販売を終えている。シャープも以前、同様の機能を搭載した電卓を販売していたが、生産をやめている。

関数電卓ではオーバースペックだった


「÷余り」というボタンを押すと、余り計算ができる(写真:カシオ計算機)

2015年ごろ、調剤薬局や物流といった一部の業種に携わる人から「余りを簡単に計算できる電卓はないのか」という要望がカシオの元に寄せられるようになった。だが余り計算をするには、高いもので数万円にも上る関数電卓を手に入れるしかなかった。もちろん、関数計算を必要としない人にはオーバースペックだった。

当時のカシオ社内では、以前から販売しているローン計算のできる電卓や土木測量用電卓のように、業種に合わせた特殊な計算機能を持つ電卓の展開を模索していた。顧客からの要望によって余り計算の潜在需要が発見され、製品企画の中から余り計算電卓が選ばれ、発売が決まったのだった。

通常、電卓の新製品を発売しても大きな広告宣伝を展開することはない。一般消費者向けのベーシックな電卓と比べて余り計算電卓の生産台数は少なく、当初の生産は月1万台に満たなかったようだ。「法人向けの商品は認知されるまでに時間がかかる」と営業本部戦略統括部の尾澤慶子氏は話す。​それだけに、ネットで拡散した余り計算電卓のケースは異例といえる。

欠品を解消して店頭に並んだばかりで、今後の販売見通しはまだ不明だ。ただ尾澤氏は「電卓は春にいちばん売れる製品なので、そこでどれくらい売れるかが見極めのポイントになる」と話す。

電卓はカシオにとって祖業だ。電卓市場ではカシオ、シャープ、キヤノン、米テキサス・インスツルメンツ(TI)などが主なプレーヤーだ。100円ショップなどで売られる低価格製品を除くと、電卓の世界市場は約1億800万台(ビジネス機械・情報システム産業協会調べ)。カシオは年間5000万台を生産しており、半分近くものシェアを握っている。

前身の樫尾製作所を経てカシオ計算機が設立されたのは1957年のこと。第1号の製品は電卓の先祖となる計算機で、価格は48万5000円だった。1965年にはカシオが電卓1号機を38万円で発売。その後TIが要素部品の外販を始め、電卓の製造が容易となると、40社以上がしのぎを削る「電卓戦争」と呼ばれる時代に突入した。

地道な改良で差別化を模索してきた


カシオ計算機が1972年に発売した小型計算機「カシオミニ」(写真:カシオ計算機)

そんな中、カシオが1972年に発売したのが「カシオミニ」。表示を6ケタに絞る代わりに小型化を実現。電卓の普及価格帯が4万円台だった中で、1万2800円という低価格が受けヒットとなった。

その後価格競争が激しくなると、TIに要素部品を依存していた各社は差別化ができず、次々に撤退する。残った電卓メーカー会社は、価格以外の利点を見いだすことに注力していった。シャープが省電力かつ本体を薄くできる液晶を使って手帳サイズの製品を出すと、カシオは名刺サイズで対抗。1983年にはクレジットカードサイズの電卓を発売した。

小型・薄型化といったハード面での劇的な進化には区切りがついた。「それ以降はハードウエアからソフトウエアへ、つまり法人向けや教育向けなど、シーンに即した計算を支援する方向に発展した」(カシオ広報)。そして用途に合わせた電卓を順次発売するようになっていった。

「多くの人にとって電卓は、基本的な四則計算ができれば十分。プラスアルファの特長をつけて買ってもらうことは、つねに私たちのテーマだ」と尾澤氏は話す。どこにでもある製品だからこそ、どう差別化するかが重要だ。模索の末に生まれた製品の1つが、余り計算電卓だった。