今年6月に埼玉県で開かれた「PLAY-BALL!埼玉」。野球を楽しんでもらうことがいちばんだ(筆者撮影)

前回のコラム、「元ヤクルト・宮本が「野球離れ」に投じる一石」で、元ヤクルトの宮本慎也が「これからは幼稚園児に野球を教えるべき」と唱え、自ら東京都品川区でそれを実践していることを紹介した。こうした危機感は、プロアマ問わず野球界でようやく共有されつつある。

笹川スポーツ財団の「10代のスポーツライフに関する調査2015 概要」によれば、過去1年間に「よく行った」運動・スポーツ種目を性別に見ると、男子は1位「サッカー」、2位「バスケットボール」、3位「野球」となり、「野球」が初めて3位となった。4〜9歳から実施率の高い「サッカー」との差が10代になって現れていると考えられるという。その原因は、大きく3つ挙げられる。

サッカーに競技人口を取られている野球


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まずは、地上波のテレビ放送での野球中継がほぼなくなり、子どもが日常的に野球の試合を目にする機会がなくなったことだ。昭和の昔は、「家に帰って父親とナイターを見ながら夕食」が一般的な家族だんらんの風景だったが、それはほぼ絶滅した。野球そのものに触れたり、目にしたりする機会が減ったのだ。

そして野球以外のスポーツの選択肢が増えたことも大きい。たとえば、サッカーは10歳以下の子どもの指導に携わる「キッズリーダー」という統一されたライセンスを設け、児童、6歳以下の幼児への普及を積極的に行っている。また、バスケットボールもキッズミニバスケという幼児向けのゲームを普及している。

これに対し野球はルールが難しいこともあり、少年野球は主として小学校高学年の子どもを対象にしてきた。野球が理解できる年齢に達しない幼児は相手にしてこなかった。前回のコラムで宮本慎也が「幼稚園の段階から取られている」と表現したように、野球が理解できる年齢になる前に、サッカーやバスケなどが先に子どもを「青田刈り」するケースが増えているのだ。

さらに言えば、幼児の親の世代がすでに「野球離れ」を起こし始めていることも原因だ。選手は全員坊主頭。指導者や上級生に絶対服従で、まるで軍隊のような規律を求められる野球を嫌悪する若い親世代は多い。また、多くの部員を抱え、なかには3年間で1試合も出場できない野球部員もいるような高校野球のエリート主義への違和感も強い。野球は根強い人気があるが、一方で多くの「アンチ」も生んでいる。アンチ意識を持つ若い親は、子どもに野球をさせたいとは思わないのだ。

こうした状況が、ようやく野球界にも理解されるようになり、小学校低学年、幼稚園児を対象にした「野球教室」が開かれるようになったのだ。

パ・リーグの埼玉西武ライオンズは、埼玉県を本拠とする独立リーグの武蔵ヒートベアーズ、女子プロ野球の埼玉アストライア、女子ソフトボールの戸田中央総合病院メディックスとともに「PLAY-BALL!埼玉」を実施している。今年6月には埼玉県和光市で第1回のイベントが開かれた。

西武ライオンズは2人の元プロ選手が直伝

ここでは、元プロ野球選手が幼稚園、小学校低学年の子どもたちに軟らかいボールを使って「投げる」「受ける」「打つ」などの基本を教える。教え方の基本はNPB(一般社団法人 日本野球機構)の「ベースボール型」授業にのっとっているが、接し方は極めてソフトだ。

2人の講師の1人、石井丈裕コーチは、沢村賞も受賞したレジェンドだ。球団の少年野球教室であるライオンズアカデミーのコーチでもある。石井コーチは「このイベントでは、あいさつやマナーとは言いません。声を上げたりせず優しく接しています。とにかく野球を好きになってもらいたいです」と話す。

宮本慎也の野球教室でもそうだが、この教室でも子どもだけでなくお父さんやお母さんもボール投げやゲームに参加する。ティーに載ったボールをバットで勢いよく飛ばすお父さんがいる一方で、何度も空振りするお母さんもいる。


講師を務める宮田和希コーチ。野球に触れる機会の少ない母親も積極的に参加している(筆者撮影)

もう1人の講師、2017年4月に就任した28歳の宮田和希コーチは、失敗して舌を出すお母さんにも笑顔で接する。実は幼児の野球教室のもう1つの重要なターゲットは「親」だ。

前述のように幼児の親世代の「野球離れ」も進行している。野球が嫌い、あるいは野球とまったく縁がない親世代に「野球の楽しさ」を体験してもらうのは非常に重要だ。子どもの「野球やりたい」と言うトリガーを引くためには、親の後押しが不可欠なのだ。

お父さんたちは、少年時代にテレビや球場で見た西武ライオンズのエース、石井丈裕コーチと身近に接して、どきどきする。お母さんたちは、若々しく引き締まったアスリート体形の宮田和希コーチにやさしく指導してもらって、ちょっとときめく。元プロ野球選手が幼児相手に野球教室を開く目的の1つは「親を巻き込む」ということでもあるようだ。

西武ライオンズはこうした幼児相手の野球普及活動を3年前から続けている。さらに夏休みは公式戦終了後に、本拠地メットライフドームで小学生のティーバッティング体験も実施した。担当する事業部次長(当時)の市川徹は「まだ目に見える成果は上がっていないが、長期的に地道な取り組みをしていくつもり」と語る。

横浜DeNAベイスターズも以前から子ども向けの普及活動を行ってきたが、今年から「やきゅうみらいアクション」を開始し、『幼稚園・保育園 野球ふれあい訪問』を年100回、行う予定だ。10月20日にはティーボールを独自に改良したBTボールの大会である『DB.スターマンカップ 2017』を600人の児童を集めて横浜スタジアムで開催した。

NPBは12球団すべてが少年野球教室を行い、主として小中学生を対象に普及活動を行っている。これまでは「ユニフォームを着て、グラブをもって会場にやってくる」子どもを対象にしていたが、最近はそれより下の、「野球を知らない幼児」相手の取り組みが各球団とも本格化している。

高知の少年野球人口減に歯止めがかかった

子どもたちの本格化する「野球離れ」をいち早く報じたのは、「高知新聞」だった。高知県内の少年野球人口は2010年には1650人いたのが、2015年に1080人になった。2015年6月、高知新聞は「激減!県内少年野球」という連載を開始し、子どもの競技人口の激減に警鐘を鳴らした。そして、その背景を詳細に報じた。これは「野球王国」高知の野球関係者に大きなショックを与えた。

高知新聞の連載を担当した編集委員の掛水雅彦とは、執筆当時から連絡を取り合っているが、今年に入って「少年野球人口の減少に歯止めがかかったかもしれない」という知らせを受けた。1000人割れ寸前だった少年野球人口が、2016年、1000人台を何とか維持したというのだ。小学校低学年、幼児に向けた普及活動が功を奏したのではないかということだった。


高知での幼児向け野球教室では、まずは野球を楽しんでもらうことが主眼にある(筆者撮影)

早速、高知に赴いた。5月、高知市東部野球場で高知県少年野球大会が開かれたが、同じ会場で小学校低学年、幼児を対象とした野球体験イベントが行われていた。

福岡ダイエー・ホークス(現ソフトバンク)やオリックスのキャンプ地でもあった本格的な総合運動公園のサブグラウンドに子どもたちが集まり、軟らかいボールを使ってキャッチボール、ストラックアウト、ティーバッティングなどが行われた。

その光景はほかのイベントと大差はなかったが、参加したのは子どもだけで、親は見学に回った。都市部と違って、高知県では親の世代は野球をよく知っている。子どもたちは実際に野球をするのは初めてでも、「野球はどんなものか」は知っている。野球への親和性には、地域による差があることを感じた。会場で、ある親は「あの監督さんは、子どもたちをよく怒鳴りつけるので有名だったが、今日はすごく優しく接している」と言った。

少年野球人口の減少は、すべてのチームで同じように進行しているわけではない。関係者によれば、スパルタで子どもたちをよくしかる指導者のいるクラブは、志望者の減り方が激しいという。旧態依然とした指導者は指導法の変更を余儀なくされる。あるいは指導者をやめざるをえなくなる。そういう形での淘汰も始まっている。

高知県小学生野球連盟理事長の高橋昭憲は話す。「今年の4月から、連盟の指導で小学校1、2年生を集めて、『野球遊び』のイベントをやるようになりました。大会に出場する上級生に、弟、妹や近所の子など1、2年生を連れておいで、と言ったんです。そしたらグローブも持っていない、運動靴の子どもが40人も来て、楽しく遊んで帰ってくれました。この中から何人が野球をやるかわからないけど、こうやって一つひとつ、つなげていくのが大事だと思います」。

高知県内の少年野球人口は2017年には1047人となっており、1000人以上でなんとか踏みとどまっている形だ。

前途多難だがやっただけのことはある

これまで野球界は「黙っていても子どもは野球をするものだ」と考えていた。数年前まで、裾野を拡大する努力はほとんどしてこなかった。それだけに「やったらやっただけの手応えはある」ようだ。

しかし、こうした取り組みは一過性では意味がない。サッカー界が20数年かけて、サッカーを小学生が一番好きなスポーツにしたように、地道に継続していくしかない。西武ライオンズの関係者も、その覚悟だと語っていた。

もう1つ気になるのは、プロ野球チーム、宮本慎也のような個人、そして高知県少年野球連盟のような地方の団体などで始まっている同じ目的を持った取り組みが、ほとんど連携していないことだ。ノウハウを共有したり、人事交流をしたりすることは今のところない。サッカーが「キッズリーダー」というライセンスを設けて、統一したやり方で子どもへの普及活動をしているのとは対照的だ。

縦割りで、団体ごとの独立心が強い野球ならではであるが、「野球離れ」という目の前の危機に対して、プロもアマも、地方も中央もないはずだ。「野球の明日への取り組み」を束ねて大きな力にする大同団結が必要だろう。

(文中一部敬称略)