富山ライトレールが行う信用降車。乗務員のいない後ろのドアでもICカードをかざせば降車できる(写真:富山ライトレール)

「乗ってくる人も下りる人もおカネを払ってないけど、みんなタダで乗れるの?私たちもタダ乗りなの?」

スイスのレマン湖沿いのローカルバスに乗ったときのこと。一緒に旅行した筆者の叔母がそう尋ねた。確かにバスの乗客は誰1人として運賃を払っていないし、運転士に切符を見せることもしない。その状況を見て、「これは不思議」と声を上げたのだ。もちろんわれわれ一行は有効な周遊パスを持っていたが、それを運転士に見せることなく目的地に着いた。

欧州では、ドイツやオーストリア、スイスなどで、改札ゲートがなく車内で切符のチェックもしない「信用乗車」という方法が採用されている。一方、日本では無人駅では運転士が乗客の降車時に切符を回収するというように、徹底的な切符のチェックが行われている。

そんな中、富山市などが出資する第三セクター鉄道・富山ライトレールでは、同社が運営するLRT(新型路面電車システム)に、10月15日から新たに「信用降車」の終日化という仕組みを開始した。

信用降車とは、乗客が自主的にICカードをセンサーにかざし、運転士がそばにいない後方のドアから自由に降りられる仕組みである。これまで、同社の乗客は運転士がそばにいる前方のドアの前で運賃を支払ったり、ICカードをかざしたりしてから降車していた。もともと同社は、混み合う朝の通勤時間帯に後方のドアからカードをかざすだけで降りられる仕組みを導入していたが、これを終日いつでもできるようにした。

富山の人は「まじめ」なので大丈夫?

「過去10年余りの間、始発からラッシュ時に実施しており、信用降車はすでに利用客の間で定着している」と同社の広報担当者は説明。前後のドアを使って降車した場合、駅での停車時間は前方のみを使ったときと比べ、およそ半分くらいで済むとしている。さらにラッシュ時は、ほとんどの乗客が定期利用のため、よりスムーズに降車客をさばくことができるということだ。また、日中のオフピークの時間帯は、高齢者や小さなお子さん連れの乗客が多いというが、「後ろから乗車し、車内の前方まで歩くのは移動が大変。乗ったドアから降りられれば車内であまり移動せずに済む」と信用降車の優位性を説く。

運転士による監視のない後ろドアから降りるのを認めるとなると、読者の中には「故意に運賃の課金を避ける乗客がいるのではないか?」といった懸念を感じる人もいることだろう。

「運賃後払い」の課金方法を取っている同社だが、ICカードをかざさずに下車してしまう「無賃乗車者」への対策はどうなっているのだろうか。広報担当者は、「新年度が始まる4月には例年、2週間ほどの間、駅に係員を配置し、ICカードを使った乗降がスムーズに行えるようなPR活動を行っている」としながらも、通常期は特に検札やチェックなどは行っていないという。


富山駅北停留場に停車中の富山ライトレールの車両(写真:LERK/WikimediaCommons)

同社の会長を務める森雅志・富山市長は「富山市民は協力的で、これまで大きな問題は起こったことはない」とし、「お客様を信用し、乗務員が確認しないやり方を導入する」と、利用者の善意に強い期待感を示している。あくまで「性善説」に基づいて運営しているのだ。

ただ、運賃を払わずに降りてしまう客はほとんどいないとはいうものの、ゼロではない。ほかの乗客から「無賃乗車の客がいた」との通報があった場合には係員が見回りに行くというが、目立った問題にはなっていないようだ。

欧州における「信用乗車」とは

欧州各国で行われている信用乗車とは、乗客がいずれかの有効なチケットを持っていると「信用」し、改札口や車内でのチケットのチェックを省略する仕組みだ。したがって、これらの交通機関では、自動改札機どころか、改札口に当たるエリアにはさくもなければ、係員もいない。設けられているのは、切符の乗車日時を打ち込む刻印機のみだ。この打刻を行うことで切符が有効となる。もし、刻印を忘れると「チケットを持っていない人」と同様のペナルティを受けることになる。

信用乗車に慣れない日本人観光客は、現地でけっこう「刻印忘れ」による追徴に遭っていると聞く。ウィーンでトラムに乗ったところ、せっかく1日乗車券を買ったのに打刻漏れだったことから、その観光客は無賃乗車分の罰金を払わされた、というエピソードを現地在住者から聞いたこともある。

近年では、チケットをICカード化し、打刻の代わりに構内への出入場をセンサーにタッチすることで管理する事業者もある。この方式を取る最も規模が大きいものとしては、オランダ国鉄(NS)の例がある。NSでは、主要駅を含む全部の駅に「OVチップカード」と呼ばれるICカードのセンサーを置いている一方で、改札ゲートも使っている駅はまれで、利用客の自主性を信用する格好となっている。

富山ライトレールの設立時、森市長は、「欧州では乗車前に切符を買って近くの扉で自由に乗り降りする。(富山ライトレールでは)この制度を考えている」と、信用乗車の導入を念頭に入れたコメントを残している。市長をはじめ富山市の関係者は同市にLRTを導入するに当たり、ドイツやフランスなど欧州でLRTが普及している都市での先進事例の視察を実施。それらの運営状況を見ていたことから、「富山での導入は可能」との結論を得たという。

同社が使っているICカードは「Passca(パスカ)」という専用のもので、SuicaやICOCAなど他の事業者が発行したカードでは乗り降りができない。ただ、「Passca」の利用者は一律運賃が1割引き、高齢者なら日中半額となる特典がある。日中の時間帯は「現金での乗車客も2割程度いる(広報担当者)」とのことだが、地元の人々はICカードによる優遇運賃のおかげもあり積極的にキャッシュレスで利用しているという。


ロンドンのドックランズ・ライト・レイルウェーで使われている改札機。乗車前と降車後の2度タッチする(筆者撮影)

では、諸外国ではライトレール(LRT)での課金はどう行われているのか、実例を紹介してみよう。

LRTは路線によって、ワンマン運転どころか完全無人(ドライバーレス)、つまり遠隔管理のエレベーターを動かすように車両が走っているようなところさえもある。つまり、無賃乗車を防ごうとしても、つねに乗務員がいるわけではないため、その犯人を捕獲するのはとても難しい。

欧州を走るLRTのうち、ICカードを導入している路線では次のような手で確実な課金を目指している。具体例としては、ロンドン東部に30km超の路線網を持つドックランズ・ライト・レールウェー(DLR)や、アムステルダムを含むオランダ各都市を走る路面電車(トラム)などがある。

【ICカードを使ったLRT課金の取り組み】
・ICカードを1度センサーにタッチ。
・ICカードからはいったん、運行路線での最高額を引き落とす。
・下車時にもう1度、センサーにタッチ。乗車区間と最高額との差額を戻す。

この方法では、乗車中の利用客が持つICカードに「課金済みを示す情報」が読まれているため、抜き打ち検札を車内で行った場合、もし未払い(無賃乗車)客がいたらその場で不正が発見できるという利点がある。

これらのLRTでは紙の乗車券を併用しているところもある。紙の切符保持者なら、検札の際にそれを提示するだけのことだ。

合理的な運賃収受システムの形成を

日本ではかつて、多くの大都市で路面電車が走っていた。ところが車社会の到来、モータリゼーション化により、道路の物理的スペースが逼迫。路面電車の軌道は邪魔とされ、廃止の流れが本格化した。ところが今では逆にLRTの導入をあらためて検討する自治体が増えている。しかし、発覚時に運賃の10倍もの罰金を課すこともある諸外国と異なり、日本では罰則時の課金は運賃の3倍以内にすぎないことから「運賃を取り切る自信がない」などの理由により、LRT導入に腰が引きぎみ、との研究結果も出ている。

日本における無賃乗車等の罰金規定を変えることは難しいかもしれないが、ICカードを使って「乗車時に最高額を徴収し、下車時に精算」といった仕組み作りは、課金システムの設定を改良することで解決しそうな気がする。欧州では残念なことに、無賃乗車を企てる者が少なくないが、それでも公共交通機関の運営はしっかりと成り立っている。

他国の事例を参考に、利用客の善意に依存する形と違う、合理的な運賃収受システムを構築すべきだと考えるがどうだろうか。運賃がしっかり取れる仕組みが確立したら、環境にも人にも優しいライトレール敷設の動きが日本でさらに高まるかもしれない。