エアアジア・ジャパンが10月27日に中部国際空港で開催した、就航記念レセプションでのエアアジア・グループのトニー・フェルナンデス最高経営責任者(CEO)の挨拶全文をお送りする。

みなさまこんにちは。一応ここに原稿を用意して参りましたけれども、これとは違う内容をお話したいと思います。栗原さま、和田さま、井沢さま、空港長の船山さま、皆様お集まりいただきありがとうございます。そしてまた、中部国際空港CEOの友添さま、素晴らしいビデオをありがとうございました。多大なご支援をいただきありがとうございました。

マイケル・キムさま、株主の皆様にもお礼を申し上げたいと思うのですが、どちらにいらっしゃるのかわかりません。長年の友人のフィンテックの山中さん、変わったのは髪の毛がちょっとグレーになったくらいでしょうか。ノエビアの方、今日はお越しになっていないと伺っていますけれども、長年に渡って支援ありがとうございます。

身内を紹介し忘れましたけれども、エアアジアからも私の友人が参っていますし、秦氏はエアアジア・ジャパン社長とのことでこの3年間苦労したんですけれども、なんとか生き延びてくださいました。通訳が間違いを言わないといいんですけれど。今日で終わりにならないように。

まだセレモニーが始まってほんの数分ですけれども、皆様にはエアアジアという会社がどんな会社という雰囲気を充分に味わっていただけたのではないでしょうか。我々が誇っているもの、会社として誇っているのは人です。我々のスタッフは本当にユニークなスタッフばかりで、先程ラティータが歌を歌ってくれましたが、いろんな言語で歌うことができますし、ダンサー達、その中には1.5人の日本人も含まれていました。ハーフですので0.5人とカウントします。ちさとさんも素晴らしいダンサー、メイさんもそうですね。ユニークなクルーが差別化をして、他の航空会社とは違う特別な会社にしてくれていると思います。

そして、美しい女性達の前で踊っていたダンサーの男性がいたのを皆様とても印象に残ってらっしゃると思います。アシュラックさんですね。彼は素晴らしいダンサーで、前に私に自分が踊っているダンスのビデオを送ってくださったんです。あまりにも素晴らしいのでそれをアップロードしたら、1,000万人以上が観てくださった。実は近々、ブリトニー・スピアーズと共演することになります。これはサプライズとして取っておいたんですけれども、日本の地で発表することになりました。

本日見せることができました、私どものユニークなところ、他のエアラインとは違うところというのが私達を強くしたと思いますし、創業時にはたった2機だった飛行機を220機まで増やすことができたのも、たった年間二百数名しか搭乗者数がなかったのが、1,600万人以上になったというのも、全てユニークなクルー達のおかげだと思っています。すぐそこにいらっしゃるキャビンアテンダントはフランス人と結婚されて、この方の作る機内で料理が振る舞われることになるということもありますし、本当にクルー達から会社がどんどん発展していっています。ですので私どもの会社をぜひ日本の方にも愛してほしいと願ってやみません。

どうして私がきょう侍の格好しているのか。株主から身を守るためか。随分お待たせしてしまったので本当に身の危険を感じることもありました。

私が今日この格好をしたのはですね、実はクアラルンプールで幼少期を過ごしていた頃、日本の侍ドラマをよく観ていました。日本のドラマをたくさん観た中でも、森田健作さんの「これが青春だ」がとても印象に残っています。

もう少し真面目なビジネスに近い理由を申し上げますと、色が赤だということ、エアアジアの赤ですね。そして30キロもあってとても重いんですけれども、こんなのを着ていられるというのは、私が実は中身がとてもスマートで、脂肪がなくて、ハングリー精神で新しい航空業界に乗り込んで、戦争に勝ってみせるという強い意識の現れです。

そして私が今戦争と申し上げたのは、皆さま他のエアラインだと思われるかもしれませんが、私が戦おうと思っている敵は高い料金、航空運賃です。こういった高い航空運賃のためにこれまで海外に行くことができなかった人たち、こういった方たちを海外に連れていきたいと思っております。私が幼少期の頃日本に憧れたように、たくさんのアジアの子どもたちが、日本を映画で観たり、日本の車を買ったりしながら、とても勢いがある韓国ですら全て日本からコピーしたと思えるほど日本の影響は大きくて、日本というのは私どもにとってミラクルな国であるわけです。ですので、ぜひ日本とアジアとの人の行き来が活発になるようなことをしたいと私はずっと思っておりました。これは今回のことはラウンド2と呼べると思うのですが、ラウンド1として以前日本と手を組んだことがありました。皆さん御存知の通り、非常に短い期間で離婚という形で終わってしまいました。今回は2度目の結婚ということで、実は2つの結婚ということで、先週個人的にも結婚式を挙げましたので、個人的な結婚もありますし、もう一つの結婚というのが、今回楽天やノエビアやアルペンの皆様、株主の皆様に助けられて、こうやってセントレアに根をおろすことができたという素晴らしい結婚です。これを通じてタイやマレーシア、多くのアジアの子どもたちが、テレビで日本を見るだけではなくてお互いに行き来できる環境が整えばと思います。

また就航地としては他にももちろん候補があったわけですけれども、いろいろ迷った中で名古屋を推してくださった皆さんにお礼を申し上げたいと思います。名古屋がいいと言ってくれたみなさん、本当にありがとうございました。これまで私は人が行っていないところに就航したいと考えておりまして、あまり人が行っていない飛行機を飛ばして、今では便数をうんと増やしてということを続けてまいりましたので、今後名古屋にもたくさんの便数を増やせるように、世界から名古屋にたくさんの方が旅行にきてくださるようにということで、位置的にも日本の中心である名古屋、歴史深いこの名古屋の街にたくさんの人に来てくれるように、名古屋の人をたくさんの海外の街に運びたいと思っています。そしてみなさんに約束したことを守っていきます。低料金でみなさんをお運びするということです。本日はどうもありがとうございました。

最後の最後になりましたけれども、エアアジアを代表いたしまして、クルー、スタッフにお礼を申し上げたいと思います。16年の道のりは決して楽なものではありませんでした。問題が山積みでした。その度に解決策を見いだせてきたのは人たちのおかげなんです。そして私を朝早くから叩き起こして一緒に遊んでくれたり、忍耐強くいてくれたこと、苦しい時でも微笑みを忘れなかったこと、すべてのことに本当に感謝しています。私の人生は夢で語れる人生です。エアアジア・ジャパンというのが私にとって新しい夢になりました、一つ夢が増えました。本当にみんないつもありがとう。

そして本日は私にとって本当に夢のような一日です。私生活でも1度目の結婚は破綻いたしました。そして1度目のエアアジア・ジャパンも破綻いたしました。しかしながら先週、2度目の結婚をプライベートでもすることができて、2度目の挑戦ということでエアアジア・ジャパンが立ち上がりました。ですので今日は本当に夢の日です。10月29日の初飛行が本当に待ちきれません。私は不可能なことはないと思っておりますので、これからもそれを信じて、なんでも頑張れば可能にできると信じて頑張っていきたいと思います。みなさんどうもありがとうございました。

私が日本に参りましたとき、この中部国際空港に着陸をした時にですね、エアアジアの飛行機が2機とても寂しいそうに止まっているのを見ました。世界で一番寂しい2機だったんじゃないかと思います。2年間の間、あそこにああやって放置されて就航を待っていたわけです、Cチェックも終わって、マガジンの中にも登場しながらもなかなか初飛行ができなかった可哀想な飛行機です。それは終わったこととして、なかなかいいことに時間がかかるということで、ベストを望めば時間がかかるとのことでお許しいただきたいと思います。本日私はスピーチ、予定されていたよりもうんとうんと長くお話をしておりますけれども、2年半も待った後のスピーチですのでお許しください。そして私のスピーチをこれで長いなと思うような人は、地獄に落ちれば良いと思います。そして私のスピーチは長くなっていますけれども、エアアジア・ジャパンは遅刻なしで飛びたいと思います。ここにいる秦社長がオンタイムを約束してくれます。どんなに天候が悪かろうと、どんな条件であろうとオンタイムを約束しますので、皆さん楽しみにお待ち下さい。

スタッフにもお礼を申し上げました。そして私の大事なエナジードリンクの話も申し上げたいのですが、今夜パーティーがありますので、「眠眠打破」を飲みながらパーティーまでエネルギーをキープしたいと思いますが、三木谷さんを紹介します。皆さんご存知の通り、楽天の三木谷さんです。アルペンやノエビアの株主の方と同様、私を支えていただいている方です。もともとバーで知り合ってこの話が持ち上がったんですが、彼も日本を大きく変えてきた人です。私にとってはただの飲み仲間です。

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