元「モー娘。」メンバーが抗日ドラマに出演…!中華系「あの人は今」

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芸能界やニュースの世界では、様々な人たちが次々と一世を風靡して、また消えていく。これはかつて日本のメディアに登場した中国人や台湾人たちも例外ではない。そこで今回は、そんな中華圏の懐かしい人々がいま何をしているのかを、本人たちのSNSや中華圏の報道をもとにご紹介してみることにしたい。

(なお筆者の世代的な理由から、取り上げる人たちは1990年代〜2000年代の有名人が多くなった。ご了解いただきたい。)

元「モー娘。」ジュンジュンの場合

[本名:李純 モーニング娘。第8期元メンバー 現在29歳]

まずは「モーニング娘。」の第8期メンバーとして2007年から2010年まで活動し、可憐な容姿から日本でのファンも多かったジュンジュンの現在から紹介していこう。彼女は「娘。」を卒業後に帰国してからは北京電影学院で演技を学びなおし、中国国内では歌手としてより女優をメインに活躍。いつしか芸名を李沁謡に変更し、2014年末に音楽プロデューサーと結婚した。

現在でも微博(中国版ツイッター)に「娘。」時代の経歴を載せ、当時の写真をツイートしたりもしているため、日本で暮らした青春時代は割とよい思い出であるらしい。2015年に亀を飼って「えり」と名付けたとのこと(ジュンジュンは同時期に同グループを卒業した亀井絵里と仲良しだった)。

中国国内での女優活動は、最初は学園モノや青春モノに出ていたのだが、2016年には満州事変を描いた抗日ドラマ『東方戦場』で、極悪非道な日本軍の奇襲を受けて殺される中国共産党地下党員の女性記者役を演じることとなった。

※抗日ドラマで中国共産党の女性党員役を熱演するジュンジュン。かつては「ニッポンの未来は」と歌っていたはずなのだが、もはや遠い世界に行ってしまった。『新波電影』より。

ジュンジュンはさらに、新疆ウイグル自治区の開拓屯田兵・新疆生産建設兵団の成立60週年を紀念する愛国国策映画『伊犁河谷』(2016年公開)にも主要な役柄で出演。政治的にヤバい匂いが漂う役を次々ともらうようになっている。今後の彼女がどこに進んでいくのか注目したい。

セレブだらけな中華女性芸能人の面々

他の中国・台湾系グラドルや女性芸能人のいまについても見ていこう。彼女らは日本のテレビや関係者のブログなどで動向が伝えられている例も少なくないので、記述は比較的あっさりと済ませたい。

<1.リンリン>

[本名:銭琳 モーニング娘。第8期元メンバー 現在26歳]

2010年の「モー娘。」卒業後に帰国。同期のジュンジュンとは違い、中国では多少の歌手活動やイベント出演をするくらいで芸能活動は低調だったが、2014年11月に不動産会社の社長と結婚して翌年に出産。やがて日本テレビの取材を受け、浙江省内で5億円相当の豪邸に住んで、後進アイドルたちのプロデュース業をおこなっていることを明かした。

<2.ローラ・チャン>

[本名:陳怡 元グラビアアイドル・タレント 現在30歳]

現在は「ローラ」と言えばモデルのバラドルのほうが有名だが、ゼロ年代はこちらのローラ・チャンのほうが有名だった。グラビアアイドル兼タレントで、2008年にはNHKの中国語会話にも出ていた浙江省杭州市出身の中国人女性である。

彼女は2012年に日本での芸能活動を切り上げて帰国。本人の微博やインスタグラムによれば中国国内で2016年10月に結婚、翌年4月に男の子を出産。本人が公開した写真を見る限り、大富豪ではないがそこそこ豊かなおうちに嫁いだ模様だ。

余談ながら、2010年に私(筆者)の知人がたまたま旧正月の帰省途中の彼女と飛行機で隣に乗り合わせたことがあり、そのときの彼女は父親のために手作りしたバレンタインチョコを大事そうに持っていたとのこと。いい人である。

※本人の微博で結婚報告をするローラ・チャン。インスタを見るとその後も幸せに暮らしているみたいでなにより。

<3.インリン様>

[本名:顔垠凌 グラビアアイドル・歌手など 現在41歳]

やはりゼロ年代に「エロテロリスト」の二つ名でブレイクしたグラビアアイドル兼歌手(ほか活動多数)。無国籍的なイメージが売りの日本育ちの台湾人で、けっこう喋れるエンターテインナーだったことからバラエティ番組でも人気であった。2004年からはプロレスのハッスルに「インリン様」として参戦。

2008年に日本人男性と結婚し、やがて台湾に移住。現在は2男1女の母で、芸能活動は完全にやめてはいないもののアメーバのオフィシャルブログの内容は完全に育児ブログに変わっている。ママがんばれ。

<4.ケディ>

[本名:丁緂蒂 ブラックビスケッツ元メンバー 現在35歳]

1990年代後半、日テレの『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』の企画ユニット、ブラックビスケッツのメンバーだったことがある上海出身の元気娘。同ユニット加入中にリリースした『Bye-Bye』は68万枚を売り上げた。

ケディは2000年に帰国。その後、ゼロ年代には何度か日本で芸能活動を再開したり、故郷の上海でちょっと活動したりしていた。やがて2015年に来日した際には、すでに結婚して小さな子どもがおり、赤ちゃん用品を爆買いしていたことが天野ひろゆきのブログで明らかにされた。

結論から言えば、全員が結婚して子持ち。更にみんな比較的裕福で幸せになっているというすごい結果に。日本人のアイドルが、人によっては悲惨な末路をたどる例も多いのと比べると奇跡のようである。中華系女性タレントは、帰国や移住という形で日本の芸能界と完全に「切れる」ことが可能なので、第二の人生の幸せをつかみやすいのかもしれない。

なお、他の有名人だと1990年代に電波少年シリーズでおなじみだったチューヤン(本名は謝昭仁、現在45歳)がいる。彼は2005年に香港に帰国後、芸能人から裏方に転身して現在は香港のラジオ局・香港商業電台でクリエイティブディレクターを務めている模様で、ネット検索するとたまにイベント企画者などのスタッフとして名前が出ている。

爆笑中華ロボ「先行者」の開発者と開発元のいま

日本のインターネット黎明期だった2001年ごろ、一世を風靡した『侍魂』というテキストサイトがある。こちらで紹介されて当時のネット民の大爆笑を巻き起こし、17年後の現在でもネット上で伝説化している中華ロボットが「先行者」だ。

当時の『人民日報』は先行者について、身長1.4メートル体重20キロ、湖南省長沙市の国防科技大学が10年にわたる開発の末に作り上げた中国最初の人間型ロボットで、ある程度の会話能力と毎秒2歩(速い!)の自力歩行能力を持つと伝えていた。

だが、外見があまりにもお間抜けすぎたことと、それに比して『人民日報』が伝えたスペックが高すぎて逆にヨタ話くさかったため、当時の日本のネット民からネタにされてしまったのだった。

※2000年11月29日、はじめて報じられた先行者の姿(左。『人民網』)と、別ショット(右。『中国数字科技館』)。試作品は少くとも3体作られた模様?

……しかしながら、先行者の開発元である国防科技大は、党中央軍事委員会に直属する人民解放軍の理系高等教育機関。学力的にも中国トップクラスであり、2017年現在のアジア大学ランキングに照らせば京大くらいには匹敵してもおかしくない超エリート校だ。

しかも、中国当局は研究開発に潤沢な資金を投入し続けている。先行者が誕生した2000年には日本の4分の1しかなかった中国の名目GDPは、2017年現在は日本の2.4倍にまで爆成長(なお、日本のGDPは17年前とほぼ同数値のまま)。もはや国防科技大の開発資金力は、日本国内のいかなるロボット研究機関をも上回っていると思われる。

結果、さらなる開発に邁進した国防科技大は、ついに中国版ロボコップを開発して2016年6月に深圳空港に実戦配備。また人民解放軍向けに、偵察任務を担えるロボットソルジャーも発明した。いっぽう、かつて『侍魂』が先行者と比較したソニーのロボットは2006年に開発がストップされ、もはや「なかった話」に等しくなっている(ホンダはまだがんばっているようだが)。

※国防科技大が開発した中国版ロボコップ(上。『人民網』英語版)と、ドローンを備えて偵察任務をこなすAI搭載ロボット兵士(下。『軍械庫』)。いずれも先行者の17年後の子孫だ。

気になる先行者のボディについてだが、残念ながら2003年ごろから先の動向は不明。ただ、2010年代になっても「中国ロボット発展史」といった文章でしばしば言及されており、中国国家や学会から決して「黒歴史」扱いはされていないらしい。国防科技大の研究室の一角で、引退して静かな余生を過ごしているのではないかと思われる。

なお、先行者の開発に携わった国防科技大の馬宏緒教授と周華平教授は、現在でも国防科技大で教鞭を執る。馬先生は国際オリンピックAIボット協会の中国区委員会主席に就任。2016年12月に湖南省の名門小学校で開かれたロボットイベントに出席し、ロボットのおじさんとして少年たちに親しまれていることが報道から確認できる。

伝説の中国陸上チーム「馬軍団」コーチのその後

1990年代前半、スポーツ界の話題となった「馬軍団」(馬家軍)を覚えている方はいるだろうか? 1992年のバルセロナ五輪をはじめ、広島アジア大会や世界陸上など90年代半ばの競技会で次々と世界記録を叩き出し、「中国の奇跡」とまで称された伝説の女子陸上選手団である。

その元コーチが馬俊仁氏(73歳)だ。体育教師だった彼は選手経験が一切ないにもかかわらず、1988年に遼寧省の女子陸上チーム監督に就任。「馬軍団」として中国にメダルラッシュをもたらし、国民的英雄となった。ちなみに、1994年には日本の日商岩井が馬氏と提携して「馬軍団ドリンク」を発売し、巨人の桑田真澄氏が愛飲して話題になったこともある。

だが、馬氏の指導は当時から賛否両論があった。10〜20代の女子選手に男女交際禁止令を厳命し、1日30キロ以上の走り込みを強制。常人の3倍以上の食事を食べさせ、スッポンの生き血や冬虫夏草を飲ませていたほか、ドーピング疑惑も常に噂されていた。

結果、アトランタ五輪金メダリストの王軍霞が1994年に軍団を脱退するなど、猛特訓と怪しいトレーニングに耐えかねた教え子の反乱が続発。薬物使用疑惑も絶えず、ついに2000年のシドニー五輪では中国五輪委が馬軍団の代表選手枠を取り消し、やがて馬氏は陸上界を去ることとなった。

……ところがその後、馬氏はなんと1匹の価格が10万元(約170万円)にもなる高級犬種、チベタン・マスチフのトップブリーダーに転身。馬軍団ならぬ犬軍団の総帥として繁殖センターを経営し、第二の人生でひと花を咲かせることとなる。

インタビューで明かされた馬氏のその後

2010年11月ごろ、私は講談社『フライデー』の記者として馬氏に電話インタビューをしたことがあった。以下、当時の掲載原稿を多少修正したものをご紹介しておこう。

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――陸上界からトップブリーダーに転身された理由は?

馬:2004年の馬軍団の解散当時、ワシはすでに60歳だった。退職を機に、余生を「犬」という趣味につぎ込もうと決めたのさ。

――ご経営されている繁殖センターの収益は?

馬:儲けか。計算したことがないから知らんわい。

――今後のビジネス展開は?

馬:2010年11月8日、繁殖センターを北京から地元の遼寧省大連へ移転した。名も「馬俊仁チベット犬観光パーク」と変えて、観光地化していきたい。日本からのお客も大歓迎だ。うちの犬をぜひ買ってくれ。この馬俊仁の育成能力に全幅の信頼を置いていただきたい。

――陸上選手とチベット犬、どちらの育成が得意なんですか?

馬:どちらもお手の物だが、犬は“裏切らない”からねえ……。訓練の甲斐があるぞ。フフフ。

――現在、広州アジア大会が開催中(注.取材時点)ですが、中国の陸上選手団に一言。

馬:陸上の話は勘弁してくれ。現在のワシは一介の愛犬家にすぎんのだ。

――それはドーピング疑惑の件が原因なのでしょうか?

馬:ノーコメントだ。

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とまあ、実に食えないおっさんだったが、彼の人生はその後もなお変転する。2013年に成立した習近平政権のもとで贅沢禁止の風潮が強まり、チベタン・マスチフの価格が大暴落。今回、取材のため馬氏のチベット犬センターを調べてみたところ、ホームページがノットファウンドになっていた。

※最近の馬俊仁氏。チベット犬飼育についても「カネ儲け目的のイヌ転がし」などとメディアに書かれ、大変である。『騰迅体育』より。

2015年には元選手の王軍霞からコーチ時代の性的虐待を告発されたり、2016年に別の元選手がドーピングを強要されたことを証言したりと、70歳をこえた現在もなお騒動の渦中にある馬氏。なんとも浮き沈みの激しい人生もあったものである。

キョンシーガールは体育ガールになっていた

キョンシーと言えば、現在30代後半の人には郷愁をかき立てられる方も多いのではなかろうか。1980年代半ば、まず香港映画の『霊幻道士』がヒット。その後、これを後追いした『幽幻道士』シリーズが日本でもゴールデンタイムにバンバン放送されて大ブームとなった。

当時、全国の子どもの間では両手を前に突き出して膝を曲げずにジャンプする「キョンシー跳び」がやたらに流行。「息を止めればキョンシーに狙われない」などといった意味不明な知識がずいぶん広く共有されていたものであった。

『幽幻道士』シリーズのヒットは、キョンシー自体の人気以上に、キョンシー退治名人の女の子・テンテンのかわいさによるところが大きかった。

このテンテンを演じたのが、台湾人の名子役・劉致簱(シャドウ・リュウ、現在39歳)だ。劉……もといテンテンはその後、日本に留学してしばらく芸能活動をおこない、水着グラビアを出したりアイドルグループ黒BUTAオールスターズ第3期に加入したりしたがあまり芽が出ず(なお、黒BUTAオールスターズにはELTのヴォーカル・持田香織も加入していたことがあるが、彼女は第2期である)。

テンテンはしばらく日本と台湾を行ったり来たりしていたが、2010年から完全に台湾に拠点を移した。2014年に現地で連ドラに出たりしている(それほどメインの役ではなさそうだが……)。

本人のフェイスブックを確認すると、現在でもマネージャーがついており、芸能活動は継続している模様。お父さんがいまなお活躍中の台湾の名優であるためか、経済的には割と裕福そうな感じだ。

現在のテンテンは、リベラル国家台湾の大人の女性らしく、奨学金の呼びかけや教会の投稿をシェアしたり、現地で大きな盛り上がりを見せた同性愛合法化デモに賛意を示したり、献血や動物愛護を訴えたりと社会貢献に熱心。スポーツ好きであり、自身もトライアスロンに参加している。

今年の3月11日、Yahoo!Japanの震災支援リンクを投稿するテンテン。いい人だ。

ちなみに『幽幻道士』シリーズ中でいい味を出していた仲間のスイカ頭を演じた劉至翰(ジョニー・リュウ、現在42歳)は、実はテンテンの実兄。子ども時代の三枚目イメージとは違い、成長後はイケメン俳優として様々な作品に出演したが、2008年に台湾芸能界の搾取体質に異を唱えて一時的に干されたという経歴を持つ。

スイカ頭は作中で仲間を守るために爆死したのだが、リアルのスイカ頭も爆発炎上と縁が強い後世を送っているようである。

……とまあ、以上のように中国&台湾系有名人の現在の姿は中華世界のカオスを感じさせてならないものが多い。彼らや彼女らが今後、いかなる第二の人生をつむいでいくのか、引き続きウォッチしていきたいところである。