KinKi Kids20年の軌跡をザテレビジョンのインタビュー記事で振り返る

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今年20周年を迎えたKinKi Kids。今週末に行われるテレビ朝日主催のライブイベント「テレビ朝日ドリームフェスティバル2017」では、突発性難聴で休養中だった堂本剛もステージに復活。再び20周年イヤーを駆け抜ける。

デビュー当時からKinKi Kidsを追ってきたザテレビジョン

そして、ザテレビジョンも今年35周年の節目を迎えた。KinKi Kidsとはもちろんデビュー前からの付き合いだ。過去の記事をピックアップしてテレビを振り返る【ザテレビジョン35周年特集】、今回は、二人がザテレビジョンだけに語ったKinKi Kidsの軌跡を振り返る。

■ デビュー曲1位アーティストに「僕らも入れたんかぁ〜」(剛)【97年8月1日号】

Jr.時代からすでに人気のあった二人のCDデビューは‘97年7月21日。アルバム「A album」&シングル「硝子の少年」を引っ提げての華々しい船出だった。当時、二人はともに18歳。デビュー記念でザテレビジョンに登場した二人は、インタビューでこんなことを語っている。

光一「きょうスタッフの人たちと話をして、僕らのCDデビューについて、長いこと、めちゃくちゃ考えていてくれたってことがわかったんや。それを聞いて、本当にうれしくなった」

剛「そうやなぁ。僕らが一曲一曲に思い入れがあるのと一緒で、ファンの人もCDデビューを待っとってくれたと思うし。これまで以上に、音楽活動に真剣にならなあかんよな」

光一「自分たちで詞や曲を作ったりもしていきたいし」

そして、リリースした「硝子の少年」はチャート初登場1位に。‘97年9月26日号では、ひと夏の活動を振り返り、こんなやりとりも。

光一「今年の夏はいろんなことがあったな〜。CDデビューもできたし」

剛「僕は映画『劇場版 金田一少年の事件簿 上海魚人伝説』(‘97年)の上海ロケで、スイカにあたっておなかもこわしたし(笑)」

光一「やっぱり一番大きかったのはCDデビューかな…。そういえば新聞で見たんやけど、デビュー曲がオリコン1位だった人たちって、歴代8組くらいしかいないんやって!」

剛「ホンマ? 僕らもその中に入れたんかぁ〜。次は自分らでつくった曲も入れたいね。早く歌詞カードに、作詞・作曲/堂本剛って載るようになったらええんやけどなぁ」

そして二人は、曲づくりもできる本格デュオとして歩み始めた。

■ 記録より「ファンが、自分が納得できることが大事」【‘02年5月10日号】

‘00年3 月、「LOVE LOVE あいしてる」のオープニングテーマとして光一・作曲、剛・作詞の「好きになってく 愛してく」をリリース。自ら曲づくりもするようになり、表現の幅が広がった二人。’00年3月17日号のインタビューでは、光一が今後についてこう話した。

「僕らで作詞作曲してCDに入っていない歌を集めてKinKiオリジナルのアルバムを制作するっていうのも、おもしろいと思う。でもそれも時期がくれば自然とできるんだろうしね。無理強いはしない。やっぱり平常心、流れのまま歩いていくのが“ボク流”なんだよね」

以来、リリースした全シングルをデビューから連続して初登場チャート1位に送り込んできた二人。連続13曲がギネスレコードとして正式認定され、’02年5月1日リリースの「カナシミ ブルー」で自身初の記録更新を果たした。5周年イヤーの‘02年5月10日号、同曲リリース時のインタビューではこんなトークを。

剛「ギネス記録については、いい意味でどうでもいい…かな。もちろん1位を取れれば、それはそれでうれしいんやけど」

光一「順位で評価される部分はあるけど、どういう音楽求められてるかわかりづらい時代だからね。狙ってやるといっても、限界がある」

剛「記録とかそんなことより、ファンの子が納得してくれるいい曲を出すことが大前提やないかな」

光一「うん。あとは自分らが納得できること。そういう意味でも、この『カナシミ ブルー』は大好きな曲。いくつかあった候補曲から“この曲が一番いいよなぁ”って珍しく二人の意見が一致したな(笑)」

現在も記録は更新中(38作連続)。だが、記録より記憶に残るアーティストに――そんな二人の思いは変わらない。

■ “H”に込めた「ふたり」「HAND」の意味【‘05年11月25日号】

“A”から順番にリリースしてきたアルバムタイトルがこの年、8番目の“H”に。‘05年11月16日リリースの「H Album -H・A・N・D-」には、KinKi Kidsが手を取り合って、という意味が込められた。リリースをきっかけに“KinKi Kids”として活動することの意味を問うたそれぞれの心のうちは――。

剛「今回はKinKiっぽい曲もそうじゃない曲も二人で歌ってるし、ソロ曲はそれぞれKinKiを飛び越えたアプローチやったり。そういう意味では、今現在の光一のカラーと俺のカラーが合わさったアルバム。それを何色って当てはめるのは難しいんやけど」

光一「今までもKinKiはいろんなジャンルの楽曲をやってきたし、欲張りでいることがある意味俺らの強みかもしれないなと思うんだけど、今回、それがさらに広がった。どの曲であっても、二人で歌えば自然と二人の曲、KinKi Kidsになるというか。これは俺らにとっていい兆候なんじゃないかな」

CDデビュー10周年を迎えた‘07年には、アルファベット1文字を順番に、というタイトルの法則を初めて離れ、“10周年”“第2のデビュー”の意味を込めたアルバム「φ(ファイ)」をリリース。本来、φとは“何にも属さない”という意味。その真意について、’07年11月23日号のインタビューでこう語った。

剛「珍しい苗字の二人が縁あって今日まで一緒にやってきた。初の関西発ジャニーズ、そして初のデュオ。そんな異色な使命のようなものを、何かを感じてるKinKi Kidsというものを二人でこれからも作っていきたい。だから、11年目に向かう僕らを象徴する記号が『φ』なんですよ。11年目に向かう僕たちは、これまでと同じことだけをしているわけにはいへん」

光一「10周年っていうのは全然意識してないけど、まぁ、今回のアルバムはちょっと特別かな。あ、『J album』っていうタイトルのアルバムはないの?って思った人、次は元の流れに戻って『J』を出すつもりだから心配いらんよ(笑)」

■ “絆”“感謝”そして…“KinKi Kids”【‘11年11月18日号】

そんな流れでリリースしてきたアルバムが、ついに11番目、『K album』に到達。“K”といえば…KinKi Kids。このアルバムは松本隆、山下達郎、吉田拓郎、DREAMS COME TRUEらそれまでのKinKi Kidsの楽曲制作にかかわってきた作家陣が一同に会し2年をかけて制作された、特別なアルバムになった。そして、“K”にはほかの意味も。’ 11年11月18日号のインタビューではこう語った。

剛「今回の作品には、全体を通してこれまでの“絆”や“感謝”ってキーワードも込められている。ここに入ってる曲をステージで鳴らすときは、僕自身きっといろんな感情がこみあげてくるだろうなって思います」

光一「ただ、『K album』だからといって、これを集大成だとは僕は思わない。むしろ、ここからまた何かが始まるような気がしてる。だから、KinKi Kidsの新たなスタートの1枚だという気持ちなんです」

■ 「愛ある21年目」に向かって――新たな挑戦【‘16年9月30日号】

そして今年20周年を迎えたKinKi Kids。昨年、20周年を目前に行った「N album」のアリーナツアーでは、KinKi Kidsが初めてコンサートを行った思い出の場所・日本武道館にも立った。「アリーナツアーに武道館があるといいな、と思ったのが実現した」という剛は、アリーナツアー、そして目前の20周年についてこんな思いを話してくれた。

「ボクは、お祝い事が近いからといって、何か特別なことをするのはくすぐったいんです。支えてくれる人に対する感謝の気持ちはいつもおんなじやから。だからボクは、ファンのみんなやスタッフさん、(吉田)拓郎さんとか(山下)達郎さんとか、支えてくれたみんなを主役にしてお祝いしたいし、キンキの生みの親であるジャニーさんをステージに上げて祝福したいくらい(笑)。涙を流して感動とかじゃなく、腹抱えて笑うみたいな時間を持ちつつ、楽しく過ごせたらええなと。そして愛ある21年目、22年目を想像できるための20年目を、いつもと同じように過ごしたいですね」

二人そろって、KinKi Kidsの歴史の新たな1ページが始まる。