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もくじ

ー もしもマクラーレンF1と戦ったら
ー 単純なきっかけと複雑な過程
ー ウインカーレバー1本が90万円!
ー ふたつの驚き 強烈な体験
ー 完壁だけれど「魅力的ではない」

もしもマクラーレンF1と戦ったら

こんな場面を思い浮かべてみてほしい。どこまでも続く長いストレートの起点に2台のクルマが並び、いつでもスタートできるように身構えている。1台はマクラーレンF1。もう1台は奇妙な昆虫のような形のマシンである。

その脇腹とルーフには巨大なエアインテークが口を開けている。ノーズには赤地に白い文字でBUGATTIと書かれたエンブレム。テールにはEとBの文字を組み合わせたバッジが付く。

コックピットの背後に鎮座するエンジンはむき出しで、そこには16と4という数字が刻まれている。そう、コイツこそが「世界最速」を高らかに謳うブガッティ・ヴェイロンだ。

マクラーレンF1が先に走り出した。V12の咆哮とホイールスピンとともに、地平線の彼方めがけて猛然と加速していく。

3.2秒後には100km/h、6.3秒後には160km/hに到達し、10秒後には215km/hを超える。

そしてそのタイミング(つまりマクラーレンより10秒遅れ)でブガッティがスタートを切る。ヴェイロンは4WDなのでホイールスピンはほとんど皆無だ。あたりには凄まじいサウンドが響き渡り、ロードカーではこれまでに見たことのない強烈な加速を開始する。

2.46秒後、ヴェイロンは100km/hに達し、その後2秒とかからずに160km/hオーバーの領域に突入していく。そして信じられないことに、10秒遅れでスタートしたにもかかわらず(その時点でマクラーレンF1はすでに210km/hで走っている)ブガッティはマクラーレンと同じタイミングで320km/hに到達する。

この説明を聞いても、まだヴェイロンがどれだけ速いのかピンとこないかもしれない。われわれもそうだった。だが、シシリー島でコイツをまる1日走らせた今は違う。

この新しいブガッティはとにかく衝撃的で、信じられない高みにあるクルマだ。世界一速く、世界一パワフルなロードカーというだけでなく、掛け値なしに世界で最も進化したクルマである。

単純なきっかけと複雑な過程

ブガッティ・ヴェイロンの誕生にいたるプロセスが容易なものではなかったことは、みなさまもすでにご存知のことと思う。

そもそものきっかけは、当時のフォルクスワーゲン・グループ会長=フェルディナント・ピエヒがある日思いついたシンプルなアイディアだった。

彼は1000psの最高出力と100万ユーロの価格、最高速度400km/hオーバーのパフォーマンスを持つクルマを作りたいと考えたのだ。

それは誰もが実現不可能だと思う数字の組み合わせだったが、ピエヒの頭の中ではそうではなかったらしい。

1999年までにスタイリング案とエンジンの試作品が出来上がった。当初のエンジンは18気筒。しかし2000年に行われたリスタイリングとともにパワープラントはフォルクスワーゲン製の4.0ℓV8ユニットを2個合体させた16気筒に変更される。

そして1年後、フォルクスワーゲンはヴェイロンを実際に生産することと、それが1001psのパワーと400km/hオーバーのスピードを持つことを発表した。

ここからが本当の苦難の始まりだった。プロジェクトがスタートするないなや、エンジニアたちはこれほど巨大なパワーと途方もないスピードを公称するクルマを実際に作るのは恐ろしく困難だということに気がついた。

彼らは必死にこのプロジェクトに取り組んだが、1年半が経過しても成果らしい成果はまるで上がらなかった。そのため新生ブガッティの初代責任者=カールハインツ・ノイマン博士が更迭され、開発チーム全体の刷新が図られた。

2003年末、まずヴォルフガング・シュライバー博士が新しいチーフエンジニアに任命された。彼はフォルクスワーゲン/アウディで主にトランスミッションの開発を担当してきたエンジニアで、DSGギアボックスの生みの親でもある。

そしてその数カ月後、元銀行家で、レーシングドライバーとしてもル・マンなどで活躍した経歴を持つトーマス・ブシューが社長に就任した。彼はフォルクスワーゲンの会長、ベルント・ピシェッツリーダーが自らヘッドハンティングしてきた人材である。

この絶妙の人事が功を奏したのか、それからわずか2年間でコンポーネンツの実に95%が変更あるいは新設計され、ヴェイロンはついに現実のものとなった。ピエヒが当初掲げた目標はすべて達成されたのである。

ウインカーレバー1本が90万円!

ブシューによれば、ヴェイロンは(ベントレー)コンチネンタルGTと比べてもほとんど遜色のない快適なドライビングが愉しめ、必要とあらば日常生活でもアシとして使えるフレキシビリティが特徴だという。

だが残念ながら、大多数のオーナーはそんな使い方はしないだろう。ブガッティは今後6年間に300台のヴェイロンを生産する予定だが、その大半は博物館やアートギャラリーに展示されたり、個人のコレクションとしてガレージにしまい込まれる。

メーカーが開発時に想定したような使い方--つまりアウトバーンの速度制限解除区間を400km/hでカッ飛ぶようなドライビングをするひとは少ないはずだ。

いずれにせよ、われわれはこのクルマに試乗するチャンスを得て、アウトストラーダやワインディングロード、市街地といったさまざまなシチュエーションで走らせることができた。

アウトストラーダでは320km/h近い速度も出した(直線がもう少し続いてれば軽く340〜350km/hまで行けただろう)。冷静に振り返ってみるととんでもないスピードなのだが、意外にも恐怖は少しも感じなかった。そしてそれはブガッティが意図したところでもある。

まずコックピットに乗り込む動作からして、ヴェイロンには緊張を強いるようなところがない。見事な作りのアルミのドアハンドルを引けばドアが大きく開き、少しばかり高くて幅のあるサイドシルをまたいでしまえば、カーボンファイバー製で豪華な革張りのシートに楽々と身を収めることができる。

室内でまず目につくのは、美しいロゼット模様が施されたアルミのセンターコンソールである。あちこちにきわめて高価なアルミとマグネシウムの特殊合金が使われていて、たとえばこの合金を使ってウィンカーレバーをひとつ作るのに約90万円かかるという。ヴェイロンはたとえ1台=1億6300万円の価格で売っても少しも儲からないクルマなのだ。

計器類は小さく、ごちゃごちゃして見えるが(特にスピードメーター)、全体的なルックスとしては世界でいちばん素晴らしいキャビンなのは間違いない。ただし、ドライビングポジションが低すぎる点と、Aピラーが太く死角があるのが気になる。

エンジン始動ボタンを押すと、スターターモーターの甲高い唸りが聞こえ、素晴らしいエグゾーストサウンドが轟く。その音質は大排気量V8のそれに似ているが、巨大なターボの吸気音をはじめとするさまざまな騒音が独特の凄みを醸し出す。

だが、それはランボルギーニやフェラーリのような魅力的な響きではない。ヴェイロンは圧倒的なサウンドというよりも、繊細なメカニカルノイズのハーモニーによって存在感を主張するクルマだ。

ふたつの驚き 強烈な体験

走り出してすぐにわかるのがスムーズな操舵感と、スロットルの微調整しやすさ、驚くほど滑らかな動きギアシフト、そして落ち着いた乗り心地である(それと同時に前方視界の良さと後方視界の悪さにも気づく)。

スロットルを全開にしたとき、このクルマがいかなる振る舞いとドライビングフィールを示し、どんなエグゾーストサウンドを聞かせてくれるのか。早く確かめたくて仕方がないが、そう簡単に全開にするわけにはいかない。1001psに敬意を表して、マシンと対話しながら徐々にペースをあげていくことにする。

そのプロセスで、わたしは「ヴェイロンがベントレーと同じくらい運転しやすい」というブシューの説明が決して誇張ではないことを悟った。

あまりにスムーズで、穏やかで静かな走りに戸惑いと疑念を覚えたほどだ。これで本当にマクラーレンF1を軽々と打ち負かすほどのパフォーマンスを持っているのだろうか。

そんな気持ちを抱きながらしばらく走り、開けた道路に出てから「ハンドリング」と記されたボタンを押してみる。すると即座に車高が数ミリ下がり、後方で巨大なリアスポイラーが持ち上がった。

4速ギアでスロットルを少し強めに踏むと、ペダルの総ストロークのまだ半分ほどしか使っていないのに背後からヒューという音が響き、コンマ5秒もたたずに強烈な加速が身体を襲った。ヴェイロンがついにその本当の正体を現わしたのだ。

わたしは驚いてすぐにスロットルを戻した。そしてしばらくは何が起きたのかわからなかった。ゆっくりと流しながら、わたしは直前に起こった出来事を頭の中で整理してみる。

スロットルペダルをストロークの半分ほど踏んだとき、ギアは4速で、スピードはわずか70km/hだった。それからものの2秒も経たないうちに、ヴェイロンは1速7500rpmでポルシェ911を全開発進させたときのような加速を見せたのだ。

そしてもうひとつ、強烈な体験が待ち受けていた。それもまた予想をはるかに超えたものだった。高速道路のランプに入り、まず3速ギアを選び、いったん60km/hまで減速。そこから思い切りスロットル・ペダルを踏み込んでみた時のことだ。

再び背後からヒューという音が響き、衝撃的な加速がわたしを襲った。それは何か強靱なゴムのようなものを限界まで引っ張ってから、いきなり放したような感覚だった。ダッシュパネルに黄色いランプが点滅するのが見えた。4速ギアで200km/hを超えるスピードで走行中に小さなバンプを越え、その瞬間、ESPが作動したのだ。

前方にコーナーが見えたとき、正直なところわたしはほっとした。スロットルを戻して、この容赦ない暴力的な加速を止める理由ができるからだ。この時点で、スロットルを最大まで踏み込んで10秒もたっていなかったはずだが、300km/hオーバーのスピードが出ていたと思う。

完壁だけれど「魅力的ではない」

その後、わたしはマウンテンロードへと向かった。1900kg近い車重と現代のF1マシンさえ凌ぐパワーを持つヴェイロンは、ワインディングロードを苦手とすると思っていたが、果たして、実に素晴らしいハンドリング性能を備えていた。ブレーキも、ステアリングもお見事というより他はない。

コーナーをハードに攻め始めても、程よいアンダーステアに躾られたシャシーのおかげで冷っとさせられることはない。車重の重さを考えれば、ボディコントロールも優秀だ。盤石のロードホールディングをもって、厄介な路面でも難なく平定してしまう。

そんなのつまらない?

そのとおり。いろんな意味において、ヴェイロンが世界最高のクルマなのは認める。そもそもこんな化け物のようなクルマを作ろうとしたフォルクスワーゲンの決断と、それを成し遂げたエンジニアの努力は素晴らしいと思う。

だが、すべてにおいて最高を求めたがゆえに、ヴェイロンはひとつの領域において失敗をおかした。そしてそれはスーパーカーにとってきわめて重要なものだった。

途方もないパフォーマンスと見事な洗練度を持ちながら、ヴェイロンにはドライバーを惹きつけるエモーショナルな魅力が欠けている。

隅から隅まであまりにも洗練されすぎていて、われわれの心をわくわくさせるようなフィーリングに欠けている。フェラーリF40やマクラーレンF1、ランボルギーニ・ムルシエラゴといった超弩級のスーパーカーには必ず「それ」がある。

もちろんブガッティは最初からそのような意図はなかったと反論するだろう。ブガッティによれば、ヴェイロンは「技術的に究極のクルマ」である。

ロードカーとしての洗練度と数値的なパフォーマンスを追求したクルマであって、エモーショナルな喜びや魅力的なエグゾーストノートは些細な問題だと考えている。ヴェイロンの技術的な指向性は「純粋なスポーツカー」ではなく、あくまでも「オールラウンドな最速マシン」なのだ。

確かにヴェイロンは1001ps(理想的なコンディションなら1100ps)ものパワーを秘め、400km/hオーバーという記録的なトップスピードを達成し、素晴らしく洗練された7段DSGギアボックスを持つ。

エンジニアリング的な達成度において、このクルマは今後長い間、いやおそらくは永遠に無敵の存在であろう。

しかしだからといって即「世界最高のスーパーカー」という称号を与えるわけにはいかない。

世界一素晴らしいクルマかと問われれば、その答えは間違いなくイエスだ。

しかし世界一魅力的なクルマかと言えば、必ずしもそうは思えない。そう言い切るには決定的に欠けているものがある。

2006年1月号