いま、「美術史」に注目が集まっている――。社会がグローバル化する中、世界のエリートたちが当然のように身につけている教養に、ようやく日本でも目が向き始めたのだ。10月5日に発売されたばかりの新刊『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』においても、グローバルに活躍する企業ユニ・チャーム株式会社の社長高原豪久氏が「美術史を知らずして、世界とは戦えない」とコメントを寄せている。そこで本書の著者・木村泰司氏に、知っておきたい「美術」に関する教養を紹介してもらう。今回は、15世紀イタリアで起きた「芸術家」の地位向上について解説。

ダ・ヴィンチは軍事技術者!?
ミケランジェロは空間デザイナー!?

 15世紀、イタリア人が愛着を込めてクァトロチェントと呼ぶ時代に、フィレンツェを中心として新たな建築、彫刻、絵画における芸術的な動きが興ります。ここで起きたのは、画家や彫刻家といった「美術家」の地位の昇華です。美術家は、労働者的な職人という社会的地位から、文化人貴族的な地位へと徐々にその地位を向上させていきます。

 そして、絵や彫刻が上手なだけなのは職人であり、神のように万能の人となって初めて芸術家と見なされるようになるのです。たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519年)は、履歴書で自分のことを軍事技術者と称し、ついでのように彫刻と絵画の技量を記していました。

 そのレオナルドを尊敬していたラファエロ・サンティ(1483〜1520年)も、本人は西洋絵画における絶対的な古典(規範=お手本)となりますが、レオナルドと同様に画家としてだけではなく建築家として活躍するなど、万能人としての側面がありました。また、同じ盛期ルネサンス三大巨匠の一人、ミケランジェロ・ブオナローテ(1475〜1564年)も、彫刻家、画家、建築家、そして現代的に呼べば空間デザイナーとしてなど、八面六臂の活躍をしています。

 つまり、その人物の精神や知性が反映された作品が、「商品」ではなく「芸術品」と見なされるようになったのです。16世紀以降、イタリアでの芸術修業が必須となるようになって以来、この概念が徐々にイタリア以外のヨーロッパ諸国でも広がっていきました。

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