文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「私は悪い人を信じたくない。それからまた善い人を少しでも傷つけたくない」
--夏目漱石

随筆『硝子戸の中』の第33章に書かれた夏目漱石のことばである。この章の冒頭、漱石は、次のように述べる。

自分は枯淡な生活を送ってはいるが、世の中に住む人間のひとりとして、まったく孤立して生存するわけにはいかない。人と交渉する必要がどこかから起こってくる--。

これはわれわれ現代人にも共通する至極当り前な事柄だが、漱石はそこに次のような考察を加えていく。

他者と交渉する際、人の言語動作をすべて正面から真に受けていると、時としてとんでもない人からだまされることもある。その結果として、陰で馬鹿にされたり、極端な場合には、面前で侮辱を受けることにもなりかねない。

だが、一方で、他人は皆、擦れからしの嘘つきだと決めつけて、はじめから相手のことばに耳も傾けないような態度でいたら、相手を誤解するだけでなく、とんでもない過失をおかして、罪もない人を侮辱してしまうこともあるかもしれない。

だまされるのはいやだが、善意の人を傷つけるのもしのびない。漱石は、人づきあいの難しさに苦悶するのである。漱石は言う。

「私の前にあらわれてくる人は、ことごとく悪人でもなければ、またみんな善人とも思えない。すると私の態度も相手しだいでいろいろに変わってゆかなければならないのである。この変化はだれにでも必要で、まただれでも実行していることだろうと思うが、それがはたして相手にぴたりと合って寸分間違いのない微妙な特殊な線の上をあぶなげもなく歩いているだろうか」

細やか過ぎる神経で、自身と他者と、その間に横たわるものを見つめ、漱石は最後にはこう嘆息する。

「もし世の中に全知全能の神があるならば、私はその神の前にひざまずいて、私に毫髪(ごうはつ)の疑いをさしはさむ余地もないほど明らかな直覚を与えて、私をこの苦悶から解脱せしめんことを祈る」

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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