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「文庫本『図書館貸し出し中止を』 文藝春秋社長が要請へ」。センセーショナルな見出しの記事が10月12日、朝日新聞で報じられた。記事には、出版社の収益の柱である文庫本の売り上げが減少していることから、文藝春秋の松井清人社長が翌日、東京で開催される全国図書館大会で訴えると書かれ、大きな反響を呼んだ。

しかし、松井社長が実際に語ったことは、読者から文庫本を読む機会を奪ったり、出版社だけの利益を求めたりする行為ではなく、作家、出版社、書店、図書館が共に作り上げてきた活字文化を維持するための「問題提起」だった。文庫本の販売金額は、2014年から毎年約6%の減少を続ける。文春でも全体収益のうち、文庫本が30%強。この売り上げが、利益には直結しない良書の出版を支えているのだという。

「図書館が文庫本の貸出を止めたとしても、その売り上げが急速に回復するとは思っていません。現在の出版不況はもっと色々な角度から考えなければいけない問題」と松井社長は明言する。それでもなお、なぜ図書館に対して文庫本の扱いについて「お願い」をしたのか。松井社長に「真意」を聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)

●文春にかかってきた抗議の電話に、社長自ら出て説明

――あの記事を見た時は驚きました。異論反論もあったのではないでしょうか。

朝日新聞の記事が出た後、年金生活者の方から抗議の電話が会社にかかってきました。私はできるだけ自分で受けるようにしていまして、今回は3人の方とお話できたのですが、一人の方には「文春は、貧困の高齢者に本を読むなということか!」と言われました。しかし、本が好きな方なら、出版社が今どのような状況にあるのか、きちんと説明すればわかってくださいます。

中には、「私は本が好きで、本を読みながらじゃないと寝られないんだよ」という方がいました。「でも、もう目が悪くて夜は2ページしか読めない」とおっしゃるので、「本は昼間に読んで、夜は睡眠薬だと思って、本を横にして2ページだけ読んで寝てください。酔ってる時は私も同じです」と言うと、笑っておられましたね。

――本当に本好きな方だったのですね。実際、全国図書館大会では、文春の収益のうち、話題を独占している「週刊文春」でも20数%で、文庫本はそれを上回る3割強であるなど、かなり赤裸々な数字を挙げて、出版社の現状を説明されました。

社内で怒られました(笑)。でも、そこまで正直にお話しないと、図書館の方々に伝わらないと思いました。文芸系出版社では、作家を発掘し、文芸誌で育て、単行本を出し、文庫につなぎます。しかし、文春の場合で言えば、純文学なら「文學界」、エンタテイメントなら「オール讀物」という文芸誌に掲載し、ここが作品の出発点となるわけですが、それぞれ年間億単位の赤字を余儀なくされています。単行本も毎月20冊ほど出版していますが、そのうち黒字になるのは5冊あるかないかです。

――一冊の本が世に出る過程において、出版社には編集、宣伝、営業などかなりの費用がかかってくるわけですね。

そうです。文庫はその最終形態で、そこで収益を取り戻しています。文庫本なら単行本が買えなかった若い方にも手に取ってもらいやすいですし、販売期間も長い。シリーズともなれば、まとまって書店に置いてもらえます。単行本ではあまり数字が動かなかった作家さんでも、文庫化されると一気に売れる方もいらっしゃいます。色々な投資をここで回収しているというのが、偽らざる話なのです。

さらに言えば、文庫本の稼ぎがあるからこそ、後世に残したいと思う良書を出版し続けることができます。例えば、新潮社さんから出版された松浦寿輝(ひさき)さんの「名誉と恍惚」という純文学があります。装丁も丁寧で美術品のような単行本で、価格は5000円です。純文学としてはあまり聞かない高価格ですが、それでも新潮社さんはこの作品を、後世に残すんだという強い意思の元に作られたのだろうと思います。そして、この作品は純文学の賞として最高峰にある谷崎潤一郎賞を受賞しました。

そこに象徴されるように、我々には作家を守るために、どうしても出さなければいけない良書があります。今はあまり売れなくても、後世に残したいと思った本を出すのは、文芸系出版社の矜持なのです。ですから、それを支えている文庫本は屋台骨と言ってもよく、その凋落は文芸系出版社にとって死活問題なのです。

●作家、出版社、書店と共存する図書館とは?

――では、もしも図書館が文庫本の貸出を控えたとしたら、売り上げは回復するとお考えですか?

図書館が文庫本の貸出を止めたとしても、その売り上げが急速に回復するとは思っていませんし、そういう話をしたこともありません。少なからぬ影響があるとは思いますが、低迷の原因は図書館にあるなどと言うつもりはないのです。現在の出版不況とは、もっと色々な角度から考えなければいけない問題です。

あの発言で本当にお伝えしたかったのは、「読書のマインド」です。本は基本的に本屋さんで買うものという意識です。高価でなかなかすぐには自分で買えないという本は図書館で借りて読み、せめて安い文庫本は買っていただきたいと思っています。

しかし、2015年の文庫の貸出実績を公表している都内の図書館を調べたところ、例えば荒川区では文庫本が全貸出の約26%を占めています。とにかく、貸出冊数を伸ばす、貸出冊数が多い図書館は市町村から評価されるというあり方もおかしいと思います。

――ご指摘の通り、図書館は1970年代から貸出を伸ばそうと努力してきた経緯があります。それ自体は悪いことではありませんが、一方で「無料貸本屋」という批判を招いてきたのも事実です。特に、2003年からは民間の企業や団体が図書館の運営を任される指定管理者制度が施行され、現在、指定管理者の図書館は400館以上と言われています。自治体が図書館を運営させる上で貸出冊数や利用者数を目標に掲げ、それが図書館に対する一つの評価基準になってしまっている側面があり、図書館界でも議論になっています。

もちろん、そういう空気の中で変わってきている図書館もあると思います。今年6月に開館した愛知県安城市の図書館「アンフォーレ」では、地元ご出身の作家である沖田円さんの本の多くが陳列され、禁帯出になっていると聞きました(編集部注:一部貸出あり)。当然、利用者から「借りられないんですか?」と聞かれますよね。そうすると、図書館では「書店で買ってください」と答えるそうです。

地元の作家さんをみんなで応援する、一つの理想だと思います。そうやって本を買っていただくことで、作家、書店、出版社、そして図書館が共存できるわけです。直木賞作家で、直木賞の選考委員でもいらっしゃった作家の阿刀田高さんは今、山梨県立図書館の館長を務められていますが、ベストセラーの複本は置かないとおっしゃっています。図書館にはそうした毅然とした姿勢をとっていただきたいのです。

――出版社も苦境にありますが、今、全国で町の書店の疲弊も問題になっています。町で本と接する場を探そうとすると、結局、図書館だけになってしまう自治体が増えています。

それも、「全て図書館のせいなのか」という話になりますが、そんなことはありません。しかし、現実に全国の書店が1万3000店を切ろうとしています。どれだけ図書館が影響しているのかは、データがなかなかありませんし、そんな簡単な因果関係で話をしているつもりもありません。そうではなくて、繰り返しますがマインドの問題なのです。

●図書館の本は「資料である」という意識

――図書館は無料で本を楽しめる場でもありますが、他の役割もあるということでしょうか。

最近、同窓会があって友人と集まる機会がありました。彼らに聞いてみると、大体幼稚園か小学校低学年の頃、親に連れられて図書館へ行き、本の面白さを教えてもらいます。小学校高学年になると、スポーツに打ち込んだり、女の子が気になるようになったりして、本から少し離れます。でも、高校生ぐらいになると、本は面白いものという子ども時代の体験があるから、書店にふらっと寄って、自分で本を選んで買ってみるわけです。それで書棚に少しずつ本を揃えていく。

私で言えば、図書館を再び訪れるようになったのは、大学に入ってからです。レポートを書く資料を探しに通いました。今、「資料」と言いましたが、図書館の本はまさに「資料」なのです。そして、大学4年の昭和48年、みすず書房さんから「日本の精神鑑定」という本が出ます。大きな事件の犯人の精神鑑定が掲載されている名著なのですが、当時で6000円。45年前の大学4年生にはとても買えませんでした。

しかし、図書館には禁帯出の資料として入っていたので、毎日通って読みました。私は事件ものを読むのが好きで、この本がきっかけの一つとなって、この会社に入りました。今の自分の仕事は、図書館の資料から生まれたと思っています。そういう大きな「読書」という流れの中に、出版社も書店も図書館もあったはずです。

――図書館の本は「資料である」というご指摘ですね。

先ほども申し上げた通り、我々は初版5000部ぐらいの文芸書も毎月出しています。多くが赤字です。でも、後世に残すべき良書を出版しなければならない、という矜持を文芸系出版社は持っています。それをちゃんと支えてくれているのは、実は図書館でもあるのです。例えば、全国の公共図書館が3200館と言われていますが、本当に評価される本は、そのうち1000館以上が置いてくれたりします。これは本当に感謝すべきことで、図書館の役割を十分に果たしていただいていると思っています。

図書館では、「本」と呼ばず「資料」と言われます。ただ貸出するのではなく、後世のために保存する必要もあります。板橋区立図書館で平成27年度の除籍冊数を公表していました。それでみると、除籍になった文庫・新書のうち、汚れたり壊れたりした本が47.1%。つまり文庫本は消費するものであって、図書館の「資料」として保存していくには向いていません。

●なんでも「無料」という風潮に図書館は飲み込まれていないか?

――年々、図書館の資料費は減っています。そうした中、人気のある文庫本を揃え、貸出冊数を伸ばしていこうとする図書館もあるのかもしれません。

しかし、少ない資料費をベストセラーや文庫本に費やし、本当に図書館として保存すべき資料、良書を買うことができないとしたら、本末転倒ですよね。ですから、一度文庫本の扱いを見直していただくことで、利用者の方々には書店へ足を運んで本を買っていただく、そういう原点に戻って行けるのではという気がします。本屋さんに行けば、必ず魅力的な本がたくさん並んでいます。

少し前からデジタル化の波が押し寄せてきて、全てがフリー(無料)で手に入るという社会になってきています。コミックもゲームも今や無料で楽しめます。一方で、利用者は「無料で当然」「もっと便利なものを」とエスカレートしているような気がします。文庫本を大量に揃えている図書館は、利用者の要求に応えているのかもしれませんが、そうしたフリーの風潮に流されてしまっていないか、とも思います。図書館はとても読書に対して影響力がありますから、その役割をもう一度、考えていただきたいのです。

――2015年の全国図書館大会でも、新潮社の佐藤隆信社長が人気の新刊本について、「図書館では1年間貸し出さないでほしい」と呼びかけたことから、図書館と出版社の議論が始まりましたが、今後はどうなるのでしょうか。

今まで、図書館に何かお願いしたいと思っても、その機会がありませんでしたが、佐藤社長が口火を切ってくれたおかげで、今回は文庫本のことを申し上げることができました。図書館の方々が、出版社に意見を言えるチャンスを作ってくれたのもありがたいことです。

先日、私の友人が年金が入ったその日に、孫と一緒に本屋さんに行き、自分の子ども時代に図書館で読んだ「ハックルベリー・フィンの冒険」の文庫を買ってあげたら、とても面白いと言って、喜んでくれたそうです。本来、図書館も出版社もそうした読書体験の流れの中にあったはずで、なぜ作家が図書館に物申したり、出版社と図書館が意見を戦わせたりする事態になってしまったのだろうと思います。

しかし、出版社は図書館のことをまだまだ知らないし、図書館の人も出版社のことをご存じないのでは、と思います。お互い知らないまま、遠くから利益相反すると言い合ってきましたが、話し合いを続けることで、必ず共存共栄できるはずです。作家、出版社、書店、図書館は、読書という共通の体験の中、きれいな循環を作り上げ、もっと自然に流れていたはずなのですから。

(弁護士ドットコムニュース)