Part4  食とエネルギーを自給する循環型の島へ

宮古島と石垣島の間に位置する多良間村は、多良間島と水納島の2島に約1200人が暮らす農業の村。最も高い八重山遠見台(ヤーマドゥーミ)で海抜32.8mという平坦な多良間島は、長い歴史を持つ「多良間黒糖」の産地だ。宮古空港から片道20分。1日2往復、50人乗りのプロペラ機が飛ぶ。 

空港から、見渡す限りのさとうきび畑を縫うように車を走らせること約10分。多良間村役場に、6月の選挙で2期目の当選を果たしたばかりの伊良皆光夫村長を訪ねた。本連載では全4回にわたり、多良間村における地域づくりの取り組みと成果をお伝えする。  

 Part1   さとうきびとヤギと牛 子どもたちの島 多良間村  Part2  知られていない、おいしいものを島から外へ  Part3  世界の海を知るダイバーを魅了した“最後の楽園”  Part4  食とエネルギーを自給する循環型の島へ

 

「水あり農業化」で、島から出ていくお金を減らす 

多良間村には、精神的・経済的に豊かで幸せな状態を意味する「ゆかり゚」という多良間ふつ(多良間方言)がある。ここまで紹介してきた、物産や観光における産業振興の取り組みはすべて「ゆかり゚村」を目指してのことだ。1期目での取り組みが評価され、2期目をスタートさせた伊良皆村長は、「循環型の島に持っていきたいというのが一番の願いです」と村の大方針を総括する。 


多良間村の現在と未来について、1時間じっくりお話しをうかがった 

その意味するところは、「食とエネルギーの自給率を高め、島から出て行くお金を減らし、島外から入ってくるお金を増やす」こと。エネルギーについては風力発電と太陽光発電で自給率50%程度、食については“水あり農業”を実現し、農業の幅を広げて生産高の向上を目指す。 

担い手の高齢化が進む中にあっても、島の農業は成長中。2016年度の農業生産販売高は、史上初の15億円を突破した。「今現在、生活用水に関しては島の地下にある『淡水レンズ』と呼ばれる天然の貯水槽でまかなっています。雨の量によって増えたり減ったりしていますが、枯れたことはありません。汲み上げすぎてしまうと、海水が入ってきて復元に何百年もかかってしまう。そうならないように、守っています。自然の恵みで生活用水は足りているけれども、農業用水としては足りていないのです」。 

さとうきびの増産はもちろんのこと、かぼちゃを年間40t、葉たばこを9農家で1億円出荷する目標を立てた。それ以外にも、各農家が創意を発揮して、黒豆や島唐辛子、にんにく、ノニなどを栽培しており、品質への評価は高いそうだ。多品種化と安定・定量出荷ができれば、販路拡大ができる。その全ての基盤になるのが、水あり農業化だという。 

「国に直接かけあって国営事業化を目指しています。村が音頭をとって、農家を中心とした推進協議会をつくって取り組む計画。野菜や果樹に可能性を拡げて、もうかる農業をつくり、後継者を育て、観光にもいい波及効果をもたらし、質のいい雇用を増やすためです」。過去には、干ばつが発端となり、急激な人口減少に見舞われたこともある。伊良皆村長は、長きにわたる水不足との戦いに終止符を打ちたい考えだ。 

また、下水についても「循環型」志向での改良を検討している。現在は浸透型だが、集落排水型に転換。水は農業用水に再利用し、残渣はリサイクルして堆肥化、畑に戻す展望だ。さらには、さとうきび農家には助成制度を用意し、2倍のコストはかかるが、雨で流れにくく海を汚しにくい化学肥料の使用を促す。水利用を高度化し、豊かな状態を子や孫に残すことを大切に考えている。 

保育料無料、返済不要の奨学金。村ぐるみで人育て 

「子や孫のために」。その言葉通り、次世代を育てる政策も手厚い。以下は、子育て関連で予算をつけた施策をまとめたもの。 

・給食費無料 ・村営たらま塾の開設 ・全教室クーラー設置 ・保育所・幼稚園児保育料無料 ・預かり保育の開設 ・高校卒業までの医療費無料 ・定住を条件とする返済不要の奨学金 ・妊婦健診・宿泊費・渡航費の助成拡大 ・各種検定費の全額補助 

 

もっとも大きな課題である人口減少に、特効薬はない。2017年の第一回多良間村定例会で、伊良皆村長は地域のひとびとにこう呼びかけた。「様々な課題をいたずらに悲観するのではなく、人口減少の現実を受け止めながら我々にしかできない『時代に息吹く村づくり』が必要です。村民一人ひとりが熱い情熱をもって行動すれば、そこには必ず人が集まり、人の意識さえ変えてしまうことができるのではないか」。 

 必要なものは自分たちで生み出す、島人の底力 

沖縄黒糖の4割を生産し、農業では過去最高の生産販売額を記録。畜産では後継者が育ち、山羊などの特産品や観光という新たな芽も出始めている多良間村。 

伊良皆村長が「私が子どもの頃は、船が週に1回来るかどうかで海が荒れる冬場は1ヶ月来ないこともありました。それでも不自由は特になかった。不自由を感じていたのは、大人はお酒が足りないことぐらい。必要なものは、自分たちで生み出していました」と自信をのぞかせる島人の底力が、島の未来を照らしている。 

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