評価の高いデザインは北米から始まった

 先日、メーカーのマツダがレストアプロジェクトを発表するなど、にわかに盛り上がりつつある初代ロードスター。ここで今一度初代ロードスターについて振り返ってみたい。

 そもそもロードスターが属するライトウェイトオープン2シータースポーツというジャンルは1960年代のヨーロッパではごく一般的なものであり、オースチン・ヒーレースプライトやロータス・エランなど現代でも多くのファンを持つクルマが多数生み出されていた。また日本国内でも、ダットサン・フェアレディやホンダ・S600など、同様の車両が存在していたのはご存じのとおり。

 しかし、70年代に入ると、世界最大の規模を持つアメリカ市場でクルマの安全基準と排ガス規制が厳しさを増し、それに対応するために開発費用がかさむことで、大きな市場とはいえないライトウェイトスポーツカーというジャンルは縮小されることとなってしまった。

 そんななか、ロードスターの開発プロジェクトがスタートしたのは83年11月のこと。当初はクーペかオープンかはもちろん、駆動方式すらFRなのかFFなのか、はたまたミッドシップにするのかすらも決まっていない状態であったが、最終的にはFRレイアウトのオープン2シーターへと決定した。

 当時のマツダのラインアップにコンパクトなFRレイアウトのシャシーは存在せず、新規開発になってしまうというリスクはあったものの、軽快で素直な運転感覚は、FRでなければ得にくいというこだわりの理由からだったのだ。

 また現代でも古さを感じさせないデザインは、アメリカ・カリフォルニア州にあるマツダの開発拠点、Mazda North Americaでスタート。その後、ヨーロッパと日本でもデザインが練られ、それぞれの案を持ち寄って最終的なデザインが決定されている。

 87年4月にはアメリカで一般ユーザーによるグループインタビューを行い、好感触を得たことで、同年9月には社内でデザインフィックス宣言がなされたのだった。

 そしてそれから約2年後の1989年に初代ロードスターがリリース。日本国内はもとより、海外でも多くのファンを獲得し、2016年には累計生産台数100万台を達成している。もし、ロードスターが世に生まれていなかったら、メルセデスベンツ・SLKもBMW・Z3もMGFも誕生していなかったかもしれないということを考えると、販売台数以上に自動車業界に与えた功績は偉大だったと言っても間違いないはずだ。