22日、中国の日本旅行情報サイトに、日本に1984〜2004年まで滞在した中国人男性が自身の体験を紹介する文章が掲載された。資料写真。

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2017年10月22日、中国の日本旅行情報サイトに、日本に1984〜2004年まで滞在した中国人男性が自身の体験を紹介する文章が掲載された。以下はその概要。

私のような60年代生まれは、70、80年代にかけて抗日教育を受けてきたため、日本に行く前に抱いていた日本や日本人に対する印象は基本的にマイナスだった。しかし、日本に到着した際に空港に迎えに来てくれた准教授が非常に親身になって接してくれたため、日本人もそれほど怖くはないと感じた。

その准教授は後に教授となり、私を指導する立場になった。研究が終わると、たびたび自宅に招いてくれ、食事をごちそうしてくれた。特に気を遣うことはなく、本当の家族のように接してくれた。7年間を共に過ごしたその教授からは、学問だけではなく、まじめさ、勤勉さ、徹底的に物事を突き詰める精神や、寛容さ、ポジティブさなど心の持ち方についても多くを学んだ。日本滞在の18年間で数百人の日本人と接してきて感じたことは、「中国人と日本人は、本質的には何の違いもない」ということだった。

私は1986年3月に同級生と2人で、自転車で九州を1周する旅に出た。国道に沿って70〜80キロほど進んだ時、同級生の自転車のタイヤがパンクした。修理用の工具を持っていたが、雨が降っていたこともあり、自分たちでは修理できず。仕方なく自転車を押して先へ進んだ。

ほどなくして、道の脇に小さな店があるのを見つけた。店主にどこかで自転車を修理できるところはないかと尋ねると、「街まで行かないとない。車で20分はかかる」と言われた。店主は自分の軽トラックで送ってくれると言った。同級生と自転車を乗せたトラックが出発。私が店で待っている間、店主の奥さんが熱いお茶とお菓子でもてなしてくれた。修理が終わって戻ってきた同級生と共にその場を後にした。しかし、彼らは私たちから一切お金を受け取らなかった。私たちは感動した。

同じ日のことだ。フェリーに乗り込む時に雨でスリップして壁にぶつかり、今度は私の自転車の前輪が変形して走れなくなってしまった。対岸に着いた後、歩いていると、中年男性が「どうしたのか」「どこへ行くのか」と話しかけてきた。事情を説明すると、案内してくれると言って自転車を持つのを手伝い、予約していた旅館まで送ってくれた。到着した後、彼は自転車屋さんに電話をかけ、修理を依頼してくれた。翌日は休業日だったが、「何とか頼む」と言ってその日の夜中に修理してもらうことになった。電話を切ると、彼は私の自転車を押して自転車屋さんへと向かった。翌日、旅館のオーナーと自転車を取りに行くと、新品のようにきれいに直っていた。

この2つの出来事を通じて、私の日本人に対する印象は大きく変わった。日本人はケチだとか、冷たいだとか言う人もいるが、私は同意しない。見ず知らずの人にこれほど親切に接してくれる人は、中国にもどれだけいるだろうか。30年前、日中の違いは天と地ほどもあったが、そんな時代でさえ、普通の日本人は私たちを冷たくあしらうことはなかった。国を代表する政治家がけんかをするのは構わないが、庶民である我々はどこの国の人であろうと友好的に接するべきなのだ。(翻訳・編集/北田)