ボストン市内で実証実験を行っているヌートノミーの車両(写真提供:ヌートノミー) 

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世界中で「自動運転車」が公道を走り始めている。だが「完全無人」で走行しているケースはごく一部。実証実験でも万一に備えてドライバーを同乗させるケースがほとんどだ。「完全無人」のクルマが走り回る未来は、いつ到来するのか。ボストンで実証実験に取り組んでいるコンサルティング会社が最新状況を報告する――。(前編、全2回)

■全米27の州・地域が自動運転車に関する法律を制定

自分で運転しなくても車が目的地まで連れて行ってくれる自動運転車は、長い間、単なる夢物語だと思われていた。それが今、急速に現実のものとなりつつある。各社はすでに公道での実証実験をスタートし、そのなかには、グーグルやテスラなど新規参入組もいる。

自動運転車を公道で走らせるには、法改正が必要だ。環境整備が前提条件となる。この点に関して、ボストン コンサルティング グループ(BCG)と世界経済フォーラム(WEF)は共同で調査し、2015年、レポートとして発表した。法整備に向けた検討はすでにアメリカ、日本、韓国、中国、西ヨーロッパ諸国などで進んでいる。なかでも、交通規制に関して動きのはやい国はアメリカだ。

全米州議員協議会(NCSL)によると、2017年9月の時点で自動運転車に関する法律や州知事令が制定されているのは、全米で27の州・地域に上っている。このうちネバダ州、カリフォルニア州、フロリダ州、ミシガン州、ワシントンD.C等ではすでに、州や地域によって認可に必要な条件は異なるものの自動運転車の公道でのテスト走行を許可している。

■米ボストンの実証実験の目的は2つ

ひとくちに自動運転車と言っても、いくつかの段階がある。米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)の定義によれば、現時点では、人間が運転する「レベル0」から、無人による完全自動化の「レベル5」までが想定されている。各社が固唾をのんで注目しているのは完全自動運転のうち、まずは自動運転が作動しない例外的な状況のある「レベル4」、そして次に例外のない「レベル5」がいつ、どこで実用化されるのか、だ。

「未来の都市」を構想するなか、BCGとWEFは共同で、2017年1月から自動運転車の実証実験を開始した。候補地選びに際しては、日本の福岡市を含む全世界10の自治体から申し出を受けたが、さまざまな条件を考慮した結果、最終的には米国・ボストン市を選んだ。(実験の様子はこちらからご覧いただける→https://youtu.be/FcFsFDUwe4s)

実証実験当初より使用しているのはヌートノミー(nuTonomy)から提供を受けた自動運転車である。ヌートノミーは2013年、米マサチューセッツ工科大学(MIT)からスピンアウトする形で設立された。配車アプリを手がけるウーバーテクノロジーズや検索エンジン大手のグーグルなどと激しい競争を繰り広げながら、自動運転車向けのソフトウェアを手がけている。16年から、彼ら独自でシンガポールでの自動運転車の走行試験に乗り出しており、同地では招待客を乗せた「ロボタクシー」サービスも試験的に運用している。

17年6月からは、ヌートノミー同様、MITからスピンアウトする形で設立され、自動運転車のソフトウエア開発を手掛けるオプティマス・ライド(Optimus Ride)、自動車部品メーカー大手のデルファイ・オートモーティブ(Delphi Automotive)も実証実験に参加している。

ボストン市協力のもと、ヌートノミー等の車輌を使い、BCGとWEFが実施している実験の目的は二つある。一つは、ダウンタウンで自動運転車を走らせた場合の課題を洗い出すこと。もうひとつは自動運転車を含む新しいモビリティーサービスが登場した場合、市内の交通はどのように変化していくのか、をシミュレーションすることだ。これにより、新技術・サービスが都市に与えるインパクトを評価している。

(シミュレーション結果の動画はこちら→https://youtu.be/FcFsFDUwe4s)

■自動運転の肝・ソフトウエアの規模は旅客機上回る

限られた走行距離、しかも、限られたエリア内での走行であるにもかかわらず。ボストンでの実験では想定外の事態に多数直面し、完全自動運転化へ向けたいくつかの課題が浮き彫りになってきた。

たとえば自動運転車が伝統のある古い街並みのボストンを走った場合、当然、いろんな障害物が現れる。目の前をカモメが横切ることもあれば、子どもやお年寄りが急に横から飛び出してくることもある。そうかと思えば急に雪が降ってくるなど、突然の気候変化に遭遇する場合もある。

このような「想定外」の事態を、自動運転車はどうやって切り抜けるのか。大きなチャレンジは、この「判断」部分に存在する。

判断力の向上に必要なのはソフトウェアの進化だ。各種センサーから入ってくる情報を素早く処理し、それを正確に理解・分析し、多様な運転環境に対応しながら、人間に代わって自動車のブレーキ、アクセル、ステアリングを的確に動かす──。これを可能にするソフトウェアはどうしても複雑なものにならざるを得ない。

ソフトウェアに関してどれほどの進化が求められているのかを示す、わかりやすい例を挙げよう。たとえば、複数のADAS(先進運転支援システム)機能を持つ独ダイムラーの「メルセデス・ベンツSクラス」のソースコードの行数は、「ボーイング787」の約15倍だ。行数はすなわちソフトウェアの規模を表す。ADASから部分自動運転、さらには完全自動運転へと移行するにつれ、必要となるコードの行数はこの何倍にもなっていくだろう。判断の精度を上げるには、さらなる実証実験を繰り返し、できるだけ多くのデータを蓄積することに加え、的確な判断を行うアルゴリズムの構築が必要になる。

■日系メーカーが気にする倫理的課題

実証実験の車輌提供パートナーの1つであるヌートノミーが、すでにシンガポールでの走行実験をスタートさせていることは先に触れた。それによると、シンガポールでの実証実験はボストンでのそれに比べてハードルが低いことも明らかになっている。

まず、シンガポールでは雪が降らない。道路も比較的広くて、新しい。市街地においては車の交通量が規制によってコントロールされているため、ひどい交通渋滞もない。環境としては、ボストンよりもコントロールされている。

自動運転車が普及していくシナリオにおいては、実は、この「ある程度コントロールされた環境か否か」がひとつのポイントになっていくだろう。自動運転車はシンガポールのように比較的コントロールされた状況下から導入が進んでいくと考えるのが、現実的である。具体的には道路が整備されていて、交通量が一定程度把握でき、気候の変動も激しくない場所。かつ走る範囲に関しても、一定程度制限できることが望ましい。

技術的な問題に絡んで、日系自動車メーカーが重要視しているのは倫理的判断にかかわる部分だ。たとえばこのまま進むとAさんをひいてしまうかもしれないが、それを避けようとすると、運転者もしくはBさんの命が危ないというケース。この場合、いったい誰の命を優先すべきなのだろう? 簡単には答えを出せない問題だ。

このような倫理的判断を果たしてAI(人工知能)ができるのか。仮に判断できたとしても、事故が起こった場合、それはAIの判断によるものなのか、それとも何らかの誤動作が生じてそうなったのかの判別は難しくなるかもしれない。このことは事故の賠償責任が誰にあるのか――完成車メーカーか、ソフトウエアメーカーか、乗っていた人か、車の所有者か――という問題にも関係してくるため、簡単には解決できない問題だと考えられている。

実はわれわれが行っているボストンの実証実験でも、無人の自動運転車を走らせることはまだ認められていない。必ずドライバーが付き、乗客を乗せてはならないなど一定の制限が設けられている。アメリカで最も早く自動運転車に関する法律を制定したネバダ州にしても、無条件で走行実験を認めているわけではない。NCSLによると2017年6月、自動運転機能のミスによるリスクが最小限にコントロールできると認められる場合には、人間のオペレーターなしで高速道路上での実証実験・運行を認めるなどの法律を制定したばかりだ。

それでも、実証実験をやめる手はない。課題はあるにせよ、全体として自動運転化の方向へ進むことは間違いないからだ。次回は自動運転車普及に向けたいくつかのシナリオを紹介しながら、自動車産業に与えるインパクトを考えてみよう。

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古宮 聡(こみや・さとし)
ボストン コンサルティング グループ(BCG) シニア・パートナー&マネージング・ディレクター。BCG産業財・自動車グループ アジア・パシフィック地区リーダー、BCG自動車セクター アジア・パシフィック地区リーダー兼日本リーダー。自動車メーカー、自動車部品メーカーなどを含む産業財企業に対して、事業戦略、グローバル戦略の策定・実行支援、デジタル・トランスフォーメーション、オペレーション改革、コスト削減、収益力強化、営業改革などのプロジェクトを手掛けている。【BCG自動車セクターサイト】https://www.bcg.com/ja-jp/industries/automotive/default.aspx

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(ボストン コンサルティング グループ(BCG) シニア・パートナー&マネージング・ディレクター 古宮 聡)