「大企業に入れば、一生安泰」

昔からそう教えられて育ってきた。

有名大学を卒業し、誰もが知っている大企業に入社。

安定した生活を送り、結婚し子供を育て、定年後は年金と退職金で優雅に暮らす。それが一番の幸せだ、と。

丸の内にある大手総合商社に勤める美貴(26)も、そう信じてきたうちの一人。

元彼・タクヤと久しぶりの再会果たした美貴。想像以上の変貌を遂げた彼の成長ぶりに驚き、同じ3年間を過ごした自分との差に戸惑いを隠せない。

それに加え、食事会で商社の一般職の仕事は“お茶出しなのか?”と言われ、ショックを隠せない美貴に、タクヤがかけた言葉とは…?




「あれ、美貴?」

お医者さんとのお食事会の帰り道、美貴は六本木通りで仕事帰りのタクヤに会った。

お医者さんとの食事会は散々で、一人の男性が放った「商社の一般職って、受付とかお茶出し?」という一言によって、変な空気を消せないまま解散となった。

「美貴、よかったら軽くお茶でもどう?」

自分の仕事が認められない悔しさと悲しさで、きっと浮かない顔をしていたであろう美貴に、タクヤは何も聞かず、最近見たアクション映画の話をしながらけやき坂のスタバまで歩いてくれた。

タクヤが買ってくれたホットのソイラテの温かさ以上に、タクヤの何気ない優しさが美貴の心に沁みた。

「タクヤ、私…。」

エミリに自分の現状をもったいないと言われたこと、タクヤの変貌ぶりに焦りを感じたこと、お医者さんに自分の仕事を“お茶出し”だと思われていたこと。

「私、今実は仕事のことで悩んでいて…。」

美貴は自分の中のモヤモヤを伝えたいが、上手く言葉が出てこない。

「この間会った時、俺の話ばっかりしちゃって美貴の話は全然聞かなかったよね、ごめんね。商社の仕事は、どう?」

タクヤは昔から美貴が話しやすいように、優しいパスを出してくれる。


元彼タクヤが美貴にかけた言葉とは?




そんなタクヤの優しさに救われていた大学時代を、美貴はふと思い出した。

「私、エミリやタクヤと久しぶりに会ってから、自分が何をしたかったのか、よくわからなくなっちゃって…。20年後には今の倍の給料になるし、安定して長く働けるから、ってずっと言われてきたけど…」

タクヤは優しく頷きながらこっちを見ている。

「エミリやタクヤは、自分の進みたい道に進んで輝いてるのに、私は…」

そうだ、人が自分の成長曲線を客観的に見れるようになるのは、他者との比較において差を感じた時だ。

「私もいつか今会社にいる“お姉さま”達みたいになるのかも、って思ったら急に怖くなったの。」

美貴は最近抱えていたモヤモヤを初めて口にし、思わず出そうになる涙をぐっとこらえた。

美貴の話を優しい笑みで聞いていたタクヤの顔が、真顔に切り替わった。

「俺さ、実は美貴が俺と別れた理由、わかってたんだ。美貴は昔から親の期待に応えよう、周りから評価されなきゃ、って意識が強かったでしょ?」

ータクヤ、あの時そんなことを思ってたの…?

「俺がベンチャーに就職したら、美貴が俺との将来を考えられなくなるだろうって、わかってた。」

大学時代、あれだけ一緒にいたのに。美貴は自分がタクヤのことを全然わかっていなかったことに改めて気づかされる。

「美貴と別れるのは勿論辛かった。けど、インターンした会社でチャレンジしたいと思って。自分の人生だから今しかできない選択をしようって思ったんだ。」

一方的に別れを告げたと思い込み、タクヤのことを理解したつもりでいた自分が本当に情けない。

「美貴も自分の人生なんだし、自分が何をしたいのかもっと楽に考えてみなよ。」

こらえていた涙が溢れ出す美貴の顔を隠すように、タクヤは美貴の前を歩き、二人は店を出た。

こうしてタクヤの話を聞く機会がなかったら、美貴は一生勘違いしたままだったかもしれない。

ー私、この間優太の悩み、ちゃんと最後まで聞いてあげなかった…。

週末にちゃんと優太と話をしよう、と美貴は心に決めた。


結婚を意識する今彼・優太の現実的な考え。




週末日曜日の昼下がり。秋の匂いを嗅ぎながら、美貴はゆっくりと中目黒に向かった。

ー優太の考え、ちゃんと聞いてあげなきゃ。

タクヤの話を聞いた後、美貴はすぐに優太に連絡し、中目黒の『聖林館』でランチの約束をした。

店に入ると、少し引きつった笑顔で優太が「こっちこっち」と手を振ってきた。

「美貴から会おうって言ってくるなんて久しぶりじゃない?どうしたの?」

優太が神妙な面持ちで聞いてくる。美貴が別れを切り出すと思っているのだろうか。

「この間、私優太の話ちゃんと聞かないで、転職するなんてもったいないとか言っちゃってごめんね。」

美貴の言葉に対し、優太は拍子抜けしたような様子で、笑顔になる。

「あー、あれね。あの時、同期の辞令が出たばかりでちょっと動揺してて。これから結婚して子供を養うこととか考えたら、今の会社が安心かなって、あの後思ったんだよね。」

優太のあっさりとした回答に、今度は美貴の方が拍子抜けする。

「あれっ、じゃあ…転職はもういいの?」

「うん、とりあえず今の会社にこのままいるよ。この安定した生活をそんな簡単に捨てるわけにもいかないしね。」

優太の考え方は、理解できる。“未来”を意識しながら、人生を選んでいく。これは、女も男も同じだ。




ー結婚して子供を育て、安定した生活を送る。

美貴はそれが一番の幸せだとずっと教えられてきたし、そう思っていた。しかし、今の美貴はその考え方に違和感を覚えている。

ーこうして、みんな自分を犠牲にして我慢しながら生きていくんだわ…。

もしかしたら、優太以上に状況を変えたいと思っているのは自分なのかもしれない。

呑気な優太を見て、美貴は自分の中でくすぶっている気持ちに気づいた。

優太と中目黒駅で別れ、電車に揺られながら美貴は転職サイトのページを開いた。

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到底太刀打ちできない。一般職の“市場価値”に愕然。