「主権」を失ったタックスヘイヴン国家の行く末とは? [橘玲の世界投資見聞録]

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 10月16日、地中海のマルタ島でパナマ文書の報道に加わった女性ジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチア(53)が車を運転中に爆殺された。報道によれば、彼女は調査報道で有名で、政治家の腐敗や汚職を厳しく指摘してきた。マルタのムスカット首相の妻らがパナマに設立した法人で資産隠しをしているとの疑惑を報じてもいたという。

 この事件で興味深いのは、マルタ自体がヨーロッパのタックスヘイヴンであることだ。そんな租税回避地ですら、自分の資産を守る(隠す)のに別のタックスヘイヴンに頼らなくてはならない。

 最近あまり話題にならなくなったパナマ文書だが、この事件をきっかけにふたたび注目を集めている。そこで今回は、タックスヘイヴン批判の急先鋒であるイギリスの国際政治経済学者リチャード・マーフィーの新刊『ダーティ・シークレット タックス・ヘイブンが経済を破壊する』に拠りながら、「税金のない国」の現状がどうなっているのかを見てみよう。

2009年以降オフショアビジネスに急ブレーキがかかった

 最初に断っておくが、マーフィーは『ダーティ・シークレット』でパナマ文書にほとんど言及していない。すでに大量の報道がなされているということもあるだろうが、いちばんの理由は、タックスヘイヴンとしての重要性をパナマが失っているからのようだ。

 マーフィーによれば、タックスヘイヴン活動に従事しているのは世界全体で数十万人程度で、その中核にいるのはグローバル金融機関、四大会計事務所(プライスウォーターハウスクーパーズ、デロイト、EY、KPMG)、ロンドンを拠点とする「信託および資産管理専門家協会STEP」に所属する資産管理専門家、および「マジックサークル」と呼ばれるオフショアの法律事務所グループだ。

 ただし、オフショア法人の登記情報など1000万件以上を流出させたパナマの法律事務所モサック・フォンセカが、マジックサークルというエリートグループの一員かどうかは疑わしい。ほぼ間違いなくそのグループに属しているのはメイプルズ・アンド・カルダーで、もとはケイマンを本拠にしていたが、現在はダブリン、ロンドン、香港、シンガポール、ドバイでも事業を展開している。

 マーフィーによれば、2005年、モサック・フォンセカは1万3000を超えるオフショア法人を設立し、2006年、2007年とその数はほとんど変わらなかったものの、2009年には約8500に減り、2013年からはさらに減少した。2015年に設立した法人は4341で、ピーク時の3分の1近くまで減っていた。

 モサック・フォンセカのオフショア法人ネットワークは2009年に8万1810でピークに達し、その後じりじりと縮小した。2015年にはその数は6万6153まで減り、閉鎖した企業は8864で設立した企業の2倍を超えていた。モサック・フォンセカのオフショアビジネスは、パナマ文書が暴露される前から右肩下がりだったのだ。

 こうした現象はパナマだけではない。ジャージー島で営業している銀行の数は、2009年の46から2016年には32まで減った。2007年にマン島で運用されていた資金は500億ドルだったが、2015年には214億ドルと半減している。ケイマンの法人数は2005年の7万4905から2008年には9万3693まで増えたものの、そこで伸びは止まり2015年でも9万8838だった。

 なぜこのようなことが起きたのか。それは、オフショアビジネスに急ブレーキがかかったのが2009年であることに注目してみるとわかる。

 2008年9月のリーマンショックを機に世界経済は未曾有の大混乱に陥り、ヨーロッパに飛び火してユーロ危機を引き起こした。その後、欧米の政治家が、グローバル金融ビジネスへの批判の延長としてタックスヘイヴンを標的にするようになり、2009年4月のロンドンG20サミットは「(われわれは)タックス・ヘイブンを含む非協力的法域への対抗措置をとることで意見が一致している。公共財政と金融システムを守るため、制裁を課す用意はいつでもできている。銀行秘密の時代は終わったのである」と宣言した。

 金融業界を激震させたもうひとつの象徴的な事件が、スイスの大手プライベートバンクUBSのスキャンダルだ。これについてはすでに書いたが、2008年11月、この名門銀行の最高幹部が米司法当局から脱税の共謀犯として起訴され、裁判所の出頭命令に応じなかったため翌年1月に逃亡犯として国際指名手配された。

[参考記事]
●アメリカで富裕層の脱税ほう助を行なっていたスイス・プライベートバンカーの告白

 この事件を受けてアメリカは2010年に外国口座コンプライアンス法(FATCA/ファトカ)を成立させた。この法律によって、米国で事業を行なう海外の金融機関は、アメリカ人(米国の税法上居住者)の保有する口座情報をIRS(内国歳入庁)に提出しなければならなくなった。情報提供を拒否することもできるが、その場合は米国内で得たすべての所得に30%の源泉徴収が行なわれることになるから、事実上、事業の継続は不可能だ。

 この法律によって、アメリカの個人が税逃れを目的にタックスヘイヴンなど海外の金融機関に口座を保有するメリットはほぼ消滅した。

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