営業収入と大変な場所とのせめぎ合い

 タクシー運転手にはさまざまな営業スタイルがあるので、一概に“行きたくない場所”というものは存在しない。

 東京を一例に見ていこう。タクシー会社の事業所は、北区や板橋区、大田区、江東区など、都内中心部からやや離れた場所に存在する。都心にまったく事業所がないというわけではないが、車庫としてまとまった土地の確保が必要ということでやや郊外に設けられるケースが多い。

 タクシー事業者に運転手として入社して、新人教育を受けると、“都心をめざせ”と教えられる。運転手はただ街なかをタクシーで流しているのではなく、自分なりの“営業ルート”というものを持っているのである。

 聞いた話では、朝早めに車庫を出て、しかも“回送”表示にして、都心の繁華街へ行き、酔客をねらう運転手がいる一方、北区や板橋区あたりの車庫近くから“空車”表示にして、早朝の羽田空港客をねらう運転手もいる。

 車庫近くの環状線(環8や環状7、山手通りなど)から、どうやって都心に入っていくかも大切なこと。基本は地下鉄の通っていない通りから都心に入っていくのが原則とも聞く。地下鉄は朝早くから運行しているので、タクシー利用客はなかなか見込めないのである。

 だいたいの運転手は都心での営業を好むので、車庫近くで最寄り駅などの利用客を乗せるのはあまり好まないとも聞く。最寄り駅まで向かうと、その後は近くの病院など、車庫近くの地域を延々と営業することになってしまうからである。もちろん車庫のある地元で営業する運転手もいる。しかし、絶対的な営収(営業収入)額では、都心のほうが見込めるので、地元での営業は避ける傾向があるようだ。

 そして都心でもとくに、中央区、港区、千代田区を重点的に流すように指導されるとのこと。港区は地下鉄空白地区が多かったり、住んでいるひとの所得も高いのでタクシー利用の比率が高いのである。中央区や千代田区は仕事での利用が圧倒的に多いとも聞く。アベノミクスという言葉が流行ったころは、兜町(つまり証券会社)での利用がかなり増えたとも聞く。

 夜は繁華街で営業するのが原則となるが、意外にも池袋や新宿では進んで営業しないように指導されることもあると聞く。当然深夜のロング客をねらうのだが、“たまたま深酒してタクシーで帰宅するサラリーマン”というシチュエーションも多く、乗りなれないこともあり、車内で寝込まれたり、酔った勢いもあり運転手に喧嘩を売ってくることもあったりと、トラブルに見舞われやすいこともあるようだ。

 しかし、稼ぎが悪いときはそうもいっていられない。夜が更けるにつれだんだん繁華街の奥に入っていくのだが、よりトラブルに見舞われる比率も高くなるので、出来ればそれは避けたいという運転手も多いようだ。

 例えば歌舞伎町地区周辺ならば、靖国通りから職安通りそして大久保通りと、時間が深夜になるにつれ、流す場所が変わっていくパターンは、結構勇気がいるという運転手もいるようだ。

 逆に稼げる運転手をめざすキャッチフレーズは、“世田谷を制覇せよ”である。典型的な住宅地域である世田谷は、街並みが似ていたり、細い道路も多く入り組んでおり、とくにキャリアの浅い運転手は避けたい地区とも聞く。ただ世田谷区は所得の高いひとが多く居住する地域なので、ここを制覇すると、稼ぎも俄然よくなると聞く。とくに土曜や日曜は都心部の企業は休みなので、平日ほどの稼ぎは期待できない。車庫を出たら真っ先に世田谷地区を目指す運転手も多いようだ。

 また近年では、お台場や豊洲などの、東京湾沿岸のタワーマンションが建ち並ぶ地区も、朝の通勤時間帯などを見ていると、タクシーの“入れ食い”状態となっているようだ。都心への移動手段が、事実上路線バスとなるような地域では慢性的なバスの混雑が続いており、勢いタクシーの利用が増えているようである。

 ただ、前述したように運転手個々で営業スタイルは異なるので、誰もが行きたくない場所というものはないが、それぞれが“苦手とする場所”は存在するようである。