【ライターコラムfrom横浜FM】下平匠が見た“新たな景色”… フォア・ザ・チームの精神で首位撃破に貢献

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 下平匠の眼前には、異なる景色が広がっていた。いつも通り左足でボールを持っているのに、タッチラインが左側ではなく右側にある。普段と左右が逆転した位置でのプレーは、自然とは言えなかった。

 明治安田生命J1リーグ第30節・鹿島アントラーズ戦で今季初先発を飾った背番号23。しかしスタートポジションは左サイドバックではなく、金井貢史と松原健の負傷離脱によって空席となった右サイドバックだった。Jリーグでほとんどお目にかかれない“左利きの右サイドバック”が誕生した。

 ファーストタッチは予定通り利き足の左足だった。味方からのパスを左足でトラップし、左足でさばく。「(右足で)トラップくらいはする」と話していた言葉を自ら欺き、できる限り左足でプレーすることを選んだ。

 しかし右足を使わざるをえない場面も。相手選手が下平かから見て左側からプレッシャーをかけてきた場合は、右足でのキックを選択しなければならない。少し窮屈そうになりながら、渋々と右足でプレーする姿が印象的だ。

 懸念された攻撃面だが、結果的にオーバーラップする機会はほとんどなかった。「サイドハーフの選手を追い越したのは2回くらい。クロスを上げる場面は一度もなかった」と振り返ったように、試合全体を通して守備の時間が長かった。下平が攻撃に出るチャンスはほぼ皆無だった。

 もっとも、これは想定していた展開である。思い切った起用に踏み切ったエリク・モンバエルツ監督はその証左として「右サイドの攻撃は十分ではなかったが、そこまで(下平)匠に求めていない。彼は期待していたプレーをやってくれた。主に守備面でポジショニングとインテリジェンスを生かしてチームに貢献してくれた」と称賛を惜しまなかった。

 この試合、横浜F・マリノスは首位の鹿島を3−2で撃破し、3位に順位を上げた。下平にとっては遅すぎた今季初先発だが、不慣れなポジションでも経験値の高さを生かして堅実なプレーを見せた。苦しい台所事情のチームを助ける役目を果たした。

 それでも本人に笑顔はない。「(右サイドバックを)できたというよりは、こなしただけ」とつぶやき「リスクを冒さず、最低限のことをやっただけ」と表情を崩さず言う。そこには、左サイドバックを本職とする男のプライドがにじみ出ていた。

 ピッチに立てば、チームのためにプレーするのは当然のこと。それが本来のポジションでなかったとしても、与えられた役割を懸命にこなすことで貢献する。鹿島戦で見せた下平のプレーは、フォア・ザ・チームの象徴である。

 一方で、自身が見せたいプレーと役割は、大きく異なる。だから複雑な思いが去来しても不思議ではない。パフォーマンスに満足できるはずがなく、手応えも残らない。試合後は「もっと試合に出たい。それだけ」と言い残した。

 終盤に入り、横浜FMはケガ人に悩まされている。満たされていない左サイドバックの右サイドバックコンバートが再びあるかもしれない。だが、下平は左サイドバックとしての矜持を持ちながらプレーするに違いない。

文=藤井雅彦