【ライターコラムfrom松本】戦場カメラマン、あるいはエスパー? 安川有の「ステルス能力」

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「安川有」

 そう打ち込んでGoogle検索をかけてみると、独特な語り口調で有名な戦場カメラマン・渡部陽一氏の顔が出てくる。確かに似ているが、違う。ただ、ひょうひょうとしたイメージは重なるものがあるかもしれない。ベレー帽をかぶせてみたら、きっと似合うのではないだろうか。

 明治安田生命J2リーグ第38節・大分トリニータ戦。松本山雅FCの安川は、12試合ぶりの先発にひょっこりと名を連ねていた。しかも3バック左のストッパーとして先発起用されたのは今季初だったが、「練習から何となく(先発起用が)あるかな?と思っていたけど、当日まで分からないので準備だけはしていた」と平然としたもの。攻守に及第点のパフォーマンスを披露した。

 中でも目を引いたのは25分のプレーだ。通常なら自陣に設定された最終ラインにいるべき局面だったが、敵陣内に突如「にゅるり」と現れてインターセプトに成功した。「大分は繋いでくるチームだったので、何て言えばいいのか……。狙っていたところにボールが来た感じ。(パサーの)顔も下がっていたので、来るかなと思っていた」。石原崇兆にボールを預けてショートカウンターを発動させ、自らも奪った勢いのままゴール前になだれ込んだ。

 そのプレーはゴールに至らず試合も0−2で敗れたとはいえ、個人にフォーカスすれば久々の先発復帰でしかも古巣戦。だが、試合後に安川の取材に成功した記者は誰一人としていない。というのも「サッカーは楽しいけど、目立つのも取材を受けるのも苦手」と断言するこの男は普段から、記者に捕まらずミックスゾーンを通り抜けるタイミングやコース取り、スピードなど全てが絶妙そのものなのだ。この日も報道陣が他選手に取材をかけている間にスルリと通り過ぎ、いつの間にかバスに乗り込んでいた。

「たまたまです(笑)。普通に歩いていったら他の誰かがめっちゃ取材を受けているところだったから『あ、ラッキー!』って思って通っていきました」と白い歯をのぞかせる。

 この「ステルス能力」は、相手ゴール前でもいかんなく発揮されている。今季はキャリアハイの4ゴール。その内訳を状況別に洗い出してみると、セットプレーのこぼれ球をねじ込んだのが2回、相手DFの死角から急に現れて合わせたのが2回となっている。本人はそのつど「たまたまいいところにボールが来た」などと決まり文句を繰り返すばかりだが、反町康治監督は「アイツは本当にエスパーなんだよ」と苦笑交じりにその嗅覚を評価。ちなみに「エスパー」というのは、似ているとされるもう1人の有名人・エスパー伊東氏に引っ掛けた発言だ。
 
 加入2年目の29歳。独自路線のひょうひょうとしたキャラクターがチーム内に定着したうえ、出場機会も飛躍的に増えた。ただ、第23節V・ファーレン長崎戦では自らのミスが命取りになって黒星。さらに特別指定選手・下川陽太の台頭に加えて自身のケガや那須川将大の復帰などが重なり、一時は存在感が影を潜めていた。だが、そうした時期も「(練習を)やらないと自分のためにもならないし、特に考えすぎずいつも通り取り組んでいただけ」。そして大詰めに差し掛かった今、再びピッチに立つチャンスを得た。

 その気負いすぎない姿勢と不思議なステルス能力は、正念場の松本に好影響を与えるかもしれない。チームは現在2連敗中のうえ、残り4試合でJ1昇格プレーオフ圏外となる7位まで後退。だが「ディフェンスだから(失点)ゼロで抑えることが一番大事だし、その上で点が取れればなおいい。いずれにしても、やることをしっかりやるだけ」と安川。この男は生死を分かつ戦場で一瞬を切り取るカメラマンでもなければ、ましてや超能力者でもない。ただありのまま、静かに出番を待っている。

文=大枝令