『UNLOCK 凄ウデ鍵開け屋の“非日常”』(木村一志/幻冬舎)

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 どんなにテクロノロジーが発達し、セキュリティが厳重になろうとも我々の生活で変わらないことがある。「閉ざされた扉を開けるには鍵が要る」という事実だ。そして、鍵があるからには失くしたり、壊れたりするトラブルもつきものである。

『UNLOCK 凄ウデ鍵開け屋の“非日常”』(幻冬舎)は超絶的な鍵開けスキルを武器に大活躍している錠前技師、木村一志さんの毎日を本人が綴った一冊である。業界を代表する腕前を持つ木村さんは、警察捜査に協力したり芸能人のいざこざに立ち会ったりするのも珍しくない。サブタイトルには「非日常」とあるものの、木村さんにとってはスリルとドラマに満ちた時間こそが「日常」なのである。

 決して裕福ではない団地で生まれ育った木村さんは高校卒業後、アルバイトで貯めた20万円をつかんで上京する。とにかく地元を離れたい一心からの決意だったが、仕事のあてもない未成年がすぐに家を見つけられるはずもない。一時はホームレスにまで身を落とした木村さんを救ったのは、持ち前のバイタリティだ。「正式に採用される前のアルバイト先を不動産屋に伝える」という一か八かの試みが成功し、どうにか木村さんはアパートに入居する。以後、3年間で30種類ものアルバイトを経て定職に就くための準備資金を貯蓄していく。

 そんな木村さんが錠前技師を目指すようになったのはまったくの偶然だ。たまたまバイト先の寮の近くに有名な鍵屋があり、強く興味を惹かれたのだ。半年間、専門学校に通った後で木村さんはついに鍵屋として開業する。

 しかし、最初からお客に恵まれるわけもなく、バイトと掛け持ちしてなんとか生活できる日々が続く。今でこそ電子ロックや生体認証さえも対応してしまう木村さんだが、駆け出しのころは失敗も少なくない。寒空の下で簡単な玄関の鍵に手間取ってカップルを怒らせたり、ベンツの鍵開けでは慎重になるがあまり37時間もかかって依頼主を呆れさせたり…。

 木村さんに成功のヒントを与えてくれたのは先輩技師の助言だ。いくら腕のいい錠前技師でも「営業力」と「気力」がなければお客はつかまえられないと諭され、木村さんは熱心にチラシ配りや飛び込み営業に精を出すようになる。睡眠時間さえ削る努力と、インターネットでの宣伝に力を注いだ先見の明もあって、木村さんは年収3000万円を超えるほどに売上を伸ばす。

 木村さんの名は警察にまで知れ渡った。過去、木村さんは何度も警察から家宅捜索の協力を依頼されている。某IT企業の社長が逮捕されたとき、証拠を押収するために20個ほどのキャビネットを次々と開けたのは木村さんだ。また、薬物常習者の張り込みに付き合わされた経験もある。

 一度、衆議院の議員宿舎に呼ばれたときは、米大統領にプレゼントする絵画が入った金庫を開けるように頼まれた。冗談で「早いとこ開けないと日米関係に影響しますね」といったところ真顔で「そうなんだよ」と返されたのは常人なら冷や汗ものの展開である。もちろん、木村さんなら問題なく開けてしまったのはいうまでもない。

「開けられない鍵はない」と豪語する木村さんは間違いなく解錠の第一人者である。しかし、木村さんは今も専門学校時代に感じた「苦労した後で鍵が開く瞬間の喜び」を忘れていない。木村さんは学生時代からどんなに難しい鍵でも、自分で考えて開けることにとことんこだわってきた。それが現在の技術につながっている。

一だけ教わって「あとは自分で」と放り出されると、とても時間はかかるが、十以上、二十や三十の技量まで到達できるのだ。

 錠前の数だけ開ける方法はある。常に思考を絶やさず、貪欲に知識を吸収していく木村さんは、世間にあまり知られていない分野から我々に社会人としての創意工夫のコツを教えてくれるのだ。

文=石塚就一