今年に入り、ヨーロッパ各地(特に西ヨーロッパ)におけるテロ事件が頻発し社会問題となっている。筆者が住む英国においても、今年に入ってから5つのテロ事件が起きている。

 2015年のパリ同時多発テロ事件以後、英国でもテロリズム(以下テロ)の可能性が危惧されてきた。

 英国の国内治安を司る情報機関であるMI5は2014年からシリアやイラクにおいてイスラム国が台頭したことにより国内におけるテロの警戒レベルを現在の警戒レベルである「Severe (深刻)」に「Substantial (要警戒)」から格上げしている。

 今年に入ってから、米国人歌手アリアナ・グランデ(Ariana Grande)さんのマンチェスターで行われたコンサート会場において自爆テロが起きた5月およびロンドンの地下鉄内における爆発が起きた直後には、「Critical (危機的)」と最大限まで引き上げられた。

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厳重警戒中に起きてしまったテロ

 ただ、その後すぐ「Severe (深刻)」に戻されている*1。

 テロが警戒されている中でも、英国においてもついにテロが起きたというのが一般の英国国民の感覚であろう。

 そこで、今年英国で起きたテロ事件を中心に、なぜテロリストは最終的に敗北するのかを分析する。つまり、テロは長期的にはほぼ無意味であり、テロリストが用いる暴力は結局のところ、失敗に終わるということを議論する。

 英国の例も見るが、テロの効果を中心に扱うのでテロに関する全般的な考察でもある。

 そして、今年、2020年の東京五輪に向けていわゆる「テロ等準備罪」法案が国会で可決されたこともあり、テロを考える1つの機会となるだろう。

 どのようにテロを防ぐかという難題は本稿の範囲を超えるので扱わないが、英国の政府通信本部(GCHQ)の長官を務めたディビッド・オマンド(David Omand)氏は、警察や諜報機関の賢明な取り組みが必要であり、周辺各国との情報共有が重要になってくると論じている*2。

*1=MI5ホームページhttps://www.mi5.gov.uk/threat-levels, accessed on 18 September 2107; Ashley Kirk: “How many people are killed by terrorist attacks in the UK”, The Telegraph (Online) 1 September 2017, http://www.telegraph.co.uk/news/0/many-people-killed-terrorist-attacks-uk/, accessed on 11 September 2017

*2=David Omand: “Keepin Europe Safe: Counterterrorism for the Continent”, Foreign Affairs Vol. 95 No. 5 (Sep/Oct 2016), pp. 83-93.

 英国メディアの報道によると約2万3000人のテロリスト予備軍がおり、そのうち約3000人を情報機関は危険視しており、約500人が特別な監視下にあると言われている。

 このような数の人数に対処するには予算や人的資源(警察官の数は最近減少傾向にある)を考えると英国政府としてテロを完全に未然に防ぐというのは間違いなく難題であろう*3。

 例えば、今年、英国において30代の薬剤師が子供たちに「イスラム教徒以外の友人を作るな」と教えたり、イスラム国が行っている活動を奨励するなどして、有罪判決を受けたという事例もある*4。

 ほかにもイスラム教徒のモスクでテロを推奨したとされる40歳の英国人男性が懲役6年半の実刑判決を受けた*5。

 これらを考慮するといかに早く大規模なテロリストの犯行を察知できるかが課題であり、個人が行うテロまで完全に防ぐというのは現実的でない。

テロとはそもそも何か

 それではまず、テロリズムとは何かを見てみよう。

 言うまでもなくテロが注目されるきっかけとなったのは9・11同時多発テロであるが、テロ自体は人間の歴史と同じく、古くから存在する。しかしながら、テロという言葉の統一的な定義は存在しないと言われている*6。

 テロという言葉を定義することを難しいのは、「ある者にとってのテロリストは、その他の者にとっての自由の戦士」だからである。当然ながらテロリストは自らをテロリストとは認識せず、テロリストが戦う政府などが真のテロリストなのである*7。

 ここで重要になってくるのは、テロの本質である。テロの専門家によるとテロとは本質的には暴力を用いる政治的行為である*8。

 つまり、テロリストが持つある政治目的を達成するために、多くの場合においては無差別に一般市民を殺傷することである。このことからテロは「政治的暴力」とも呼ばれる*9。

 実際、英国政府もテロとは「政治目的などを前進させるために暴力や威嚇を用いることだ」と定義している*10。

*3=The Sunday Times, 11 June 2017;The Times, 1 September 2017; Gordon Corera: “MI5 boss Andrew Parker warns o f ‘intense’ terror threat”, BBC (Online) 17 October 2017, http://www.bbc.co.uk/news/uk-41655488, accessed on 18 October 2017.

*4=Metro, 6 October 2017.

*5=Metro, 29 September 2017.

*6=Audrey Kurth Cronin: How Terrorism Ends: Understanding the Decline and Demise of Terrorism Campaigns (Princeton: Princeton University Press., 2009), pp. 6-7; Richard English: Terrorism How to Respond (Oxford: Oxford University Press., 2009), pp. 2-4.

*7=Louise Richardson: Understanding the Enemy What Terrorists Want Containing the Threat (New York: Random House., 2007), p, 4,9.

*8=Robert E. Goodin: What’s Wrong With Terrorism? (Cambridge:Polity Press.,2006), pp.1, 31-37; Bruce Hoffman: Inside Terrorism Revised and Expanded Edition (New York: Columbia University Press., 2006), p. 2.

*9=Cronin, How Terrorism Ends,p. 7; Richardson,Understanding the Enemy, p. 6.

*10=The Definition of Terrorism, A Report by Lord Carlile of Berriew Q.C. Independent Reviewer of Terrorism Legislaiton, March 2007, available at https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/228856/7052.pdf, accessed on 19 October 2017.

 この本質を踏まえると、身代金確保を目的とする犯罪者集団がハッタリではなく本気度を示すために、一部の人間を殺害するという行為とテロリスト集団が自らの行動の本気度を示すために一部の人間を殺害するのでは、同じ殺害という行為でも意味合いが大きく変わってくる。

 前者には政治的目的がなく利己的に資金を得るという動機による犯行だが、後者はあくまで政治目的のために殺害を行うのである。このテロの政治的行為という視点はテロリストがテロを行う動機を考えるうえで非常に重要である。

 そして、テロという言葉の語源はラテン語の「Terrere」であるが、この言葉には主に恐怖という意味がある*11。

 テロは社会に対して心理的な恐怖をまき散らす、または植込む効果があると言われている。つまり社会に不安や恐怖を植え込み、政府による政治的譲歩などを目指しているのである*12。

テロによって仲間を作る

 これは9・11同時多発テロを考えると非常に明確であろう。そして、その約1週間後に起きた米炭疽菌事件への 米社会の反応からもテロリストが植えつけた精神的な恐怖という点がテロにおける効果であることが分かる。

 また社会を不安に陥れることにより、テロが挑む社会に自らの仲間になることを促す狙いもある*13。

 これらの点を踏まえるとテロとは、暴力によって恐怖や不安を社会で巻き起こし、この効果(厳密に言えば政府に対する政治的重圧を与えるなど)から政治目的(ある国家からの独立)を達成しようとする政治的試みであると言える*14。

 また注目すべきはテロを行うのが必ずしも武装集団に限らないという点だ。

 昨今ヨーロッパ各地で起きているテロ事件を見ればそのような認識が出ても不思議ではないが、歴史的には、テロを行うのはアルカイダのような非国家集団だけではなく国家もまた手を染めてきた。

 このような今日の非国家集団のテロに対する注目から、新しいテロ(New Terrorism)が出現したと言われることもある。ただし、実際のところはテロの性格が常に変化しているだけであり新しいテロが出現したというわけでは必ずしもない*15。

*11=English, Terrorism How to Respond, p.5.

*12=Goodin, What’s Wrong With Terrorism?, pp. 45-49.

*13=Martha Crenshaw: “The Causes of Terrorism”, Comparative Politics, Vol. 13 No. 4 (Jul 1981), p. 387.

*14=Hoffman, Inside Terrorism, p. 40.

*15=English, Terrorism How to Respond, p.8, 14.

 この行為者の変化という点からもテロという言葉がいかに曖昧かということが分かる。ただ、本稿で扱うのはあくまで非国家集団によるテロである。

 テロを考えるうえで政治的側面が重要であることはすでに見たが、昨今のイスラム過激派によるテロからテロは宗教上の理由から起きるものだと思われがちである。

 しかし、宗教だけが唯一の動機だと判断することは間違いであり、その他の要因も考慮されなくてはならない。

 宗教はテロリスト集団内のアイデンティとなり、集団の目的を正当化する側面が大きい*16。

テロリストと政治的目的

 今年、英国で起きたテロ実行犯に共通するのはイスラム国やイスラム過激派の思想に影響されたという点であり、実行犯はイスラム過激派の政治目的に共鳴したということでもある*17。

 アルカイダの主導者だったウサマ・ビン・ラディンも宗教的な動機を大きな政治的な文脈の中に組み込んでいた。これは、ビン・ラディンがサウジアラビアや中東などのイスラム圏から米軍を追い出し、伝統的なイスラム社会を復活させるという政治的目的があったことから明確であろう*18。

 また、テロが領土などと関連する場合には政治的な動機を否定することはできない。その領土を支配するというのは政治行為そのものである。

 もちろんテロリストがテロを行う動機は1つだけではない。その他の様々な理由が重なり合ってテロという手段に訴える。

 ここで、自爆テロに関してよく言われることであるが、テロリストは一般的に「クレイジー」だという意見がある。しかし専門家はテロリストを常軌を逸した者だとは見なしていない。

 むしろ理性的であると捉えている*19。それでは、テロリストはなぜ、世間では考えられないような行動を起こすのであろうか。理由は大きく3つに分類することができる。

*16=Richardson, Understanding the Enemy, pp.61-69.

*17=The Sunday Times, 11 June 2017.

*18=English, Terrorism How to Respond, p.41, 48.

*19=Richard English: Does Terrorism Work?:A History (Oxford: Oxford University Press., 2016), pp.1-2; Richardson, Understanding the Enemy, pp. 14-15,40-41.

 1つには、テロリストが属する社会に対しての不満の表現手段である。

 例えば、少数民族などは社会から虐げられた歴史(スペインバスク地方の独立を目指すETAなど)をもっており、この不満を暴力によって表現するというものである。

 このことから、暴力に訴えることで少数民族間の結束を固める。または、世間からの認知、同情を引き出すためにテロを行うのである。またこの屈辱の歴史からテロは一種の抑圧者に対する報復行為であるとも言える。

 そして、この結束を固めるという観点(組織維持とも言える)から自らの命を犠牲にしてまで組織や民族の英雄になろうと若者たちは試みるのである*20。

目的達成に安上がりな方法

 次の理由としては、上記の理由とも関係してくるが、この不満や報復を訴える適当な手段がテロ以外になく、テロを行うのは比較的単純かつ安上がりいという視点である*21。

 テロリストは自らを抑圧する国家を軍事的に倒すことは不可能であり、テロに訴える以外に方法がない。つまりは、テロは「弱者の戦闘手段」なのである*22。

 社会に不安をもたらすテロという手段がテロリストにとって理性的な行為であるのだ。

 最後に、この点を考慮すると、テロを行う理由はテロリストがもつ政治目的をマスメディアを通じて社会や世界に宣伝するという目的があるからである*23。

 9・11テロの例からも分かるように、一夜にしてアルカイダという名前とイスラム教という存在がテレビ画面を通して世界中に知れわたった。

 また、一部のテロの専門家はテロリストが暴力に訴えるのはテロが成功するからであり、テロから利益を見出すことができるからだと主張する*24。

*20=Martha Crenshaw: “The Causes of Terrorism”, Comparative Politics, Vol. 13 No. 4 (Jul 1981), pp. 383-384; Cronin, How Terrorism Ends,p. 77.

*21=English: Does Terrorism Work, p. 2

*22=Alan M. Dershowitz: Why Terrorism Works: Understanding the threat responding to the challenge (New Heaven: Yale University Press), p.2, 6; Richardson, Understanding the Enemy, p. 5, 16.

*23=Crenshaw, “The Causes of Terrorism”, p. 386; English, Terrorism How to Respond, p.44.

*24=Dershowitz,Why Terrorism Works, pp. 2-5, 86; Robert A. Paper: “The Strategic Logic of Sucide Terrorism”, American Political Science Review, Vol. 97 Np. 3 (Aug 2003), pp. 343-367.

 このテロが成功するかどうかが本稿の主題であり、テロを考えるうえで重要なので、以下で詳しく議論したい。

 成功という重要なキーワードを理解するためには、2つの視点を考慮する必要があるだろう。それは、短期的(戦術的)成功と長期的(戦略的)成功である。

 短期的な成功とはテロ行為によって自らの存在を世間に知らしめること(宣伝)に成功することである。この宣伝効果により仲間をより集うだけでなく、テロの特徴である恐怖を生み出し、社会不安を煽る。

 逆に長期的成功とは、テロリストの政治目的を完全に達成することである*25。

長期的な効果はあまりない

 この2点を考えるとテロは9・11テロの例からも分かるように短期的には成功するであろう。しかし、長期的にはどうか。短期的成功を長期的な成功に繋げられるのであろうか。

 アルカイダの目的は、中東から米国の影響力をすべて追い払うことであった。9・11は実にこのメッセージを伝えることが目的であったが、米社会はそのようには受け止めなかった。

 むしろ、アルカイダはアメリカ社会を破壊しようとする敵だと見なされるようになった。

 テロの翌日にはジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)が「テロとの戦争」を宣言し、ペルシャ湾沿岸国により軍を派遣し、パキスタンやサウジアラビアとの軍事的協力関係を強化した。

 そして、その他の地域で行われているイスラム過激派に対抗するために、世界的な対テロ支援を開始した。このテロ攻撃はアメリカ政府の中東への介入を正当化する理由ともなった*26。

 ただ、これによりイスラム国というモンスターを生み出したことを考えるとアルカイダだけでなく、米国の対テロ戦争も失敗と言えるだろう。

*25=Max Abrahms: “Why Terrorism Does not Work”, International Security Vol. 31 No. 2(Fall 2006), pp.46-51; Cronin, How Terrorism Ends,pp. 80-81; English: Does Terrorism Work, pp.30-38; Virginia Page Fortna: “Do Terrorists Win? Rebels’ Use of Terrorism and Civil War Outcomes”, International Organization Vol. 69 (Summer 2015), p.521.

*26=Abrahms, “Why Terrorism Does not Work”, pp. 65-77; Fortna, “Do Terrorists Win?”, p. 528.

 また、テロのターゲットの利益の大きさも重要である。9・11は米本土に対する攻撃であったことを忘れてはならない。

 逆に米国外でのテロには当然ながら米国の利益の重要性は低くなる。例えば、1983年のレバノンの首都ベイルートにおける米海兵隊の兵舎爆破事件によって約240人の死者を出したことから米国はレバノンから撤退した。

 これは米国がレバノンにおける利益を重要視していなかったからである*27。

 いずれにせよ、米国の研究者が過去のテロリストの成功例を分析した結果、テロリストが長期目的を達成する可能性はわずか7%でしかない。

経済制裁よりはるかに少ない確率

 面白いことにこの数字は、経済制裁が成功する確率(34%)よりも低いのだ*28。

 そして、テロリスト集団は約8年を過ぎると消滅する傾向にあるという分析結果もある*29。いずれイスラム国も消えゆく運命にあるのだ。

 だからといって、テロがなくなるというわけではない。もしかすると第2のイスラム国が出現するかもしれない。

 それでは、ここからはなぜテロは最終的に失敗するのかを今年起きた英国の例を中心に考えていきたい。

 テロを起こした実行犯の一部はシリアなどへの渡航歴があり、イスラム国と関係があると見られており、イスラム過激派へと変化したと言われている。

 しかし、果たして英国という長い歴史を持ち自由民主主義という政治価値観を誇る国にイスラム過激派の思想をテロによって植えつけることなどできるのであろうか。

*27=Andre H. Kydd and Barbara F. Walter: “The Strategies of Terrorism”, International Security Vol. 31 No.1 (Summer 2006), pp. 60-61.

*28=Abrahms, “Why Terrorism Does not Work”, pp. 43, 51-52.

*29=Cronin, How Terrorism Ends,p. 75, 82.

 これはむしろ逆効果ではないのか。つまり、他の思想を植えつけようとすることで自由民主主義という政治的伝統の下に国民を団結させるのではないか。

 実際、ロンドン市長であるサディク・カーン(Sadiq Khan)氏は「テロは我々をより強くする」と発言している*30。

 また、英国の第2次大戦中のロンドン大空襲に耐え、ドイツを打ち破った歴史的経験から、テロ以後、「Keep Calm and Carry on(平静を保ち、生活を続けよ)」というキャッチフレーズが見られるようになった*31。

 もちろん、戦争を経験していない世代が多いのは事実だが、このフレーズは国内全体で共有されているものであり、仮にイスラム過激派がテロを強めても屈するなというメッセージでもあろう。

テロによって結束する民衆

 現に国民はテロに恐れることなく普段の生活を続けている。また、これは英国だけでなく全般的に言えることであるが、何の兆候もなく一般市民を殺害することは間違いなく社会に不安を巻き起こす。

 しかし、一般市民を殺害することは仲間を増やすよりも社会全体を敵に回すことに繋がるであろう。社会に不満を示すことが逆に社会からテロリストに対する反感を生み、テロリストの正当性を否定するのだ。

 そして、これは必然的に社会との距離を生む*32。特にこれが、子供などが殺害された場合にはそうであろう。

 日本では1995年にオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きたが、オウムは自らの宗教戦争に敗北しただけでなく、組織は事実上1996年に解散させられた。

 言うまでもないがこの事件により日本社会においてオウム真理教は決して許容できるものでないという姿勢が形成された。皮肉なことに日本社会への自らの不満を示すために行ったテロ行為が逆に社会からの耐え難い反発を招いたのだ。

 確かに、一時的にテロリストの活動に刺激され、テロリスト集団が新たな仲間を得ることは大いにあり得るだろう*33。実際、イスラム国には海外から多くの戦闘員が集まっている。

*30=The Guardian (Online) 8 April 2017, https://www.theguardian.com/politics/2017/apr/08/sadiq-khan-interview, accessed on 22 October 2017.

*31=The Sunday Times Magazine, 11 June 2017, p. 5.

*32=Cronin, How Terrorism Ends,pp. 94, 107-114;Fortna, “Do Terrorists Win?”, p. 526, 549.

*33=English: Does Terrorism Work, p.36.

 ただ、この例もイスラム国の活動に魅力を感じたと言うよりは、多くの若者が戦闘という行為を通じて自己の存在を世界に認識させようと奮闘していると捉えることもできよう。

 これは、冷戦中の日本における学生運動とも共通点がある。例えば、1959年から60年にかけての安保闘争の参加者は必ずしも1960年に日米間で新たに結ばれた安全保障条約の中身を理解していたわけではない。

 当時の若者は社会に「自分」という存在を認識させる目的、または自己達成感(何かを行っているという意識)を得ることを目的に安保闘争に参加していたことは事実であろう*34。

 社会主義という思想が分からずとも学生運動などが生み出すエネルギーに魅了された当時の日本の若者のように、イスラム国が生み出すエネルギーに魅了され、自らの存在価値や自己顕示欲を求めイスラム国に参加する若者がいるのも事実である。

テロの連続がテロ組織を弱体化させる

 また軍事史の権威である英国のマイケル・ハワード(Michale Howard)は、間接的に「平和は退屈」なものだとも述べている*35。

 だからといって、この状態が永続するわけではない。英国のような民主主義国家は社会不安や国民の犠牲に対して敏感であり、テロ攻撃に脆弱であるという意見もあるが、果たして本当にそうであろうか*36。

 当然ながらテロリストの政治目的を達成するには、対象国の国民、例えば英国国民の支持を獲得しなくてはならない。しかし、テロが続けば続くほど、国民はテロへの共感をなくし、嫌気がさし、テロリストを社会の敵と見なすようになる*37。

 実際、北アイルランドのテロ組織であるIRAは最終的に彼らが属す北アイルランド社会からの支持を暴力によって獲得することはできないと理解し2005年以降、暴力路線を修正している。

 IRAは結局、暴力によって英国政府に北アイルランドを放棄するように促すことに失敗したのだ。

 そして、イスラム国に触発されたテロ攻撃のみだけでは最終的に英国政府を軍事的に倒す事は不可能である。当然ながら英国社会が英国政府転覆を許すわけがない。

*34 =原彬久編『岸信介証言録』2014年、中央公論新社、401貢

*35=Michael Howard: The Invention of Peace & the Reinvention of War (London: Profile Books., 2001).

*36=Kydd and Walter, “The Strategies of Terrorism”,pp. 62, 79-80.

*37=Cronin, How Terrorism Ends,pp. 104-105; English, Terrorism How to Respond, pp. 44-45.

 また、メディアによってテロを未然に防ぐことは不可能といった印象があるかもしれないが、実際には英国政府はテロを未然に防いでいる事例があることも強調されなくてはならない。

 例えば、英国ではテロ関連で昨年304人が逮捕され、91人が告訴された。また、イスラム過激派による20のテロを過去4年以内に防いでおり、そのうち7件のテロを過去7か月で防いだとの報告もある*38。

 もちろん、100%完全にテロを防げていないのは事実である。

 残念ながら100%テロを防ぐことなど、どの国にもできることではない。特にインターネットなどでイスラム国の思想に影響された単独犯(lone wolf)によるテロを防ぐのは非常に困難であろう。

日本が海外のテロから学ぶべきこと

 上記のことを踏まえて、日本は何を学ぶことができるのか。

 都内の大学で国際政治を教える筆者の知人は、学生たちは核とテロについて全く理解することができないと以前述べたことがある。確かに、オウム事件を経験していない平成生まれの若い世代にはテロは他人事のように思えるのも当然かもしれない。

 ただ、いわゆる「テロ等準備罪」法案が成立した日本においてテロを未然に防ぐということが英国のように理論的には可能になった。

 もちろん、市民の生活に対する政府の恣意的介入が増えるとの意見もあるが、市民の生活を守るのも政府の役目である。もっともこの法案がテロを100%防ぐと保障するものでは決してない。

 ただ、テロに備えて上記の客観的な数字と実例を知っておくことは大事である。つまり、テロが成功する確率は限りなく少ない。先ほど述べたように10%以下である。

 また強調すべきは長期間テロリストが活動するほど、社会からの支持を失う点である。

 確かに、9・11以後、米国ではテロが再び起きる可能性が社会全体で不安視されたが2001年から2006年の5年間でテロによる死者数が100人を超えることはなかった。そして、テロに遭遇する確率は交通事故にあう確率より少ないのである*39。

 テロに対して過剰に反応するのではなく、あたかも日常に起こる犯罪として扱うのが利巧であろう*40。

 テロに対して極端に反応するのはテロリストの思うつぼである。英国社会の戦時中のキャッチフレーズのように「平静を保ち、日常の生活を続ける」ことが大事である。テロリストが望むのは、テロが生み出す社会不安であるからだ。

*38 =Corera,“MI5 boss Andrew Parker warns o f ‘intense’ terror threat”; Omand: “Keepin Europe Safe, p.88, 91; Metro, 16 June 2017.

*39=English: Does Terrorism Work, p.5.

*40=Abrahms, “Why Terrorism Does not Work”, p.77.

筆者:中谷 寛士